うちは一族への里の扱いが酷いと直談判に火影の元を訪れたのは、うちは一族の若手と、フガクを含む何人かの壮年の忍びだった。



「今回のサスケのことと言い、我らは里に貢献していると言うのに、あまりに酷い扱いではありませんか。」




 フガクは一件冷静さを装った風に敬語を使って、綱手に要望書を提出した。

 だが穏便な解決を望んでいないうちはの若い衆たちは、明らかに不満を露わにした表情で綱手を見ていた。綱手はその要望書を受け取りながら、ちらりと斎を見る。

 仕事の手伝いに来ていた斎は相変わらず感情のよく読めない笑みを浮かべ、副官代わりのイタチはフガクたちが何を言い出すのかと少し不安そうな顔で状況を窺っていた。

 綱手は木の葉崩しの後、就任したばかりの煩雑な時期に、何を言いに来るのかとうちは一族に少し苛立ちを覚えた。

 全員でこのように言いに来る時間があるのなら、さっさと任務に行ってほしい。

 一日に片手で足りないほどの任務を文句も言わずにこなすことのあるイタチを思い、綱手はため息をついて彼らを見据えた。




「一応意見は聞く。だが、私にはおまえたちが一体何を求めているのか、わからん。」




 綱手ははっきりとそう言った。




「確かに、私は初代火影の孫の一族だ。だが、同族だからと言って実力のないものを取り上げる気はない。」




 実力主義は忍びの世界では当然のことだ。何らおかしなことではない。

 そしてある一つの一族を優遇しないのも然りだ。そう言う意味を込めて言ったつもりだったが、うちはの若い衆には全く伝わらなかったらしく、怒りの眼差しを向けている。

 サスケの処罰とて、サスケでなくても同じ処罰を下しただろう。うちはだからではない。綱手は眉を寄せて大きな息を吐いた。

 気に入らないことや罰されるようなことがあると、我が一族は優遇されていないだのなんだのと言い出す。日向ほど中の締め付けが厳しいわけではないうちは一族は、里に貢献すると言うよりは里での重要な立ち位置をひたすら目指している。

 彼らにとって里が一番ではなく、一族が一番ではないかと感じることが多々あった。




「ちょっと大げさじゃないですか?たかが、ひとりの処罰についてですよ?」




 報告書をイタチと共に届けに来ていた斎がここで初めてうちは側に口を出した。

 ひとりの処罰が不服であると言うことが、抗議を直接火影に叩きつけるほどに不満となることなのか、そう尋ねた斎に、憤ったうちはの若い衆が勢いのままに言った。




「これが初めてではない。里は我々の貢献をまったく評価していない。」

「個人の処罰とあなた方への里への貢献と何ら関係ありますか?」




 斎は少し攻撃的に返した。

 イタチは師がこのうちはの抗議に不快感を覚えていることに、誰よりも早く気づいていた。サスケの処罰の抗議書という名目はとっているが、それはうちは一族の不満だけが書き記されている。ただ単にサスケの処罰を不満をぶつけるために利用しただけだ。

 綱手の近くにいたシカクはあからさまな不快感を見せた斎に驚くと共に、少し身構える。彼は苛立つことは滅多にないし、声高に意見を主張することも少ないが、一度気に入らないと思うと、徹底的にやる面がある。それを知っているシカクは身構えた。




「先生・・」




 斎の隣にいたイタチもあからさまに斎の様子を窺うそぶりを見せる。案の定、斎は不安そうなイタチにへらりと笑って見せたが、まったく感情のこもらない声音でうちは一族の者たちに言い放った。




「向上心は良いことだと思うよ。でもね、それは努力の短縮ではない。」




 フガクがあからさまな反論を見せた斎に目を見張る。フガクとて、斎がどういう人物かはよく知っている。だが興奮した若いうちはの青年たちはおさまらない。





「斎様、それは我々に、才能が無いとでも言うのですか?」




 流石に年上で上層部の上役でもある斎の手前敬語を使ったが、ぎろりと赤い瞳で斎を睨み付ける。だが脅しなどに屈するような性格を元々斎は持ち合わしていない。

 斎はそれを流すように視線をすっとそらして、手をひらひらとさせた。





「君たちだって早い昇進をしてるはずだよ。なんら問題はないだろ?」





 年齢に比べればうちは一族の昇進は早い。能力的に彼らが高いことを示している。

 割合的にもうちは一族は警備隊という特別な役割を与えられているだけではなく、暗部などに所属しているものも多い。昇進に関してうちは一族だからと言って優遇されることはあっても、不公平だと言われる筋合いは無いと斎は考えていた。

 だが、上を上をと目指すうちは一族にとって、警備隊と言う役割自体が不服だったのだろう。




「事実、上層部にうちは一族のものはいないじゃないですか!」





 青年の一人が叫んだ。斎は呆れたように声を荒げた青年を一瞥して、不快そうに耳を押さえた。




「そんなことで声を荒げるなんて。」




 すねるように口を尖らせ抗議した斎に、うちはの一人がくってかかる。




「そんなこととはなんだ!?」

「些末なことだよ。」




 うちはの勢いとは正反対に、ゆったりとした口調で断言して返して、斎は火影の机にもたれる。綱手は机に肘をついてその上に顎をついて、成り行きを見守っていた。

 綱手も斎がどういう人間かは知っている。

 斎は蒼一族出身と言っても滅びた一族だ。彼一人しか存在しなくなった一族。だが、だからこそ、斎は一族というあり方について一通り自分の考えは持っている。そして何よりも“個人”を大切にしてきた斎だ。

 個人よりも一族を重視するうちは一族との考え方の相違は、元々当然のものだった。

 炎一族宗主の婿となった今でも、根本的に斎には野心が全くない。向上心がないと言ってしまえばそれまでだが、彼は能力が酷く高い割に野心、そもそも上に上がっていこうという気力が全くなく、だからこそあっさりと若くして上層部に組み込まれたのだ。




「上層部には日向だって炎だっていないじゃないか。うちはがいなくても公平じゃないの?」




 やる気無く、斎は相変わらず気の抜けたような声で言って、目を細める。その仕草が、既にこの議論が馬鹿らしいとでも言うようで、うちはの若者たちの苛立ちを煽る。




「貴方だって、それを望んだからこの場にいるのでしょう!?」





 それは言外にどうして上層部に斎が出入りできるのだと問うていた。

 予言の能力を買われている斎は幼い頃から上層部に出入りしているし、今も火影の懐刀として、いつでも上層部と争う。かなりの発言力を持つのは事実だ。

 だが、それは同時に能力が高いという意味でもあった。




「じゃあ、貴方方の中で、誰か僕を倒せる人がいるんだろうね。」




 斎は満面の笑顔で言い放つ。




「僕は全く負ける気がしないよ。」




 笑顔の迫力に完全に毒されてか、うちはの青年たちは一歩後ずさる。

 幼げな笑顔で道化のように笑う男がそこにいる。その底知れない不気味さと子供のような無邪気さを併せ持つ笑顔は、30歳を過ぎた背の高い男の童顔と相まって酷く歪で、恐ろしいもののように青年たちには見えた。




「僕はやってみても良いけど?」




 無邪気で、なつっこく笑う。だが今の緊迫したこの場において、その笑顔はあまりに不釣り合いだった。

 うちはの若い衆は勢いに任せてすっかり忘れていた。彼は確かに風伯と恐れられる忍なのだ。ヘタをすれば現在は里の中で一、二を争う程の、手練れ。

 その恐ろしさを目の当たりにして、若い忍は完全に萎縮する。

 近くにいたシカクとイタチですらも、慣れているとはいえ珍しい斎の怒りに頬が引きつった。どうしても日頃の彼を見ていると忘れがちになるのだ。彼が暗部で最も優れた殺し屋だったことも、暗部の親玉として君臨していることも、すべて。


 斎は日頃は穏やかで、他人に対して甘い。だから誰もが忘れがちになる。

 確かに彼には野心も思想も何もない。だが、その身に宿す才能も能力も、間違いなく火影並の一級品。願うならすべてに届く力を持っている。

 それをまったく行使しないだけ。




「行くよ。イタチ。」




 イタチに声をかけてから、斎は凍り付く面々を素通りして、ふっと思い出したように火影の部屋を出る前に、未だ硬直する彼らを見て笑う。




「坊やたち。文句を言いたいなら、僕に勝てるようになってから言いにおいで。」




 あまりにも穏やかすぎる笑顔で言い放つ。

 それを彼らは拳を握りしめて聞いているしかなかった。

















( それはあまりにも珍しい感情 能力 )