炎一族内でうちは一族との不和が流れ始めたのは、サスケの処罰の期間が終了する直前だった。




「うちはが両一族の会合を拒否してきた?」




 は若い叔母の話に小首を傾げた。肩までの黒髪を揺らした緋闇姫宮は神妙な顔で頷いた。




「そうだ。どうなることやら。」 




 彼女は血筋的には母の異母妹になるので、の叔母だ。しかし年齢はよりたった5つ年上なだけで、緋闇は特別上忍として里で働いている。そのため里の情勢にもそれなりに通じていた。ちなみにイタチとは同期だ。




「え、それってどうなるの?なんで?」





 は事態がよくわからず、意味を飲み込めない。

 もちろんうちはが両一族で恒例となっている会合を拒否してきたということは、うちはが炎一族との友好関係を拒んだと言うことになる。それはわかるが、理由が分からない。




「…それが、斎様と姉上がうちは一族の意見に納得しなかったのが、大きな原因らしい。」

「意見?」

「うちはがその、里の決定機関に一族が入れないのはまぁ、不服だと抗議して、それに斎様は賛同しなかったらしい。」

「う、う?」




 理由を聞いてもよくわからず、は頭を悩ませる。難しい話は正直苦手だ。緋闇も長年の性格はよく分かっているので、安心させるように笑った。




「どちらにしろ、仲が悪くなったとしても、イタチとの結婚がなくなることはないさ。」

「そうなの?」

「あぁ。」





 のチャクラはイタチが半分持っている。その時点で、にイタチは絶対必要だ。

 それを炎一族の宗家も、宮家も理解している。ただ、うちは一族がその事実を利用し、イタチを介してを操るかも知れないという危惧は常にあった。

 今は宗主であるの母蒼雪も、父の斎も健在だが、将来的にそう言うわけにはいかないのだ。忍なのだから、いつ何があるのか分からない。





「ただいま。」 





 イタチの声が聞こえて、しばらくすると御簾を上げて庇からイタチが入ってくる。






「おかえり、イタチ。」





 は立ち上がって、イタチを出迎える。緋闇がいることにイタチは少し驚いたようだったが、が抱きついたので、大人しく抱き返した。





「ただいま、。」

「どうしたの暗い顔。」





 はイタチを見上げ、その複雑そうな表情に眉を寄せる。





「…大丈夫だ。おまえが心配することは何もないさ。」




 ぎゅっとを抱きしめて、イタチは自分に言い聞かせるように笑うと、を抱えたまま近くの円座に座った。





「久しぶりだな。緋闇、元気にしてたか?」

「まぁな。そこそこ。」

「もうすぐ特別上忍になるって聞いたが、」

「あぁ、上層部からの推薦でな。面倒だから昇進したくないんだけど。」




 緋闇は視線をそらして面倒くさそうにそういう。

 能力が高いこともあり、同年代に比べれば炎一族のものとて早く出世することが多い。しかし大方の場合炎一族のものは里での地位を望んでいなかった。中には単なる収入源と考えている人々もいる。

 緋闇は先代宗主の娘、の母蒼雪の異母妹に当たり、それなりの手当が宗家から支出されている。そのため昇進すれば任務の難易度も上がり、煩わしさが増えるだけなのだろう。




「ちょっと、ご飯を用意してもらうよう言ってくるね。」




 緋闇がイタチと話している間にと、はイタチから離れて、ぱたぱたと御簾を上げて部屋を出て行く。イタチはその後ろ姿を見送りながら、息を吐く。





「なんか、斎様がうちはと仲違いしたって本当なの?」




 緋闇は上層部にも出入りしている。おそらく他の忍びから聞いたのだろう。




「あぁ。」




 誤魔化しても仕方のないことで、イタチは素直にそれを認めた。

 斎からうちはが叱責を受けたことは、大きな噂となっている。斎は昔から長老たちと関わりが深く、また蒼一族は初代火影たちの親戚筋でもある。彼自身も暗部を取り仕切る親玉だ。そのくせ彼は非常に穏やかで、他人を人前で叱責することがほとんどない。

 それをやる時は、本当に彼の逆鱗に触れることを意味している。上層部に通ずる人物でもあるため、彼から本気の叱責を受けることの意味は大きい。事実上の最後通告とも言える。

 うちは一族が公で叱責されたことを受けて、すぐにうちは一族側はそれを不服として、これまで数ヶ月に一度行われていた両一族の会議を拒否してきた。

 だが、正直うちは一族の立場の方が厳しい。

 もともと炎一族の好意で友好関係が結ばれていただけで、一族の規模はうちは一族と炎一族では炎一族の方が遙かに大きく、3、4倍はある。ましてや宗主の蒼雪、斎など火影の弟子で、火影候補となれるほどの逸材を二人も抱える炎一族と違い、うちは一族の手練れは多いが、最高の地位を目指せるほどの人間は少ない。





「馬鹿な話だ。経済面でも、人材面でも、到底炎一族に勝ってこないのに。」





 イタチは冷静にそう考えていた。里だけの地位を追い求めてきたうちは一族と違い、炎一族は他国にも資産を持つ大名に近い部分もある。うちは一族など、おそらく斎一人で皆殺しに出来るだろう。




「まぁ、そりゃそうね。うちはと炎が喧嘩したとしても、姉上に燃やされて瞬殺でしょう。」

「俺もそう思う。当たり前だな。」




 炎一族の宗主蒼雪の白炎は恐ろしい。宗家の一系統にしか受け継がれないその炎はチャクラすらも焼く。要するに幻術も含め、すべての攻撃を根元から崩壊させる。

 そのため、すべての術は彼女の前では無効化されるのだ。

 彼女のチャクラの動き自体を見ることは出来るが、写輪眼ですら彼女たちに幻術をかけることは基本的に出来ない。

 うちは一族が束になってかかったところで、宗主の蒼雪一人に皆殺しだろう。

 のチャクラと白炎を持つイタチが、炎一族を裏切らない限りは。





「あたしはあんたなんかのこたぁどうでも良い。」




 緋闇は冷たく言い放つ。同期とはいえ、イタチと緋闇の関係は昔から特別良いものではなかった。寧ろ悪い。中忍試験でイタチが緋闇と戦い、イタチが勝利してからそれはより根深いものとなった。

 だが、一つだけ一致していることがある。




「ただ、あんたのことで、姫宮が傷つくようなことだけは、絶対に許さない。」





 を大切に思っている。それは緋闇も、イタチも一緒だった。

 緋闇にとっては可愛い姪御であり、恩のある異母姉の娘でもあるのだ。彼女は基本的にを傷つけられることを一番に憂慮していた。

 炎一族の人間はみなそうだろう。を傷つけられることが、彼らにとって一番の心配事だ。






「斎様はあんたを信頼してる。だから、あたしらだって納得してんだ。わかってんな?」




 緋闇は念を押すように言う。

 そう、のチャクラを間接的に使うことの出来るイタチは唯一白炎への対処法を知っている。

 うちは一族でありながら、炎一族の能力を誰より知り、そして使うことの可能な人間が、ここにいるのだ。彼の裏切りはある意味炎一族を滅ぼすことが可能だ。だが、それは一番が悲しむ形となるだろう。




「…わかってるさ。いわれなくてもそんなことは。」






 何となく言葉が予想できていたので、イタチも思わず肩を竦める。




「それは俺の本意じゃないからな、というか、今も昔も俺の本意は以外に置かれていない。」





 今も昔も、それは変わっていない。忍びであるイタチにとって優先順位と言うのは非常に明確なものだ。沢山のものを手に入れた。地位、名誉。だが、自分にとって一番重要なものを、イタチは一度たりとも忘れたことはない。




「それなら、良い。」




 緋闇はこれ以上ここにいる必要はないとでも言うように席を立つ。

 御簾を上げて彼女が出て行く。一瞬見えた外は真っ暗だった。炎一族邸には松明がともされ、その明かりがゆらゆらと風に揺れている。


 イタチはそれを見ながら、儚いものだと目を細めた。






( 大切なもの 重きを置いていること )