は書類を手際よく整理していく。




「悪いな、本当に。」





 書類を書きながら、綱手はに謝った。





「え、いえ、大丈夫ですよ。」




 は本当に申し訳なさそうに謝る師に首を振る。

 どうせカカシが任務で忙しく達の修行を見れないため、任務がなく暇だったのだ。気のない読書をしているよりも綱手の書類の手伝いをする方が有意義かも知れなかった。




「助かります。本当に。姫、結構早いですしね。手際良い。」





 綱手の隣で仕事をしていたシズネが頷く。





「あぁ、流石斎の娘だ。本当に優秀だし、斎より素直だしな。」

「わかりますわかります。斎様本当に、困ったさんでしたもんね。」

「だろう?ゲームだ漫画だって、挙げ句逃げ足も速かったからな。」





 綱手は息を吐いてくるりとペンを回す。





「お茶入れましょうか?」

「いや、そこまで構わなくても良い。」






 の申し出に首を振って、綱手はを見据える。




「ところで、あれからサスケはどうだ?」




 謹慎も罰則も終わったはずだ。一応簡単な任務や、七班での活動には参加していると綱手自身も報告を受けていた。





「そうですね?んー謝りに来て、ちょっと居心地は悪いみたいですけど、普通ですね。でも…」

「でも?」

「…ナルトとの喧嘩は、増えたかも。」





 はぽつりとサスケを思い浮かべる。

 に当たらなくなった代わりに、今度はナルトとの喧嘩が増えたような気がする。否、違うのかも知れない。





「ナルト、イタチとサスケの喧嘩って言うか、わたしのチャクラのこととか知っちゃったから、その、多分庇ってくれてるんだと、思う。」





 の精神的な弱さの理由や、育ち故の寂しさを理解した。もどこかで感じていることだが、とナルトはどこかで似ている。だから、共感できる部分が大きかったのか、ナルトはよくのことを庇ってくれるようになった。

 それがサスケとの喧嘩の原因になっているのかも知れない。





「そうか。まぁ、仕方ないか。そこは。」





 綱手は苦笑して、の頭を撫でる。





「おまえはあまり他人を気にしなくて良いぞ。」

「はい。」





 は素直に頷いてから、ふと顔を上げた。





「そういえば、あの、父上様が、うちは一族を、その叱責したって話は。」

「あぁ、聞いたのか。その通りだ。」





 隠そうともせず、綱手はあっさりと認めた。





「うちは一族も、まぁ言う原因はわからなくもないが、…逸材も少ないからな。」






 確かにイタチは逸材ではあるが、均等に優秀というのが一般的なうちは一族の典型的なイメージだった。特別秀でた存在が少ない、粒は揃っているが、里で頭角を現すものが少ないのだ。それは里での任務よりも自分たちでの行動を重視するからというのもあるのだろう。





「ただまぁ、優秀な一族でも、そう何人も一世代に天才がうようよいるはずもないがな。」





 天才と言われる人間は少ないものだ。だから天才である。

 そしてその天才の中でも火影候補となる程の才能を持つのはほんの一部の人間だ。大きな一族だからと言って、そういった人物を抱えていること自体がまず少ないのだ。

 事実斎は火影候補ではあるが、彼は元々炎一族の出身ではなく、ただの婿だ。今は失われてしまった蒼一族の出身である。

 ただ火影候補となる人間の多くが、初代火影の血筋か、その弟子筋にすべてが当たるのは事実だ。3代目火影は初代、二代目火影の孫、四代目火影は3代目火影の弟子である自来也の弟子、5代目火影の綱手も3代目火影の弟子にして初代火影の孫だ。そして火影候補である斎は自来也の弟子であり、二代目火影の親戚筋でもある。

 繋がっていることは、間違いないのだ。

 はまだそれを知らない。





「…難しいものだな。一族というものは。」





 綱手とて、うちは一族の不満が全く分からないわけではない。

 確かに今のうちは一族には火影候補者はいない。イタチは強いがまだ若すぎる。だが、将来的にそうなれるだけイタチが成長しても、上層部がそれを認めないであろうというのは事実だ。その現状を変えたいと願うことは当然なのかも知れない。

 火影を目指そうとしても、能力的なことを別とするならば、ナルトとは火影になれる可能性が高い。サクラは可能性がある。だがサスケはないだろう。それは彼がうちは一族であり、ナルトとが火影の親族であるからだ。

 そういう差別が、事実上存在する。




「わたしはわからないけど、みんな大好きですよ。」





 はにこりと笑って、書類を棚にしまう。





「だって、みんなわたしに優しいし、みんな私を大切にしてくれる。だからわたしも大切にしたいな。」 




 炎一族は穏やかだ。火の国の中に、そして外に沢山の資産を持つ彼ら宗家は財政的に豊かで、炎一族の中にいるだけで一定の利益を得られる。忍として働いているものも今は多いが、今までやっていた農作業や傭兵業から能力を生かして忍業に転職したに近かった。

 特に大戦時に人員が必要であったこともあり、炎一族を木の葉の里が進んで抱え込んだ経緯もある。戦乱が終わった今でも、農業をするものもいれば忍びとして里に仕えるものもいる。

 穏やかな一族のあり方にはそういった他の職業をするものがいるから選択肢が多いこと、財政的に恵まれていることが大きいのだろう。

 里での稼ぎに依存している他の一族とは話が違う。

 そしてこれからもおそらく違うのだろう。




「おまえは優しく育てよ。」




 綱手はの頭を撫でながら、言う。願う。





「それがきっと穏やかな一族を育てるんだ。」





 殺伐としたものを知らないから、戦って勝ち取ることを必要としないから、彼らは穏やかなままいることが出来る。戦って勝ち取れば、また戦いをうむ。





「すいまっせーん!」




 斎の間の抜けた声と、ノックが響き渡る。どうやら迎えが来たらしい。





「任務終わったんだけど−。」





 答えを待たずに入ってきた斎は娘のの姿に、思い切りを抱きしめた。愛情表現は過激だが、が嫌がっている様子はない。誰の目から見ても本当に仲の良い親子である。




「ち、父上様!」

「可愛い娘を迎えに来たんだよ―。」






 恥ずかしがるに唇を尖らせてすねたように言う彼はどう見ても父親には見えない。






「報告書はどうした、報告書は。」





 綱手が厳しく詰問すれば、さぁ、と斎は首を傾げて見せた。しかし、しばらくするとイタチが慌てた様子で火影の部屋までやってきた。




「すいません、報告書です。」





 どうやらどうしようもない師の代わりにイタチが報告書を作って持ってきたらしい。





「あり?早かったね。」

「当たり前です。慣れてるんですから。」





 脱力したように斎に言い返してから、イタチはに笑う。





「もう終わったのか?」

「うん。終わったよ。書類の整理のお手伝いをしていたの。」





 は楽しそうに笑って、イタチの手を取る。

 イタチは礼儀正しくきちんと火影の前ではわきまえているが、に対してとても優しい。綱手はうちは一族ということを抜けば、にはイタチがあっていると思う。





「持てるものが、生み出していくんだろうな。」





 愛情を知るから、愛情を与えられる。穏やかさを知るから、穏やかさを与えられる。悲しみを知るから、悲しみを慮れる。

 綱手はを見ると、そう思わずにはいられなかった。











( すべてのもの、 すべての人 )