はごろごろと布団の上に寝転がりながら、本を読んでいたが、ふと顔を上げる。





「まだ起きてたのか。」






 イタチは御簾を上げて入ってくると、困ったような顔をしてを見た。





「うん。明日はお休みだから良いんだ−。」 





 はそう返して、夜更かし夜更かしと漫画を広げる。





「こら、寝ながら漫画を見るんじゃない。せめて体を起こせ。」

「はーい。」






 注意され渋々体を起こせば、イタチは上着を脱いでそのあたりにかけているところだった。





「うちはのおばさま、元気だった?」





 はふっと思い出してイタチに尋ねる。するとイタチは目を丸くしてを振り返った。






「なに?」






 一度たりとも、にうちは一族に最近戻っていると言ったことはない。だが、の口ぶりはうちは一族にイタチが帰っていたと言うことを疑っていないようだった。




「え?うちはに戻ってたんじゃないの?」

「いや、おまえ、斎先生から聞いたのか?」

「え?何が?」

「うちはに戻ってたこと。」

「聞いてないよ?」





 イタチの質問の意図が分からず、の方は首を傾げる。






「でもイタチ、あんまり飲み会とかも好きじゃないし、頻繁に出かけるならうちはに戻ってるのかと思っただけ。」





 が説明すると、イタチは納得したのか、の方へとやってきて、近くにあった自分の布団をしく。





、おまえ、本当に勘が鋭いな。」

「ん?そう?」

「そうだ。昔からそうだ。」





 何も言わなくても、はイタチの行動を昔から本当によく理解する。

 イタチは賢く昔から大人から見れば予想外の行動をよくする子供だった。は外に出ず、外界の状況をよく知らない。そのくせにイタチの行動をよく当てて見せた。何も知らないのに、イタチの態度やちょっとしたことだけで、何があったのか気づくのだ。

 比較的顔に出にくく、嘘の上手な方だと自覚のあったイタチにとっては、驚きだった。





「おまえも、言うことはないのか?」








 意地悪く、口の端をつり上げてイタチが問えば、は本当に不思議そうな顔をした。






「何を?」

「うちはに頻繁に帰ってること。」

「なんで?」

「聞いてるんだろう。噂は。」 






 斎とうちは一族の関係が目に見えて悪化して、それに伴って炎一族とうちは一族もぎくしゃくしている。その中で、うちは一族を出て炎一族東宮のの婚約者になってイタチが、頻繁にうちは一族と連絡を取り、戻ることは決して誉められたことではないはずだ。

 自覚のあるイタチはに問うたが、は首を傾げるばかりだった。







「どうして?家族でしょう?」






 さも当たり前のように、彼女はイタチに言う。





「家族に会いに行って、何が悪いの?」

「…まぁ、そうだがな。」







 普通はそう簡単にはいかない。だがは全くイタチを疑っていないようだった。事実疑ったこともないのだろう。

 斎はすべてを理解していて黙っているが、彼女は何も分かっていないのかも知れない。








「おまえが、不安になることは何もないさ。」





 イタチはの隣に腰を下ろす。柔らかい布団の感触、は手をついてイタチを見上げていたが、甘えるようにイタチの首へと腕を回してきた。





「じゃあ、イタチが不安になるようなことはあるの?」





 の質問に、やっぱり鋭いなとイタチはを抱き留めながら思った。






「そうだな。どうなんだろうな。」






 はぐらかして、の温もりを堪能する。

 柔らかい紺色の長い髪が腕をくすぐる。髪にほおを寄せれば、淡い香の薫りが鼻腔をくすぐった。古めかしいそれは、柔らかい甘い香りがする。

 はチャクラをイタチが肩代わりしてから、やせ細っていた体もふっくらして、少しずつ子供から少女へと成長する年頃のせいか、最近は女性らしい柔らかさを帯びてきた。外に出て、いろいろなものを見て、考え方も少しずつしっかりしている。

 それを喜びながらも不安に思うのも、イタチの正直な気持ちだった。





「愛してるよ。」





 そっと髪を掻き上げて、彼女の耳元で囁く。

 変わっていく、そのことに怯えているのはイタチだ。自分のこの気持ちは、絶対に変わらないと誓える。けれどはどうなのだろうといつも不安に思う。

 汚れた手はいつも一緒だが、彼女がその意味を理解して、離れていくのではないかと怯えることがある。自分のしていることや、これからのこと、それがの心を変えるのではないかと、一番不安に思う。

 仕方ないことだ。自分が行うことの業を自分で被るのは。

 それによってが自分を嫌うのも、当然のことだと言える。でも、多分その時になったら、それを素直に受け入れられない自分がいる。




「わたしはイタチと一緒にいるよ。」




 はイタチの背中を小さな手で撫でる。





「大丈夫。わたしはイタチのことが大好きだよ。」





 イタチが少し体を離せば、がこつんとイタチの額に自分の額を合わせた。





「それは不安に思わないで。」

「あぁ。」

「…信じてる?本当だよ。」







 は少しむっとした顔をして、問い返す。








「あぁ、信じてるよ。」






 イタチは笑って目を閉じる。信じているし、信じたいと思っている。だって、自分には多分の感情以外にもう縋るものがないから。

 炎一族はの意見に従うだろう。

 うちは一族に何かあれば、イタチは後ろ盾を失う。そして信じられるのはの心だけだ。の心がイタチの立場を決めることが出来る。





「本当だって、言ってるのに。」





 はイタチの答えに満足ではなかったらしく、ぷぅっと頬を膨らませて、そっと細い指でイタチの唇に触れる。





「ねぇ、」

「たまにはおまえからしてくれても良いんじゃないのか?」





 の口付けをねだるそぶりに、素知らぬふりをしてイタチは意地悪く返した。








「え、ぅ、」







 は恥ずかしそうに頬を染めて視線をそらす。





「冗談だよ。」




 イタチは笑って、の唇に自分のそれで触れる。を待っていたら、多分どれほど時間がかかるか分からない。は頬を染めて口付けに応じる。何度か重ねて、離れてを繰り返してから、の髪を手に絡めて遊ぶ。




「愛してるよ。」





 もう一度言えば、はすりっとイタチの肩に頬を寄せたが、顔を上げてイタチの顔をじっと見つめる。





「なんだ?」





 あまりにまぁるい紺色の瞳に見つめられて、少し居心地が悪い。は意を決したように目を閉じて自分からイタチの唇に自分のそれを重ねてきた。




「大好きだよ。本当だよ?」





 先ほどの話らしい。多分彼女は理由ははっきり分からなくても、イタチが何かを不安に思っていることは分かっているのだろう。

 この温もりだけが自分のすがれるものだと、イタチは相好を崩して笑った。
( 折り重なるすべて )