がシスイが大けがをして昏睡状態だという話を聞いたのは、ナルトが来た翌日、東の対屋でイタチといる時だった。




「え?シスイさんが?」




 は庇で簀子にいる侍女から格子越しに報告を受け、驚きに目を見開いた。




「う、うそ。だって、シスイさん。」




 この間会った時、すこぶる元気そうだった。最近任務が忙しいことは十分承知していたが、それでもまさか死ぬなどと言うことを、は考えたこともなかった。




『イタチを頼むよ。』




 シスイは最後に会った時、に彼はそう言った。お兄さん肌でには兄はいないが、こんな人がお兄さんだったら良いのになと思わせてくれる人だった。幼い頃からに様子もよく見に来てくれる忍びの一人で、イタチが家出をしてからも頻繁に連絡を取っているようだった。

 あまりの突然のことで言葉を失うに、侍女は「ここだけの話ですが・・・」と続けた。





「今は噂でしかありませんが、いろいろな憶測があります。最近ではうちは一族と距離を置いていたという話もあり、里では同士討ちかと」

「そんな。」




 屈託なく笑うあの人は、一体。

 今上層部とうちは一族の不和が表面化し、非常に難しい時期であり、彼が大けがで昏睡状態と聞けばも胸騒ぎがした。



「イタチ?」




 が心配になって後ろを振り返ると、彼は静かにその報告をかみしめるように瞼を閉じていた。やはりショックだろう、は御簾を上げて母屋に入り、イタチの方へと歩み寄る。




「イタチ、大丈夫?」

「あ、あぁ、」




 イタチはの方へ困ったような笑みを返すが、すぐに目を伏せた。一番仲が良かったのはイタチなのだ。はイタチの肩に手を置いた。




「イタチ?」





 彼は座って僅かに俯いているためはっきりと立っているからは表情が窺えない。




「だ、」




 大丈夫だよ、とが口を開こうとした時、外の声にふと気づいた。




「困ります!!」




 沢山の足音と共に、侍女達の声音が聞こえる。足音と侍女の声がだんだんと近づいているのが分かった。




「姫宮、扇宮、母屋からお出にならないでください。」




 侍女の一人が先にやってきて東の対屋の格子を下ろしながら、に言う。




「なにごと。」



 が慌てている侍女の様子に尋ねた。

 東の対屋は典型的な寝殿造りで、簀子(廊下のような板張りの外に直接面する場所)、格子、板張りの庇、御簾、そして母屋となっている。普通侍女達は簀子に控えることに決まっており、通常許されても客が庇、が母屋に座り、御簾越しに面会するのが普通だった。

 簀子から格子を下ろせば、母屋の中自体はほとんど見えない。




「うちはの方々が、勝手に。」




 侍女は憤慨したような激しい口調で言う。どうやら足音の主はうちは一族の人々らしい。

 基本的にか、の両親の許可無く東の対屋に勝手に入ってくることは出来ない。両親も今日はいないし、もあらかじめ会うという話は聞いていないから、侍女が止めているのだ。普通、アポイントなしにに会うことなど出来ない。




「別にわたしはおうても?」




 が簀子にいる侍女に言えば、侍女は首を振った。




「いえ、斎様はこういうことは嫌われますよって。」




 勝手にの住まいである東の対屋にうちは一族がアポイントもなしに入れば、それは屋敷の主であるの父母―斎と蒼雪の怒りを買うだろう。もしかすると侍女も叱責を受けるかも知れない。

 がどうしようかと困っていると、足音は東の対屋の簀子の部分で止まった。




「失礼つかまつる。うちはイタチに用があってここに来た。」




 うちは一族の一人、若いであろう声音の男が中のに聞こえるようにか、随分と大きな声で言った。




「・・・、何用あって。」




 は厳しい男の声音に驚きながら、問う。




「うちはシスイの自殺のことで、話があって我々は来た。」




 男の声に、イタチがびくりと肩をふるわせる。




「用を言うてください。」




 は横目で見ていたが、何か行動を起こすこともなく静かな声音で尋ねる。

 それがうちは一族の者たちには気に入らなかったのだろう。誰かが格子を上げて、庇を通り、御簾を上げて母屋に入ってきたのが分かった。




「うちはイタチ!おまえ、シスイに何をした!!」




 イタチを見て、うちはの若い男がイタチを怒鳴りつける。イタチは座ったままの体勢で、険しい表情でうちはの面々を見上げた。





「何とはなんだ?」

「シスイの昏睡状態のことだ!!」

「・・・彼は一命を取り留めたんだろう?」




 先ほどの侍女からの報告を聞いているイタチは静かに返す。




「しかし、目は奪われた!!」




 うちは一族の男の叫びには目を見張る。

 シスイの目とは血継限界写輪眼である。その目を奪われるというのは、重大な事件だ。特に血継限界というのは貴重な情報であり、ある意味で道具だ。血継限界を持つ人間は遺体でも、その体の一部であったとしても高値がつけられるため、血継限界を持つ一族の人間の遺体の処理は困難を極める。




「おまえがあやつから目を奪ったのではないのか!!」





 激高して、うちは一族の若い男がイタチに掴みかかろうとする。はさっと若い男とイタチの間に割り込んだ。




「だからといってここでの無礼が許されるわけではありますまい」




 はうちはの若者の目をまっすぐと見上げる。

 このような他人の家での無礼は、誰であろうと許されない。勝手に上がり込み、噂だけで証拠もなく人を非難している。流石に炎一族東宮直々の叱責には怯んだようだったが、怒りはおさまっていないらしい。




「昨夜、何をしていた。」




 イタチに、うちは一族の若者の一人が、尋ねた。




「昨日?イタチは夕刻に帰って来ました。」




 沈黙するイタチに変わって、は若者を睨み付けて言う。

 それは嘘だった。ナルトも昨日はいたが、彼が帰ってきたのは夜中過ぎだ。しかし、はあえてそのことを言わなかった。




「ほんにです。夜半にわたしは食事運びました。」





 侍女の一人がの意図を察して口裏を合わせる。憤慨している侍女にとって、早く帰ってもらえるならば、の嘘に荷担することはたやすいことだった。




「貴方がたは、確かなき讒言で、このよう無礼においでになられたか。」




 は冷たくうちはの面々に言い捨てた。

 あからさまに叱責すれば、うちは一族の若者達は驚きと、イタチのアリバイをが証言したことによって、確かな理由もなく自分たちが他の一族であまりに無礼な行いをしており、許されざる失態であると思い至ったのだろう。






?」




 イタチは顔を上げて、を凝視する。




「出て、いきなさい。わたしの対屋に土足で上がり込むようなまねをしたこと、わたしは許しません。」





 うちはの男達には白炎の蝶を指に乗せ、侍女が御簾を上げている場所を指し示す。

 その瞳はとは思えないほどの怒りに揺れていた。しかし幼い少女の叱責は、何ら影響を及ぼさないらしい。

 忌々しげにうちはの男達はイタチを睨み続けていた。 ( 揺れ動くこと 力を振るうこと )