それは、突然の出来事だった。





「ぁ?」





 厳しい声を出してうちは一族の面々を睨んでいたが、突然惚けたような声音を出す。

 次の瞬間ざわりとのチャクラの質が変わったのがイタチにも分かった。がチャクラを制御できず暴走させたのかとイタチは驚いて写輪眼を開いてを見据える。

 写輪眼はチャクラを色で見分ける。しかし、のチャクラは常に透明だ。よく目をこらせば空間が僅かに歪むことはあるが、透明なのだ。チャクラの効果を焼き尽くすチャクラを持つ炎一族宗主のチャクラ無色で、だからこそうちは一族は炎一族を倒せないと言われる。

 しかしその時、のチャクラは薄い水色だった。





「何をする気だ!」




 うちは一族もチャクラの動きを感じ、ざわつく。炎一族の侍女達は力の暴走を懸念し、真っ青な顔でを凝視していた。





「時は満ち足りた月、夜は闇と同化せしと信ずるがあらず。」





 静かで、なんの感情も感慨もない幼い声音が響き渡る。瞳は水色に染まり、無感情のままうちは一族を見据える。





「わかたれしは小さき群れなれどその牙は汝らを鋭く食らうに足る。一の小群はとどまり、二の小群は逃れ、元が火に崩るるは自業のなせる、世の常なり。」





 ふっと、最後の言葉と同時に瞼が閉ざされ、体が崩れ落ちる。





!!」





 突然のことに呆然としていたイタチは、叫んで床に倒れたを抱き留めた。




?」





 様子を確認するが、は眠っているようで穏やかな寝息を立てている。

 イタチは安堵の息を吐いて、うちは一族の面々を見る。若者達は何か分からないという顔をしていたが、壮年の二人ほどの男は、真っ青な顔でを凝視していた。





「よ、予言だ・・・」




 と、壮年の男の片方がを恐れるように、一歩後ずさりをする。




「不吉ごとの前触れだ!!」




 叫び、きびすを返して男は一人対屋から逃げ出してくる。あとのうちは一族の面々は呆然としていたが、柱をばしっと叩く音に、はっと顔を上げた。





「何してらっしゃるのかしら?姫宮の私室で。」




 穏やかに微笑む女性が、柱に鉄扇を叩きつけていた。




「誰か許可いたしまして?」




 見とれるほどの美貌は、しかし今は恐怖の対象でしかない。炎一族の宗主であり、この屋敷の主でもある蒼雪は、緩く微笑んでうちは一族へとゆっくりと歩み寄る。





「ねえ?」




 蒼雪の肩にいた見事な尾羽の白い鳥が、淡く輝いたその瞬間、叫び声を上げて我先にと、うちは一族はちりぢりになって、屋敷を逃げ出していった。




「まったく。布団を用意なさい。」




 蒼雪は銀色の髪を肩の上から払って、侍女達に指示を出す。




!」




 イタチは心配になってに声をかけたが、起きる気配が全くない。




「大丈夫ですわ。予言は案外疲労がたまるという噂ですから。」




 蒼雪はイタチの肩を軽く叩いて、落ち着くように促す。侍女が布団を引いてくれたので、イタチはをその上に横たえた。




「すいません。」




 イタチは思わず項垂れて蒼雪に言っていた。

 うちは一族はイタチに会いに来たのだ。イタチが炎一族邸にいるばかりに、や蒼雪を巻き込んでしまった。




「そんなことは良いんですわ。一族とは一束で動くものではありませんもの。」




 蒼雪はイタチを慰めるように言う。

 一族と言っても、すべての人間が同じ意見の元に動くのではない。一族という形式を守るために意見の違うものを追い出そうとする傾向はよくある話だ。何もうちは一族に限った話ではない。それを宗主という立場上、蒼雪はよく知っていた。




「それに、言われもないことでいちゃもんつけられては困りますわ。その上何があってもルールはルール。」




 イタチに怒鳴り込みたいからと言って、他人の家に勝手に上がって良い訳ではない。

 ましてやわざわざ家主のいない時を狙って。悪質きわまりないと、蒼雪は思う。そしてこれ自体は同じ一族だからと言ってイタチに非はない。イタチが礼儀正しいのは蒼雪も知るところだし、同じ一族の責任を全部一人になすりつけるなんて大人げないこと、蒼雪には出来なかった。





「さっきのは・・・」





 なんだったんですか、とイタチは蒼雪を見上げる。




「予言ですわ。」





 蒼雪はあっさりと答えた。




「蒼一族には二種類おります。自覚して予言が出来る、未来が見えるタイプと、全く自覚がなく、有事の時だけ予言をするタイプ。」




 蒼一族とその他の一族は関係が深く、昔から予言に関しては蒼一族に常に頼ってきた。うちは、炎、日向共に若者はともかく、そこそこの年齢のものはその特性を承知している。


 里もそうだ。
 里も蒼一族の予言の能力を必要とし、未だに斎に頼り切っているのには、その理由があった。予言をもたらすものは幾人かいるが、それでも蒼一族ほど明確な予言を示すことは出来ない。




「斎は能力がかなり強く、自覚して見えるタイプ、だそうですわ。」





 蒼雪はを見ながら自分の夫を思う。

 彼は幼い頃から未来に起こる事件や人の死を言い当てたりしていた。もちろんすべてが見えるわけではないそうだし、未来が変わることもあるそうだが、多くの場合は変わらないし、だいたい予言できるらしい。

 子供の頃よく分からない斎は、無邪気に恐ろしいことまで予言したのを幼なじみの蒼雪はよく覚えている。





は、一度も今まで言い出したことはありませんでしたの」 




 確実に透先眼を持つ者は予言の能力を大なり小なり持っている。

 だが近親婚の末の子供で蒼一族としての能力の強い斎と異なり、娘のは炎一族としての能力の方が目立っており、蒼一族側の血は薄いとみられ、また予言をしたこともなかった。




「・・・でも多分、自分に纏わる有事が無かったからですわね。」




 は病弱で家から出ることがなかった。

 そのため有事となれば親族の死か、大きな戦争で屋敷が燃えるとか、そういうものでなければならない。しかし、既にの祖父はなくなっており、祖母は健在、両親も健在であり、木の葉もが生まれてからは随分と平和だった。ましてや屋敷にいるが少々のことで何かに関わることはない。

 だから、有事と彼女の中で認識されるものがなかったのだろう。




「うちは、一族は、引き寄せられたんですわね。」




 蒼雪はぽつりと言った。

 運命は興味深く、業深く、常に巡るものだ。の予言を聞くために、うちは一族はイタチに怒鳴り込むという形で、予言に引き寄せられたのかも知れない。




「苦難が、来るのでしょう。うちは一族に、そして姫宮にとっての苦難、」




 九割の確率で、無自覚タイプの予言は苦難の予兆だ。予言が必要なくらいの切迫した苦難の時以外、彼らの能力は現れない。だから、おそらくうちは一族にとって、苦難の時が近づいているのだろう。




「あの男は、それを知っていたのか。」





 イタチは先ほど一番最初に逃げた壮年のうちは一族の男を思い出し、納得する。

 おそらく彼は蒼一族の予言の特性を知っていたのだ。だから、予言を与えられたことに恐怖し、逃げ出した。




「・・・意味は、わかりますか?」




 予言は古い言葉で、明確に何が何を指し示すか、イタチには分からない。




「わたくしにもわかりませんわ。」




 蒼雪は肩を竦めて首を振った。




「ただ、ひとまず分かることは気をつけなさいと言うことです。 」 




 予言を与えられるには与えられるだけの理由が存在する。その予言をイタチも聞いたと言うことは、何かしらその意味があるのだと、蒼雪は暗に示した。



( やみのなかにうもれる )