うちは一族の何人かがの部屋に怒鳴り込んだという話は、あっという間に大事になった。

 当然だが幼いとは言えは炎一族の東宮であり、炎一族にとっては敬うべき存在だ。彼女の部屋に勝手に許可も得ず入ったというのは、今まで微妙に保たれていた炎一族のうちは一族に対する感情を、にわかに刺激した。

 なぜなら、炎一族は宗主一家を第一義として考える一族だからだ。





「・・・申し訳ありません。」





 直接に謝罪に来たのは実際にうちは一族に来た面々ではなく、一人の男だった。怜悧で精悍な顔立ちの彼は深々と頭を下げた。

 うちはユルスン。

 今年で25を数える彼はうちは一族の中心人物ではあるが、寡黙でイタチ自身もそれ程個人的には知らない人間だった。




「あまり事を荒立てたくはないけれど、こういうことは困るよ、流石に。」




 珍しくの父である斎がユルスンに言った。




「こちらの不始末です。返す言葉もありません。」




 ユルスンはただ謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げるだけだった。

 それしかすることは出来ないだろう。の隣でイタチは彼の姿をじっと見ていた。彼は共にここに来たわけではない。おそらく厄介ごとを押しつけられたのだろう。




「まぁ、報いを受けたわけだから、もう何も言わないけどねぇ・・・。」




 斎は視線をわざとそらせる。

 予言のことを暗に示しているのだろう。予言を与えられることは、苦難と破滅の予兆であると言われる。そう、うちは一族のものたちは不安を隠しきれないに違いない。

 ましてや、斎のようによく見える人物の予言はごくたまに未来が変わることがあるが、基本的に突発予言しか出来ないものの予言は、外れない。苦難のものだけに与えられ、そして気づかぬうちに運命に従う。




「個人的な願いになりますが、・・・意は明確に分かるものですか。」




 ユルスンは静かな漆黒の瞳で斎を見上げる。

 予言の意のことだろう。




「それを問うて、どうするんだい?」

「私だけの心にとどめます。」

「・・・」




 彼の願いに、斎は最初それに無言だった。




「なに?」




 は不思議そうな顔で父親の顔を見上げる。彼女が予言を彼らに与えたわけだが、イタチが聞いてみると彼女は何を言ったか全く覚えていなかった。

 前後の記憶も危うく、自分がうちは一族の面々に会ったのは覚えていたが、会話などは全く覚えていないらしい。斎は娘の顔をじっと見ていたが、に笑いかける。




「少し、出ていてくれる?」

「え?わたしだけ?」




 は少しむっとした顔をして、父親に抗議の声を上げる。








「後で俺も行くよ。」





 イタチはの背中を軽く叩いてそう言った。するとは渋々と立ち上がる。彼女がいなくなったのを確認して、斎は大きく息を吐いた。






「おそらく、詳細がわからないから、未来は変わらないよ。」





 前置きをするように、斎はイタチとユルスンの顔をそれぞれ見た。




「貴方は、すべてが見えるわけではないのですか?」




 ユルスンが少し眉を寄せて尋ねる。おそらく予言自体に懐疑的なのだろうが、斎はそれにもなれた様子で微笑む。




「僕は確かに僕に関することに関しては、多くの場合詳細が見える。でもねそれも、所詮は一部なんだよ。」




 詳細が見えるからこそ、斎の予言は変わる可能性がある。違う行動をどこですれば良いか、明確に分かるからだ。だが、すべての未来が見えるわけではない。詳細とはいえ、それは沢山あるそれぞれの人の未来の中で、ほんの一部だ。




「でもね、彼女の予言は断片的だから、基本的に変わらないし、変えられない。」





 明確な道筋が分からないから、仮に選択肢を故意的に変えたとしても、それすらも予測されていたもので、ただ人は予言にそって歩いている。予言を知っていようと、知るまいと。




「知っていても、辛いだけかも知れないよ。」





 斎は目を伏せてイタチとユルスンに問うた。

 知っていても変わらない可能性が高いそれを、好んで知るのか。変わらないそれを後々変えられなかったと、悔やむことはないのかと。





「・・・知っておきたいと、存じます。」





 ユルスンはまっすぐの瞳で斎に言う。だが、イタチは迷った。

 知っていても変わらないなら、それは知らない方が良いのではないか。けれど、に僅かなりとも関係があるから、彼女はうちは一族に予言を与えたのだろう。ならば、に何かあるのだろうか。





「・・・聞きます。」





 結果的にイタチは聞くことを選んだ。に何かあるのならば、僅かな情報でも知っておきたい。




「だろうと思った。でもあくまでこれは一つの解釈だと思ってね。」





 斎は髪をくしゃくしゃと掻いて、話を始めた。





「時は満ち足りた月、夜は闇と同化せしと信ずるがあらず。」





 イタチから聞いたの予言の内容を、斎は唇に乗せて、近くにあった巻物に書いてみせる。




「ことが起きるのは満月か、もしくはすべてが整った時。どのみち満月だろう。夜が指し示すのは誰か分からないけど、おそらく沢山もの、もしくは人。要するに。」

「うちは一族の可能性が高いって、ことですね。」





 イタチはじっと巻物を見つめる。




「そうだね。で、闇と同化せし、夜と闇は同じものと考えられるけど、多分、これが違う。彼らは自分たちが全部同じものだと思ってるけど、そうではない。」




 斎は予言に下線を引いて、その下に書き加える。




「わかたれしは小さき群れなれどその牙は汝らを鋭く食らうに足る。一の小群はとどまり、二の小群は逃れ、元が火に崩るるは蛇のなせる、世の常なり。」





 の二つ目の予言だ。





「わかりやすく解釈するとだね。うちは一族から、二つの小さなまぁ、なんだろう、グループが出来ると。それはおそらく大きくはないけど、元をつぶせるだけの力を持つ。」




 斎は考え方の違う小さな別派閥か、もしくは裏切り者か、わからないけど、と肩を竦める。




「元は、つぶされる。火が木の葉をさすのか、それとも炎一族をしめすのか、どっちだろうね。蛇は再生と崩壊のサークルの象徴だから、この書き方だと、自業によって滅びるってことかな。」




 イタチとユルスンは思わず自分の一族への予言に、黙り込むしかなかった。

 どういう意味なのかは、解釈によって違うだろうが、さい先の良いものではどう考えてもないだろう。





「・・・これを君たちがうちは一族に知らせるというならそれも良いと思うよ。」




 斎はだったとしても変わらないだろうけど、とあっさりと言って、斎は席を立って部屋を退出した。残されたイタチとユルスンは呆然としたままだった。




「私はこのことについてうちは一族に言う気はありませんが、どうなさいますか。」





 沈黙を破ったのは、ユルスンだった。彼の質問にイタチは顔を上げる。




「言わない?」

「言っても意味がないでしょう。言えば炎一族をも巻き込みかねませんから。私が何を言っても止まりようがありません。」




 ユルスンは静かに言って立ち上がる。




「おまえ、」




 イタチはユルスンを睨む。しかし見上げた彼は相変わらず涼しい顔をしていたが、それでもそのイタチと同じ色の瞳には大きな憂いがあった。




「より上を、より上をと、目指すのは人の常ですが、何が正しいのでしょうね。求めないことが、良いのか、持っているから求めないのか。」





 彼の言葉にイタチも俯いた。

 炎一族を見ていると思う。彼らは持っている。そしてここに満足を覚えている。だから、望まないのだろうか。

 ならばすべてを手に入れれば求めなくなるのか。


 イタチには全く分からなかったが、答えはどのみち変わらないのだと思った。





( 決められた 定められた道筋 )