ぽろぽろと紙切れのような価値で命が失われていく。破壊されていく。
折り重なるように倒れている人々をぼんやりと写して、イタチは空を見上げた。既に雨が降り始めている。作戦行動は木の葉隠れの里の勝利で終わったが、悲惨な現状がそこにはあった。
田んぼの片隅は五,六人の人の山がある。また、点々と逃げる際に殺されたのか、一般の農夫とおぼしき何人かの死体も視認できた。中には子供とおぼしき手足まである。
すべては死体だ。生きてはいない。
イタチはそれから目をそらした。争いはいつもむごたらしいものだ。
田んぼのあぜ道の向こうには、ぽつぽつと人が倒れている。彼らもやはり生きてはいないだろう。戦争ではまるで命は紙切れのように奪われていく。
自分の命も同じなのかも知れないと思う。多分、同じだった。でも、ここに立って生きている自分と、転がって死んでいる人々との間には超えられない境界線がある。ものか、生者か、その大きな境界線は、本当に紙一重だ。
「イタチ?大丈夫?」
慌てて走ってきたのか少し苦しそうに息を吐いて、師である斎がやってくる。姿が見えないことに心配してくれていたらしい。
「はい。なんとか。」
「良かったぁ。」
斎は深く安堵の息を吐いて、イタチの様子を確認する。そして腕あたりの服が破れていることに気づき、真っ青になった。
「ちょっ、これ、大丈夫?」
自分の袋から絆創膏やら包帯やらを出してきて、斎はイタチの腕に当てる。どう見てもそれは擦り傷で、消毒薬を塗っていれば後も残らず勝手に治りそうな部類だった。だが、彼は毒などが心配なのか、かなり真剣な顔をしていた。
「そんな、大げさな。」
こんなの軽傷だろうと焦る師を呆れた目で見守りながらも、ふっと振り返る。そこには相変わらず沢山の屍がある。
擦り傷一つで心配してもらえる自分と死してそこに転がっている屍。
おそらく、なんの違いもなかっただろう。そこに殺されている仲間たちがいればその屍もイタチと同じように心配され、笑いかけられ、傷の一つで心配してもらえただろう。誰かを愛し、愛されていただろう。でも、争いになれば、まるで虫を殺すように、ぽろぽろと命は簡単に失われていく。
それを簡単に奪うことが出来る力を自分たちは持っている。
守りたいと思った人のために強くなれば強くなるほど、簡単に命を奪うことができ、また命の大切さを忘れて行く。守りたいと、思ったはずなのに、命を奪っていくことだけが上手になっていく。
守るために強くなったのだ。命は尊いものだ。
それをイタチが忘れずにいられたのは、皮肉にも一番に身近にあった小さな命のおかげだった。
「だ、だい、じょうぶ、」
苦しい息の下で、がふわりと笑う。
幼いにとって、あまりにも酷い苦難だ。苦しいだろうに彼女はいつも笑う。おそらく自分に出来ることが微笑むことだけだと、知っているからだ。
年を経るごとに彼女の体はもうチャクラに耐えられず、立ち上がることはおろか、息をするのがやっとの状態だ。誰も彼女を助けることが出来ないし、生きている限り、彼女の苦しみをいやしてやることは出来ない。
イタチはこの小さな命を外から守りたくて強くなった。自分の心を支えてくれるこの命が愛おしくてたまらないから、強くなった。
「、」
イタチはの額に自分の額を押し当てる。酷く熱い。
自分は人を殺す力を持っている。それを、イタチは心のどこかで彼女の命を守る方法だと思ってきた。
でも、それは違う。
彼女の命を奪うことはきっとたやすいことだ。今まで奪ってきた命よりも遙かに弱い彼女。簡単に殺せるだろう。イタチは彼女を苦しませずに殺せる。本当に戦争で死んでいく人よりもずっと弱い命だ。
イタチは沢山の命を奪ってきた。でも、彼女を助けることが出来ないのだ。
苦しみにあえぐ彼女を壊す以外の方法で助ける術をイタチは持たない。それはイタチの限界で、強さの限界でもあった。
「ごめん、ごめんな。」
イタチはの手を頬に当てて、言う。
イタチの弟のサスケと同い年で、女の子の方がアカデミー時代は成長が早いとすら言われるのに、の手はサスケのものより遙かに小さい。
苦しみにあえぐ体も同じように同年代の子供達よりも遙かに小さい。
イタチは拳を握りしめることしか出来なかった。
大切な人一人、助けることが出来ない。この手は沢山の命を奪うことが出来るのに、とてもたやすいことなのに、たった一つを助けることが、これほどに難しい。
「い、たち?」
あぁ、彼女も境界線を越えてしまう。死の境界線を越えてしまえば、もう彼女は彼女ではない。ただのものになる。道に転がっていた屍と同じ、ものになる。
それが狂いそうな程、恐ろしかった。
境界線を何よりもよく知っていたからこそ、毎日見知っていたからこそ、絶望的なその境界線を越えるを引き留めようと必死になった。恐ろしかった。絶望感が胸を塞いで、たまらなかった。
「誰か、だれ、か。」
を助けてと、何度心の中で唱えたか分からない。
神様なんていない、願っても仕方のないことだと知りつつ、それでも願わずにはいられなかった。きっと、自分が殺した人々も、同じ心地だっただろう。
これは罰なのだろうかとすら思った。無情に命を奪ってきた。自分への。
奪うことはたやすい、でもこの手はすくい上げることは出来ない。どんなに強くなっても自分たちには限界があり、人を殺す強さが本当に自分の大切な人を守る手段として結びつくかどうかは、また別の話だ。
イタチはのことで、自分の無力を思い知った。
「、」
「は、ぅ、・・・うん?」
名を呼べば、苦しい息の中でもは必死で返事を返し、淡い微笑みと共に掠れた声音で頷く。
人を暴力で虐げてしか、人を守ることが出来ない自分と、人を慮って、他人の心を守ろうと必死に微笑む。
どれほどの苦しみがその体にあっても、一生懸命他人を思い、微笑もうとするは、確かに弱い命だ。簡単に壊れてしまう。
「、、」
何度もイタチはの名前を繰り返す。
イタチの強さは壊すことは出来る。でもこの壊れそうな命を、助けることは出来ない。の代わりなんて誰もいない。命は尊く、失われれば二度と戻らぬもの。
涙が出るほどの無力感に満たされていく心を救う術は結局他人から与えられるものだった。
「良いのか?イタチ、本当に。」
自来也は静かにイタチに尋ねる。
「・・・もちろんです。」
の手を握って、イタチは大きく頷いた。
のチャクラをイタチが肩代わりすることによって、の体がチャクラに押しつぶされるのを防ぐという荒技の術。その存在を斎は長らく知っていたが、性質変化が同じである必要がある上、のチャクラが肩代わりをしてくれた人物を傷つける可能性も高かったため、踏み出せなかったのだ。
イタチは偶然にもと同じ性質変化、風と火を持っていた。
「願ってもない、幸運です。」
を助けるのは、イタチの強さでも何でもなく、ただ偶然に持ち合わせた幸運だった。
命は尊く、壊すのは簡単でも、助けるのは絶望的なほどに難しい。
「忘れない。」
イタチは心の中で何度も繰り返した。
還
( まわりつづける 人の命 )