斎とフガクは、多分元々違い過ぎた。

 幼い頃からすべての名声を持ち、上層部に取り上げられ、天才の名をほしいままにした予言者の若き少年と、努力だけで一族を持ち上げようとした、フガク。

 初めてフガクが斎に会った時、彼はまだ4,5歳の少年だった。しかしその才能は既にフガクをしのぐものがあった。




「貴方は、元からすべてを持っていたから、だから、」





 何も望まないのだ、フガクは斎を見て言った。

 斎はフガクよりいくつも若い。だが常に上層部に出入りし、その能力を高く評価され、火影に頼りにされ、暗部の親玉として今も従事している。

 すべてを、斎は持っていた。

 里での地位、名誉。それを彼は望むべくもなく持っていた。それは間違いなく一族と、そのたぐいまれなる才能、血継限界のなしたわざだった。

 だから、彼は何も望まない。上を目指さない。すべてを持っているから、

 フガクが望んだすべてを、元から持っていたから。





「僕は確かに名声という点ではすべてを持っていましたよ。」





 斎はあっさりと認めた。




「でも、それが決してすばらしいものではないことを、僕は一人だったから知っています。」





 予言の一族としての名声を持っていた。斎の一族は名声を、里での地位を高めるために近親婚を繰り返し、能力の強い子供を作ることを自らの一族に課していた。その結果、気づいた時には子供の出生率は落ち、力の強い子供が生まれてくるのと比例して障害児や不能者を増やした。

 結果的に斎の一族は名声と地位と、たったひとり斎だけを残して滅びた。

 忍界大戦は、すでに10人足らずしかいなかった一族を滅ぼすには十分な災厄だった。ましてや透先眼を持っていても足が悪かったりした障害を持つ者は平時ならば作戦立案だけに携わっていれば良かったが、人員が足りなくなる忍界大戦においては戦地にかり出され、ボロくずのように死んでいった。

 斎はそれを目の当たりにしてきた。




「当たり前のものを、少ししか持つことが出来なかった。」




 忍界大戦の度重なる難しい時期で、特殊な力を持つ斎の子供時代は非常に短かった。子供のようにずっと遊ぶことは出来なかった。それでも斎はその短い“時間”を精一杯遊んだ。両親と共にあった時間、それは酷く当たり前のもので、だからこそ、かけがえのないものだった。




「苦しい、時代でしたね。」




 忍界大戦の厳しい時代がやってきた時、次々に人が死んでいった。アカデミーで学ぶ時間は短くされそうになるわ、子供たちは次々に戦争へと担ぎ出された。当たり前に、人が死んでいった。

 戦死者の中には斎の父母もいる。斎が12歳の時だった。

 両親が相次いで戦死した時、流石に斎も酷く落ち込んだ。それでも人を殺し、ただひたすら生きた。蒼一族の最終血統として崇めながらぽつりと人の中に取り残されたことに気づいたのは、もっと後のことだ。




「僕の同族はもうこの里にはいない。でも守りたいと思うのは、同じ一族じゃなくても、愛したいものがたくさんある。」





 一族なんて関係なく、自分に優しくしてくれた人が、大切だと思った。自分の教え子たちが、兄弟子が、本当に愛おしいと思った。一族なんてどうでも良い。どうせもう斎ひとりしかいない一族だ。

 ただ、目の前のものが大事だった。





「僕は、愛された子供だった。だから、それを個人的にあの子たちにも与えたかった。」





 大切な人たちが出来て、その人たちを愛したいなと思った時、斎は両親のことを思い出した。確かに彼らは早く斎の元を去ってしまったけれど、愛された記憶は消えない。だから、斎は愛し方を知ってる。自分が両親にしてもらったように、大切にしたいと思った。

 斎が与える愛情は一族によって差異が生まれるものではない。弟子であるイタチに向ける感情はうちは一族だからではない。イタチが自分の弟子だからだ。





「当たり前のものはきっと、不幸な日々の中で大きな力になるでしょう。だから、それを与えたいと努力しました。」




 斎は両親がいて、両親に愛された思い出がある。

 確かに早くに両親を亡くしてしまったけれど、愛された記憶はいつも斎の大きな支えになったし、それを娘であるに与えてやりたいと思った。愛された記憶は斎に娘に対する愛し方を教えてくれた。

 例え今自分が死んでも娘に愛された記憶が残るように、不幸な日々が彼女に降りかかったとしても、超えていけるように、精一杯愛した。

 斎は深く両親に愛され、そして早くに亡くしたからこそ、その重みを誰よりも理解した。





「僕はただ子供たちに当たり前のものをあげたいんです。」





 地位でもない、名誉でもない、ただ当たり前の時間を、当たり前に与えてやりたい。

 斎のように失った時に気づくほど、その時間は自然なもので、些細なことなのかも知れない。でも、とても大切なものだ。大切な時間だ。

 それはきっと、地位や名誉よりも、大切なものだと斎は思っていた。





「価値観の相違ですよ。貴方が子供たちにより豊かな未来をと思うのと同じです。」





 フガクだって子供の幸せを、一族の繁栄を願って、行動を起こそうとしている。

 それは斎だって同じだ。子供の幸せを何よりも思っている。自分が死んでも、子供が生きてくれるなら良いと、思っている。ただ、考え方が違うのだ。





「貴方は里での地位や名誉が幸せだと思うのでしょう。でも僕はそういったものを、彼らに自分で掴んでほしい。」





 一族の後押しじゃなくて、自分の力で地位や名誉を勝ち取ってほしい。

 が上層部からの推薦で無理矢理上忍にされそうになった時、斎はそれを拒否した。一族の後押しではなく、個人が強くなって、自分の力で他人に認められて、地位を勝ち取ってほしい。

 誰かから生まれながらに与えられたものではなく。




「逆境を乗り切る力を、自分でもってほしい。」





 残酷なことだが、生まれは変えられない。だからそれを背負って強く生きられるように、名誉や地位をほしいと思うのならば自分の力で勝ち取ってほしい。それが後々の力になるから。





「だから、僕は里での地位や名誉を貴方のように一族で求めるのではなくて、彼女にそれを求められるような、個人的な心の強さと、優しさを持ってほしいと思う。」




 一族が後押しすれば、きっと地位や名誉を手に入れることはたやすい。でも斎は絶対にそういったことはしないと決めている。

 に求めるのは、自分の力でそれを勝ち取ること。

 親である自分が支えるのは、彼女の心だ。つまずいても大丈夫なように、当たり前の幸せを沢山用意して、いつか来る逆境に自分の力で打ち勝ってくれるように祈るのだ。





「僕は、個人しか、見ることが出来ない。貴方のように一族を見ることはできないんですよ。」





 斎は柔らかに微笑んで、フガクを見据える。

 一族全員の利益ではなく、ただ強く娘のことだけを思っている斎は、かなり利己的なのだろう。フガクは一族の利益を一番に思い、自分たちの不当な扱いに反対し、より上の地位を求めようとしている。

 だが、斎は、大切な人が傍にいてくれたらそれで良い。幸せならば良い。




「…考え方の、相違ですね。」

「そうですね。」




 斎はフガクの結論に頷く。

 多分、大切に思っていることは一緒だ。子供達の未来。でもそれの求め方は大きく違う。




「私は貴方が苦手だった。」





 フガクは初めて彼の目の前でそれを口にした。

 斎にイタチを預けたのはいろいろな思惑があったからだが、昔からフガクは斎が理解できなかった。今風少年で、そのくせに重要ポストを与えられ、ふわふわと風船のように生きているように見えた。

 シカマルの父であるシカクなどは、斎を敬愛しているし、多くの里の者が斎様と呼んで今も敬っているが、フガクはそういった意見に懐疑的だった。だが、今なら分かる。




「貴方は軽そうに見えるくせに、確固とした意志をお持ちだ。…どちらにしても、」

「恨みっこなしですよ。」





 斎は肩を竦めてにこりと笑う。

 フガクが企てていること、否うちは一族が企てていることを、斎が感づかないとは思っていない。斎は暗部所属だ。里の汚れ仕事のすべてを担う部署のボスである。うちは一族がことを起こせば、それを担うのは斎だ。




「僕は考え方は違えど、貴方を尊敬しますよ。」





 斎は朗らかにフガクに笑って見せる。





「お互いの、信ずる未来と守るべき者のために。」





 それは、斎からフガクに向ける決別の言葉だった。

 翌日、炎一族宗主蒼雪と、蒼一族最終血統蒼斎の名の下に、炎一族とうちは一族の友好関係の解消が公に発表された。




( みとめ、べつのみちをあゆむ )