炎一族とうちは一族との決別は、里でも大きなニュースとなった。

 うちは一族の若者達との一件でうちは一族がに予言を与えられて以来、うちは一族は恐ろしくて炎一族に触れることが出来ず、炎一族は東宮を侮られたと怒ることになった。

 うちは一族と炎一族の友好関係の解消は、直接イタチとの関係に影響を与えることはなかった。だが、やはり、イタチへの炎一族からの風当たりは強くなったし、里からうちは一族への目も厳しくなった。。





「なんか、わたしなんか大変なこと言ったの?」





 会談のこと、もちろん予言のことも全く覚えていないは不安げにイタチに言った。






「まぁ、なぁ。」





 イタチは曖昧にはぐらかして、の頭を撫でる。

 別にが悪いのではないし、イタチも知らなかったことだ。苦難の時だけに与えられる予言。それが一体どういう意味を示しているのか、何となく分かるがいくつか予想外の道筋も含まれていて、イタチも正直戸惑っていた。




「気にするな。おまえのせいじゃない。」



 慰めるようにイタチはの頭をもう一度撫でてから、商店街へと歩いて行く。イタチが背中にうちはの家紋をつけているからか、外からの目は非常に厳しかったが知らぬふりで歩く。





「うーんとね。まずは二丁目のお団子屋さんの三色団子とかしわもち。あ、おはぎも。あと、うちはさんところのおせんべい。あと、」

「それはなんの買い物なんだ?」

「父上様が買って来てって。」





 はメモ用紙を見ながら読み上げる。イタチはそれを横からのぞき込んだが、書いてあるのは斎が好きな菓子やらせんべいやら、ひとまずどうでも良さそうな品だ。





「・・・、そのお金で昼飯でも食べようか。」

「そうだね。」





 イタチの提案にもあっさりと同意する。何が悲しくてせっかくの休みの日に斎の使いっ走りに来たのだ。




「最初に二丁目のお好み焼き屋に行こう。」

「うん。」




 二人で手をつないで、歩き出す。二丁目のお好み焼き屋には甘味もついていて、イタチが好きな店だった。

 やはりうちは一族の家紋をつけているイタチが気になるのか、人々が振り返る。噂話が聞こえているからだろう。だが、はそれに対して不快そうな顔はしたが、分かっているので気にしないようにしているようだった。




「良いのか?」




 あまり人の目が好きではないし、人見知りのだ。人の視線が気になるだろうと声をかけると、は首を振った。





「いいよ。イタチと一緒なら我慢できる。」





 そう言って手を握り替えしてきた。その答えにイタチは僅かに安堵する。

 街の大通りは流石に居心地が悪いので、少し外れた小道に入る。人の少ない道は、涼しい風が通っていた。

 は、予言のことは全く覚えていない。

 イタチとての父である斎の一族、蒼一族が透先眼という遠目の力を持つ瞳と、予言の力で里が出来る遙か前から、大名や里から重用されてきたと言うことは知っている。だが、実際にその能力がどういったものかまでは知らなかった。

 かつて斎は戯れにしょっちゅう人の死や、出来事を予言していたため、今でも酷く彼に会うのを恐れる人もいるが、既にイタチが彼に会った頃彼はその能力をあまり使用しなくなっていた。彼は典型的な“よく視える”タイプだと聞いてはいたが、彼がイタチに予言を与えることはなかった。ただ、彼は確かに敵の突飛な行動を当てて見せたりすることは頻繁にあった。




 ――――――――――もう少ししたら、視えると言うことがを苦しめる日が来るよ




 過去の出来事が見えることが、予言を無意識にすることが、を苦しめる日が必ず来ると、斎は言った。

 は今、透先眼の使い方を覚えたばかりだ。


 病弱だったため、使い方がよくわかっていなかったが、任務などをこなすうちに徐々に使いこなしてきている。千里眼の効能の他に、短期の未来、そして広大な過去を視ることが出来る、瞳。

 他人の過去を視ることは、他人の心を視ることに似る。



 それがを必ず蝕む日が来ると、斎は言った。

 今まさに、うちは一族達はの無意識の予言に怯え、恐れおののいている。そういったの無意識の予言は、彼女の気づかぬうちに他者の恨みを買うかも知れない。

 そして、自分のしていること、してきたことも、すべて彼女に見透かされる日が来るのだろうか。





「イタチ?」





 勝手に背中から這い上がってきた震えにイタチが捕らわれていると、の困ったような声音が響く。





「大丈夫なの?」





 黙り込んだイタチを不安に持ったのか、が目尻を下げてイタチを見上げていた。




「あ、あぁ、ちょっと考え事をな。」



 イタチは曖昧に話を濁した。

 これはおそらく、に言っても仕方がないことだ。不安にさせるだけだとイタチは首を振って考えを外に追い出す。




「なんだ?」

「ぼうっとしてたから、大丈夫かなと思って。みんな最近ぼうっとしすぎだよ。」





 は少し不機嫌そうに頬を膨らませた。





「みんな何も言ってくれないしね。」





 子供だと思って、

 イタチも父親の斎も、炎一族のものもうちは一族のものも、に表向きに文句を言ったり、事実を知らせたりはしない。それは彼女を子供だと思っているからと言うのもあるが、が傷つくのを恐れているというのもある。





「それだけ、大切にされていると言うことだ。」





 イタチはの手を握って笑ってから、道を抜けるために少し歩を進める速度を速くした。

 不安なのは、イタチだって一緒だ。

 うちは一族と炎一族との友好関係の解消は、事実上うちは一族の孤立を意味する。炎一族であると同時に、上層部に出入りする斎を婿としている。対してうちは一族はそれ程大きな一族ではなく、その上元々孤立していた。

 孤立を一層深める結果に、不安を覚えるのはうちは一族にまだ片足を突っ込んでいるイタチも同じだ。





「いつも思う。なんで、二人だけで物事が完結されないんだろうな。」






 イタチはたまにそう思う。





「どういうこと?」

「世界がふたりだったら、楽なのに。無理だって、分かっているけどな。」





 全部捨ててしまえればどれだけ楽だろう。

 一族のしがらみもすべて忘れて、とふたりだけでどこかに逃げられたらどれほどに楽だろう。だが、イタチは里に大切なものを持ちすぎていて、そんなことできない。だって大好きな両親を見捨てるなんて出来ないだろう。分かっていても、最近そう思うことが増えた。





「うーん、わかんないけど、」




 は小首を傾げた。イタチの言うことが曖昧でよく分からないらしい。




「イタチがふたりが楽なんだったら、それで良いよ?」




 少しはにかむように、は俯いて笑った。イタチは驚いて、目を丸くする。

 けれどの気持ちは変わらないようで、うん、ともう一度頷いてみせる。イタチは晴天の空を見上げる。何もかも捨てて、彼女はそれでも同じことを言ってくれるのか。

 そんならちもあかないことを、彼女を見ながら心の中で尋ねた。




( すべての境界線 )