が侍女にたたき起こされたのは夜明け前のことだった。まだ明かりは暗い3時過ぎ。慌てて着替えて父の常に眠る寝殿には夜更け過ぎにもかかわらず明かりがたかれていた。

 眠るところだったのか、パジャマ姿の斎は慌てた様子で暗部から報告を受けているところだった。そして暗部との話が終わると同時に言った。




「…うちは一族が里に対して反乱を起こした。」

「…え?」




 一瞬、父の言う意味が、わからなかった。

 里への反乱は木の葉に住まうものにとって最大の重罪である。国家転覆罪として、厳しい罰が与えられるのは当然、どこの里も同じで、ものを知らないでも、それが何よりも許されない行為であることを知っている。




「まだ、状況は分からない。でも、イタチが…密告したらしい。」

「え、な、なに、それ?」




 珍しい父の厳しい表情に、は事態がより深刻なものであると言うことを把握する。

 うちは一族が上層部になるために里へと反乱を起こした。それを密告し、制圧に当たっているのが、同じうちは一族のはずのイタチだという。




「そ、それって。」




 明らかな一族に対する裏切りだ。は言葉を失う。

 確かにイタチとフガクの間には不和があった。だが、イタチは両親のことを尊敬していたし、うちは一族であることを誇りに思っていた。大切にしていたはずだ。だからこそ、何度もぶつかり、そして努力してきた彼の姿を隣で見てきたは、思わずふると首を振る。

 反乱という言葉一つで片付けられるほど、うちは一族との関係は深すぎて、言葉がない。





「イタチが率いている部隊の暗部が、うちは一族を押さえた。」

「…サスケは。」

「里にいないらしい。まだ状況はわからない。」




 斎も戸惑っているのだろう、パジャマを着替えながらに話す口調はいつも穏やかな彼としては随分早かった。今から暗部の本部に出向くつもりなのだろう。




「なんで…?」





 呆然とは問うしかなかった。

 幼いには到底うちは一族が望む里での興隆の意味が分からない。特別な地位と、血継限界で名門とされる一族が、何故。





「…こういうことは後々耳に入ることだから、がもう大人だと思って言っておくけど。」





 斎は前置きをして娘に向き直る。




「うちは一族は昔、火影と争いを起こしているんだ。」

「え、」

「…上層部は警戒してうちは一族を重要ポストには置かない。九尾事件でも疑いはあった。」




 初めて聞く話に、は目を丸くする。




「日向は里のために当主の双子の弟を犠牲にしてる。それは、里への恭順を示す意味もある。でも、うちは一族はそれをしなかった。その誇りのために。」








 そして、徐々に追いやられていった。





「里で彼らが反乱を起こすだけの理由は、あるんだよ。」





 もう随分と前の話だ。だが、それでも根が深い問題である。今も実際に上層部のポストに就けないという差別はあるのだから。





「で、でも、イタチは。」





 イタチは暗部の重要ポストについている。そう思っては斎に言ったが、彼は首を振る。




「昔話したことがあるだろう?二代目火影の妻は蒼一族出身だった。」





 既に木の葉隠れの里創設時には、蒼一族は近親婚を重ね、10人足らずだった。その能力を欲した火影の一族は、蒼一族の女性を妻にしたのだ。結果的に彼女の子供達が透先眼を受け継ぐことはなかった、だが可能性はまだあるだろう。

 蒼一族の血継限界・透先眼は蒼一族の血筋だからと言って必ずしも開眼するわけではない。だからこそ、蒼一族は近親婚を重ねた。より血を濃くし、透先眼を持つものを増やすために。そうして、斎一人を残して大戦の時期に皆死んだ。

 斎が早い時期から重要なポストに就いたのはもちろんその類い希なる忍びの才能もあるが、透先眼と、火影の一族の血縁者というところが有利に働いたのだ。





「イタチのポストは僕の弟子だから信用されたというところが大きいんだ。」





 確かにイタチはうちは一族で、非常に警戒されていた。仮に他の人間の弟子ならば、暗部の重要ポストに就くことは出来なかっただろう。

 ただ、火影の親族である斎の弟子だったから、上層部も目をつぶったのだ。

 炎一族に婿入りするため、将来的にはうちは一族を籍を外す可能性が明確になったというのもある。




「…うちはは、最初からそれを狙っていたとも思うよ。」




 最初、斎はイタチを弟子にすることに難色を示した。

 うちはと炎の友好関係は確かにの生まれた頃から長らく続いていた。だが、炎は大きな一族であり、揺るぐこともない。たまたまと年頃の同じ少年がふたりもうちは一族の代表者の家にいたため、名家同士の結婚を模索しただけだ。

 おそらく斎がイタチの弟子入りを断ったとしても大きくもめ事にはならなかったし、そう言った面倒ごとが大嫌いな斎は、最初イタチを弟子にすることに関しては慎重だった。うちは側の思惑が明らかだったからだ。

 イタチも、それを明確に感じていた。自分が斎にとって厄介者であると理解していた。




「それでも、僕は分かっていて、イタチを弟子にとったんだけどね。」 




 渋々フガクに連れられて幼いイタチを見に行った時、放置していればこの子は歪むと思った。

 幼い頃才能故に上層部に取り立てられ、ただ人殺しを覚えた自分。それでも斎の両親はいつも斎の味方で、惜しみない愛情を与えてくれた。けれど大きな一族故にフガクはイタチに厳しく、周りも幼いイタチに冷たかったし、イタチは斎ほど上手に人に甘えられるタイプではなかった。

 幼いイタチに、自分を見た時、その才能に驚愕したと同時に、幼い頃の自分を見た。

 愛情があった自分ですら、歪んだ。このままではこの才能と共に、否、才能故に、この子は歪んでしまうと思った。




「…時代は、刻々と変わっているんだ。」





 昔ほど里は弱くないし、不安定でもない。小さくもない。火の国の大名達の後援を受けている。火影の権威は上がり続けている。

 時代に沿うように、多くの一族が里との融和を進めた。蒼一族が、日向一族が、そして炎一族が、里と融和しつつある。その中で、うちは一族だけが孤立し、取り残されていった。




「僕は利用されることも良いと思ったんだ。これで、うちは一族が徐々に融和すれば良いと思った。」




 斎は着替えを終え、大きく息を吐いて柱にもたれかかる。

 どういう形であれ、うちは一族であるイタチが重要なポストを手に入れたという事実は変わらない。このことで、徐々に上層部がうちは一族に対する警戒を解き、うちは一族も緩やかに里と共存していけば良い。そう思っていた。




「でも多分、僕が思う以上に根が深かったんだろうな。」




 斎は天井を見上げて呟く。それはに聞かせるというよりかは独白だった。




「…わたしは、何が出来るの?」




 は目尻を下げて、父に尋ねる。

 難しいが、事情は理解できた。理由も何となく分かった。でも、どうしたら良いのだろうか。何が出来るのだろうか。

 分からず、斎を見上げると、彼は困ったように笑った。




「イタチが帰ってきたら、笑って迎えてあげて。」

「…笑って?」

「うん。イタチが、一番辛いはずだから。」




 はその言葉に目を見開く。

 イタチが密告したと、父は言っていた。その意味を、初めて重く理解する。




「この選択はおそらくイタチのこれからに重い枷をつけるだろう。里はこれによってイタチに絶大な信頼を置くはずだ。でもね、わかるだろう?」




 うちは一族は、イタチを二度と許さないだろう。

 それは両親との、自分が育って、愛してきたものとの、決別でもある。すべての地盤を失うと言うことだ。




「…うん。わかった。」




 はぐっと奥歯をかみしめて、涙を堪える。でも堪えきれず、涙が溢れて、不器用に唇を引き結ぶ。

 そうするしか、なかった。




( 開幕のベルが鳴る )