「なに?がサスケを追いかけに行った!?」



 綱手はサクラに詰め寄らんばかりの勢いで、叫んだ。




「え、あ、はい。」




 サクラは彼女の気迫に押されて目を丸くするが、何とか頷く。すると綱手は慌てて近くの暗部を呼んだ。




「しまった、一緒にここに来るんだった。」




 サクラの言葉を聞いていたの父、斎はこめかみを押さえて近くの椅子に座った。

 彼は情報を暗部の本部で確認し、それを火影に報告しに来たのだ。娘の所業に珍しく憤りとも焦りともとれる表情で、書類をぱたぱたさせた。




「馬鹿か、あいつは。」



 綱手も脱力したように暗部への指示を終え、火影の椅子にどさっと音を立てて腰を下ろす。




「え、あ、あの、」




 サクラはいたたまれない重い空気に耐えきれず、綱手を見る。するとカカシが息を吐いてサクラの肩を叩いた。




「良い機会だ。サクラはこれからもといると思うし、覚えてほしいからね」

「え?」

「神の系譜は、良い餌だ。」

「神の系譜?」




 初めて聞く言葉に、サクラは意味が分からずカカシを見上げた。




「炎一族は、火の国の神の系譜だ。」





 カカシはサクラに椅子に座るように促す。サクラは斎の向かい側に座ると、カカシは斎の隣、サクラの向かいに座った。




「五大国はそれぞれ、神の系譜と呼ばれる一族が住んでいるんだ。」




 綱手はぎしっと背もたれに体重を預けて、思い出すように目を細める。




「火の国の炎、土の国の堰、水の国の翠、雷の国の麟、風の国の飃。その宗主、まぁいろんな言い方があるし、一族を形成してない奴らもいる。でも、必ずいる。」




 五大国の切り札であり、爆弾でもある。堰や炎のように一族の形式をしているものもあるし、この間木の葉が保護した飃家の榊のように一族という形式がない場合もある。そしてあり方も里と共存していたり、隠れていたり、大名となっていたり、里を支配している場合もあり、彼らを取り巻く状況は様々だ。

 ただ2つ、共通していることがある。




「直系が必ず一系統存在し、能力は神にも追随すると言われるほど、絶対的だ。」





 綱手は何度か忍界大戦の折、神の系譜と争ったことがある。飃と、堰の神の系譜であったが、そりゃ強かった。手練れと言われる忍びが協力し合い、相手を一人にしてから全員でまとめてかかってやっと仕留めたくらいだ。




「彼らは基本的に里に関わらないことが多いんだがな。そのうち翠と飃はもう滅びた、と見られてた。だが血統的に実際滅びたのは、多分翠だけだな。」




 綱手は土の国いる堰家の当主の妻が、翠家出身者であると知っている。だが、大方の場合他国の神の系譜など、全くと言って良いほど情報を知らない。




は宗主蒼雪姫宮の一粒種。要するに、神の系譜の直系ってことだ。」




 綱手はの性格をここ数ヶ月で良く理解した。

 歴代宗主の中でもチャクラの量という点では異常だ。大きな力を持ち、それをまだよく分かっていない。意味も、力も、一族も、何も分かっていない。




「それに彼女は蒼一族にとって最後の直系の娘ってことにもなる。あの子はね、その意味を全くまだ理解してない。ま、僕が教えてこなかったのも悪いんだけどさ。」





 斎は娘のことを思い出しながら、苦笑する。

 病弱であったため、斎にとっては生きているだけで良かった。何も知らなくても良いと思っていた。それは、もう変わらなければならないのかも知れない。

 あの子が生きていくために、すべての知識は必要なのだ。




「そして、私の親族でもある。」




 綱手が付け足す。遠縁とは言え、蒼一族と千手一族は血筋として繋がっている。




「だからこそ、これからそれは、私の一族と長らく争ってきたうちは一族とも、関わってくるだろう。」




 だ。けれど、そう思わない人間がいる。

 彼女は火影の一族の血筋であり、それは公に誰もが認めている。その上、大きな一族の跡取り娘だ。日向の嫡男であるヒナタがかつて攫われそうになったのと同じように、にもその危険が十分にある。

 そしてその能力も希少性が高く、誰もがほしがる。




の運命はね。存外重くなるよ。これからも。」





 カカシは目を細め、を思う。

 イタチが、がこれから背負うものはきっと酷く重いだろう。炎一族の跡取りとして、里の一員として、火影の親族として、そしてうちは一族として。

 いつか、争いを生むかも知れないし、平和を生むかも知れないほどの、重み。




「・・・わたし、そんな。」




 サクラはカカシを緑色の瞳で見つめる。




「わたし、に、サスケくんをって、言っちゃった。」




 にサスケを追うことを求めたのは、サクラだ。サクラから情報を聞かなければ、はサスケを追わずにここに来ただろう。




「わたし、サスケくんに会ったんです。たまたま。彼、里を抜けて、音に行くって。」




 サスケに出くわしたのは、偶然だった。だが、別れを告げる彼をどうして良いか分からなかった。本当なら、サクラが追えば良かったのだ。

 なのにサクラはどうして良いか分からず、里が大変なことになっている状態というのもあって、それを見送り、に助けを求めた。




「わたし、」




 これでは、をより辛い運命に放り出したようなものだ。

 うちは一族の反乱を密告したのが、の恋人であるイタチだと、から既に聞いている。サスケはうちは一族の反乱がイタチの裏切りで鎮圧されたことを知っている。そして、がイタチの恋人である。

 サスケとは最近、大人達の、うちは一族と炎一族の不和によって微妙な関係を保っていた。うちは一族の反乱は完全にその微妙に保たれていた平行線に関係に終止符を打つものに等しい。

 そしてサクラは率先しての背中を押し、放り出した。




「綱手のばっちゃん?」




 ノックもなしに、驚いた顔のナルトと落ち着きを懸命に装っているシカマルが入ってくる。




「あぁ、来たか。サスケの件は聞いたな?」




 綱手は無駄話もせず、ただ驚愕の表情を浮かべているナルトに尋ねた。ナルトとシカマルは神妙な顔つきで頷く。ことの重大さは誰にでも里の今の状況を見れば分かる。




「おまえ達には小隊を連れて、の保護と、サスケの連れ戻しを命じる。」




 良いなと有無を言わさず、綱手は命じた。

 シカマルは「、」と呟いて納得したのか、頭を下げて了承を告げる。





「・・・なる、と?」




 思わずサクラは声を掠れさせた。思わず涙がぼろぼろと溢れてくる。




「どうしたんだってばよ!?」




 ナルトはサクラの方へと走り寄って、膝をつく。




「わたし、」




 サスケを止めなかった、そして、を放り出した。自分の不安故に。それを理解したサクラはもうどうして良いか分からずただ泣くことしか出来ない。




「大丈夫だってばよ。すぐにも、サスケも戻ってくるから。」




 サクラのくしゃくしゃの泣き顔に、ナルトが仕方ないなぁと言う顔で笑う。




「俺は約束を守るからな!」




 大丈夫、とナルトはとことん明るく笑って見せた。それがのものと酷くだぶる。



 ――――――――うん、サクラもね。



 彼女もそう笑って、サクラを慮って笑って行ってしまった。でも、サクラはその笑顔に縋るしかない。




「うん。」




 涙ながらに頷くことしか出来ない自分の無力さに、また涙がこぼれた。

宿 ( 心に移すはすべて )