がサスケに追いついたのは、国境近くにある大きな滝の近くだった。途中で音の忍びとおぼしき人物達を見たが、透先眼と犬神の鼻によって最初から把握していたので、わざわざ避けて通った。

 戦いは望んでいない。




「サスケ!」





 岩の上で滝を見ていたサスケは、ふとを振り返る。を睨み付けるサスケの瞳は、憎悪と呪印に歪んでいる。

 は呆然とした面持ちでサスケを見つめる。




「…」




 ここまで来たは良いけれど、言葉が見つからない。沈黙の中、ただ滝の音だけが響き渡る。二人の男の石像がそびえ立ち、向かい合う滝。





「どこへ行くの?」




 結局考えに考えて、はそれしか質問できなかった。




「音隠れの里だ。」




 サスケはあからさまに眉を寄せて、冷たく言い捨てる。





「どうして?」

「力を手に入れるためだ。」

「…なん、で?」

「イタチに、勝つためだ。」

「…」





 はっきりした答えに、は呆然とする。





「兄貴は、うちは一族を裏切った。」





 冷たい言葉に、父の言っていた言葉を思い出す。



 ―――――――――イタチが…密告したらしい。




 イタチがうちは一族を裏切って、里にうちは一族の反乱を密告したという話は、も父から聞いている。

 思わず胸元で手を握りしめれば、サスケはに対して舌打ちをしていた。




「知ってんじゃねぇか。」

「…、」

「結局、兄貴はおまえを選んだよ。」




 嘲笑と共に言い捨てられた言葉には思わず首を振る。




「違うよ!そんなことない。ただ、イタチは」




 多分、誰にも死んでほしくなかっただけだ。

 イタチは基本的に争いごとが大嫌いだ。おそらくうちは一族が反乱を起こせば、上層部とうちは一族との争いには無関係な人々まで殺される。それを憂慮したのだろう。




「結果は一緒だろ!?兄貴はおまえと斎さんを選んだよ!うちは一族を裏切って、おまえを選んだ!」




 サスケはの言葉を遮って叫ぶ。




「兄貴の一番はいつでもおまえさ!!おまえ以外に関心事なんてない!!」

「そんなことない!イタチはサスケのことだって大切に思って…」

「じゃあなんでうちは一族を裏切る!?」




 サスケの言葉には黙り込むしかなかった。

 結果的にイタチはうちは一族を裏切ったという事実に変わりはない。どういった理由があり、どういった思いがあっても、事実は変わらない。 



「でも、イタチはいつもサスケのことを大切に…。」





 弟のことを楽しそうに話すイタチを傍で見てきたは、どうしてもやり切れず絞り出すように言う。

 だが、それは到底サスケには届かない言葉だったのだろう。




「この現状を見てみろよ!うちは一族は反逆者だ!!イタチのせいで!!」




 サスケは手のひらを広げて言う。

 今頃里に帰れば、うちは一族の者は皆牢に入れられているだろう。あらかじめばれた企みなど、当然成功するはずもない。それでなくとも、上層部を襲うなど難しい話だ。前もってばれていたならなおさら。




「満足だろ?イタチの一番はまごうことなくおまえだよ。」





 サスケの言葉に、は目を丸くする。





「おまえは結局、俺から全部奪ってくんだな。」

「何を言ってるの?」

「兄貴すら、全部奪ってくんだな。」 





 サスケの笑い声が、響く。

 それは泣いているようにも聞こえて、は意味を理解して耳を塞ぎたくなった。

 厳しい一族の中で、サスケが寄って立つ瀬はイタチだけだった。兄であるイタチに嫉妬を感じながらも、敬愛し、大切に思っていた。だが、イタチの一番はいつもだった。

 それは成長するにつれて明確になった。

 多分、意味の違う大切だっただろう。それでもサスケにとってはに兄をとられたに等しかった。そして今、結果的にイタチはと里のために、サスケからうちは一族を奪った。








「おまえはいつもそうだ。なにも自覚してない。でも、すべてを手に入れていく。」




 地位も、名誉も、大切な人も、全部。





「…全部持ってるのに。」




 愛してくれる両親。大きな一族からの愛情。豊かな才能。

 すべてを持っているのに、すべてを手に入れていく。否、すべてを持っているからこそ、手に入れられるのか。


 サスケにはわからない。

 だが、




「殺してやりたいよ。イタチも、おまえも。」





 サスケはぐっと拳を握りしめ、ばちっと音を立てて千鳥を発動させる。




「…さ、すけ?」




 明確な、前とは全く違う程の殺気にはサスケの名を呼ぶ。





「今度は、イタチは助けに来てくれないぜ。」

「サスケ、」

「イタチはおまえが死んだらどんな顔をするかな。いや、大蛇丸に差し出しても良い。」

「サスケ!」




 は初めて声を荒げる。ばちっと大きな音を立てて千鳥が弾け、サスケが嫌な笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。

 それを理解して、は慌てて後ろに飛んだ。





「遅い!」




 の後ろには既にサスケがいた。は紺色の瞳を丸く見開いたが、咄嗟に体の近くで自分が従える炎の蝶を爆発させた。




「ぐっ!!」




 サスケが声を上げて吹っ飛ぶ。も爆風に飛ばされたが、何とか近くの岩に着地する。

 元々は熱には強いため、体の傍で爆発させても、風に吹き飛ばされても熱に影響を受けることはない。だが、サスケは違う。




「…さす、け?」




 は恐る恐る吹っ飛ばされたサスケの様子を窺う。大やけどを負っているのではないかと心配したが、全くその必要はなかったようだ。

 異様な形の羽根が、の攻撃を防いでいた。醜悪な形のそれをは驚きのまま呆然と見つめることしか出来なかった。どうやら蝶の爆風をそれが防ぎきったらしい。だが、サスケの容貌すらも変わっていて、はあまりの状況についていけなかった。




「…ふぅ、なかなかのもんらしいな。」




 呪印の力に、サスケはにやりと笑う。




「なに、それ?」




 は畏怖とも驚愕ともつかない表情でサスケに問う。




「あぁ、呪印だ。」

「それ、使ったら駄目だって…」

「まだそんなこと言ってンのかよ。」





 サスケはを嘲笑する。

 は心の中で唇を歪めて笑う彼が、誰なのかもう分からなかった。は彼を幼い頃から知っているけれど、見たこともない表情で、もう首を振ることしか出来ない。

 一年前、アカデミーを卒業した時、自分たちはただの仲間だったはずだ。




「やっぱ、おまえは特別な子供、らしいな。」




 サスケはの蝶を睨み付けながら、呟く。彼の緋色の瞳は、を確かに写している。敵として。




「わたしたちは、何を間違ったの?」




 一緒に歩いていたはずだ。同じ師に付き、同じように微笑みあい、仲間として共にあり続けた。一緒に過ごしていたはずだ。仲間として信頼して、絆を築いていたはずだ。なのに、どこから、道は違った。




「どこから、そんなに、」





 歪んでしまったの。

 白い鱗粉をまき散らして、炎の蝶がに寄り添う。サスケを完全に敵として警戒している。彼は敵じゃない。仲間だ。

 心の中ではそう思う。でも、それは既に自分の独りよがりだ。




「もう、だめなの?」





 すべては、決してしまったのだろうか。の問いに、サスケは冷たく言い捨てる。




「あぁ、好きだったよ、おまえのこと。」




 それはこの間、サスケが言いそびれた言葉の、続き。

 昔から、好きだった。兄とが笑い合うのを歯がゆいままに見つめた。




「…、」

「でも、もう終わりだ。」




 愛憎入り交じる緋色の瞳がを捕らえる。よく知った瞳だ。だが、よく知った彼のものではない。

 サスケが本気でを殺そうとしていることは、何となく理解できた。その上では自分に問う。自分にサスケは殺せるのだろうか、と。

 殺す気で来ている相手に、殺意のないは非常に弱い。それは君麻呂と戦った時に理解したことだ。覚悟の違いは大きい。どうしても攻撃する一瞬に、隙が出来る。

 は自分の蝶をちらりと見る。

 綱手との訓練があるとは言え、は能力の制御が下手だ。本気になればサスケを殺してしまう可能性が高い。

 イタチが、サスケをどれだけ大切にしていたかを、は誰よりも知っている。

 サスケを幼い頃から知っている。そのには、どんなに殺されそうになっても、サスケを殺すことなんて、到底出来そうになかった。




「ごめんね。」




 は、サスケにそういう以外に、なんの言葉も持たなかった。

 本当なら殺してでもサスケをとめるべきなんだろう。でも、にはその覚悟も何もなかった。そして殺さずに止める自信も無かった。

 白い蝶がの指に羽根を下ろす。




「本当に、ごめんね。」





 何も出来ない、何も決められない愚かな私を許してください。

 はそう思って、腕を縦に大きく振り下ろした。




( 闇が支配する )