「裏切りものが!」
牢につながれたフガクが叫んだ言葉は当然のものだった。
イタチは静かに彼を見据える。
これから処罰が決められるだろう。フガクは反乱の首謀者である。処刑されるのか、それともチャクラと写輪眼をとられて幽閉されるのか。まだ決まっていないが、相応の処罰が下されるだろう。
その状況を作り出したのはイタチだ。
「あぁ、そうだな。」
イタチは淡々と父親からの呪詛の言葉に頷くしかなかった。
フガクはこの反乱の首謀者。そしてイタチは彼の息子であり、うちは一族と内通しながらも、それを裏切ってすべてを里に話した裏切り者。
すべてが終わった今、それは現実としてここにある。
「一体、うちは一族の中に何人の裏切り者がいたのか!信じられん!!」
フガクは頭を抱えて叫んだ。
そう、内通者は一人ではない。フガクとて、イタチのすべてを信用していたわけではない。シスイも、そしてうちはユルスンも同じようにフガク達が言う“裏切り者”だった。
その上、サスケを含め何人かのうちは一族は里の外に逃亡した。後々の争いの種になるため、捕らえておきたかったが、やはり難しいと言うことだろう。
イタチは冷たいコンクリートの壁にもたれかかる。
すべてが終わったと思えばこのままコンクリートの壁に背を預けてへたり込んで、死んでしまいたい気分になった。
実の父が反乱の首謀者。弟の里抜け。裏切り者になった自分。
全部がイタチにのしかかってくる。予想はしていたが、実際にのしかかってきたこの重みは、きっとコンクリートの下敷きにされる方がましだろう。
なんでこうなったんだ。
平和を、願っていたはずなのに。
「結局、おまえは我らより、炎一族を選ぶか!!」
フガクの血を吐くような叫びに、イタチは顔を上げる。
炎一族のため、なんて。彼らのために出来ることなんてない。極端な話うちは一族がクーデターを起こしても、炎一族になんの痛手もないだろう。彼らは里と繋がっているようで繋がっていないし、里に興味がない。
別に里をうちは一族がクーデターで乗っ取ったところで、炎一族にとっては「あぁそうですか。」で終わりだろう。
でも、イタチはやはり、里を大切に思っていた。大切な人が、そこにいるから。
「…父上,俺はずっと、貴方たちのことが信じられなかった。否、誰も、か。」
ぽつりとイタチは独白するように牢の前ではき出した。
信じられなかった。父の愛情が。信じられなかった。うちは一族が求めるものが。早くから、自分が一族のための道具にされていると感じていた。
母が自分たちを愛してくれたのは知っている。だが、父に自分たちに対する愛情があったのかどうかは、正直今でもよく分からない。
愛情だったのか、里の上層部に繋がる道具として見ていたのか、よくわからない。イタチを斎の弟子にしてもらうために父が頭を下げたのだって、斎が里の上層部と繋がる人間であったから、イタチをそこへと滑り込ませたかったという意図も見えていた。
大人たちが酷く汚いものに見えていた。アカデミーにいた時からすでに希望をなくしていた。
「斎先生に会うまで、何も信じていなかった。」
イタチに、大人が全員汚いわけではないと示したのは斎だった。
斎は、どこまでも純粋だった。
はじめは馬鹿みたいにへらへら笑っているだけの軽い男だと思っていた。
でも彼はただイタチを心配して、イタチを普通の子供として扱って。多分才能があって、うちはの嫡男であるイタチは、斎にとっては何ら普通の子供だったのだろう。出来たら誉められて、頭を撫でられて、当たり前のように、普通の子供と同じように、イタチを扱った。
悪いことをしたら真っ向から叱られた。彼は強かったから、到底歯が立たなかったし、へらへらしているのだって、実力があるからこそ心持ちに余裕があるからだと分かった。
偉ぶらないところも、地位にこだわらないところも、イタチに何も望んでおらず、それでいて結果を持って帰ってくると素直に手放しで喜んでくれる、そう言った多分うちは一族と正反対のところに酷く惹かれた。
失敗したとしても、イタチが努力した結果だった時は、ちゃんと慰めてくれた。例え一族に叱責されても、彼はいつもイタチを庇った。
彼にとって、イタチはいつも目の前のイタチだけだった。
「貴方にとって俺は、うちは一族の嫡男だったんだろう。いつでも。」
厳しくしつけられた。厳しい言葉を浴びせられた。常に優秀であることを望まれていた。うちは一族の嫡男であるために。
「でも、斎先生との前では、俺は普通の子供だったんだ、」
斎は違った。彼はうちは一族だからと言うことは全くなく、イタチ個人に愛情を傾けてくれた。信頼を向けてくれた。彼の前ではイタチは優秀でなくても良かったし、うちは一族の嫡男でなくても、生意気でも良かった。自分の思ったことを口に出しても、失敗しても、愛情は変わらなかった。
イタチが、イタチでいて許された。よい子でなくても、生意気でも良かった。
も同じだ。ただイタチが来ることを喜んでくれた。苦しくても、悲しくても、ただ『イタチ』をひたすら望んでくれた。彼女は外のすべてを知らない。だから、イタチの力を求めるのではなくて、イタチの心を求めてくれた。
「当たり前のものが、ほしかったんだ。」
贅沢を望んだわけではない。ただ、“普通”になりたかった。大きな一族なんかの嫡男に生まれて来たくなかった。ただ両親の愛情がほしかった。頭を撫でてほしかった。不安な時抱きしめてほしかった。その誰もが気づかない当たり前のものを与えてくれたのは父親ではなく、他人のはずの斎とだった。
「すまない。でも俺は、」
父の行動を密告することは自分の一族への否定だ。そして弟の地盤を奪うことでもあった。それでも。
「俺は、人の命と引き替えの特別は、いらない。」
謀反を起こして、里に刃を向けて、人を、他の忍びを殺して、里の上層部となってどうするというのだ。
「人の命は、尊いものだ。どれほどあがいても、救えないんだ。」
イタチはこの手からこぼれ落ちそうになった命を知っている。イタチの肩にとどまるのは、白色の鱗粉を持つ蝶だ。この炎はいつもイタチを守り続ける。の力だ。
「失うのは本当に簡単で、どんなに足掻いても救えなくって、俺はを見てて、それを痛いほど知ってる。」
病弱なの隣で、蝋燭のように徐々に消えゆく命の炎を見守り続けた。亡くしたくないと足掻きながら、結局何も出来ず、涙をこぼして思い悩んだ日々がある。自分の無力を嘆き続けた日があるからイタチは知っている。
「俺たちにとって命はあまりに軽くて忘れてしまいそうになるが、命は尊いものなんだ。」
命を奪うのはたやすい、でも救うことは難しい。そして、一度失われた命は、戻らない。
「裏切り者だと言われても、俺は、みんな命を守りたかった。」
自分を信じてくれた斎や、里の人々、そして。
自分のために、私欲のためにそれを奪うのではなくて、それを守るために戦いたい。そう思ったのはきっと、うちは一族以外に大切な人が沢山出来すぎてしまったせいだろう
「大切な人の命まで奪ったら、俺は多分もう自分を支えていくものがない。」
既に汚れたこの手を汚すことは別に構わない。そして、イタチとて自分の汚れたこの手で、何かを救えるとは思わない。これからも多分、イタチは人の命を奪い続けるのだろう。けれど、それが大切な人のためだと思えるからこそ、耐えていけるのだ。
「理解してくれとは言わない。でも、俺はそう思った。」
イタチは父親を見据える。
「父上、あの日、斎先生に頭を下げてくれたことを、本当に感謝してる。」
イタチの担当上忍が決まらなかった遠い日、フガクはイタチのために頭を下げて斎に担当上忍になってくれるように頼んだという。それが、上層部にパイプを持つ斎と繋がり、昇進の足がかりにするためだったのかも知れない。
でも、結論は変わらない。彼は斎に頭を下げ、そのおかげでイタチは斎に出会うことが出来た。と会うことが出来た。
「育ててくれて、ありがとう。」
牢の前で、イタチは深々と頭を下げる。
他人を愛おしいと思えた。大切に思えた。そのすべてを作ってくれたのは両親だ。
思えば優しい言葉など、父に対してかけたことはなかったかも知れない。かわいげのない息子だったと思う。でも、例え意見は違っても、イタチは彼らを愛していた。そして彼らを裏切ったという事実は、変わらないんだろう。
「…おまえなど俺の息子ではない。」
父の言葉は、冷たいものだった。イタチは思わず自嘲気味に笑う。だがフガクは続けた。
「おまえはもう、うちはじゃない。だから、どこへでも行けば良い。」
イタチは顔を上げてフガクを信じられない目で見る。
「おまえは、もう自由だ。」
うちは一族はこれから処罰の対象となり、解体されるだろう。一族はもう存在しない。
「くれぐれも斎様と東宮を大切にするんだな。」
皮肉めいた台詞の中でもフガクは一度もイタチに振り向くことはなかった。
「ありがとう。」
イタチはどちらともとれるその言葉を、好意的にとることにした。そしてもう一度礼だけ口にして、牢を出た。
空は憎々しいほど青く澄んでいて、何も変わらない。
全部終わったと、ただ途方に暮れた。
明
( 夜明け )