やシカマル、テマリ達が木の葉の里に戻ると、城壁近くの門には人が集まっていた。

 はまず犬神からネジなど負傷者を下ろし、医療忍者に引き渡した。重傷なのか、担架を持ってきた医療忍者達は表情を歪めて、慌てた様子でばたばたとネジとチョウジを運んでいった。

 それをは他人事のようにそれを眺める。

 シカマルも重傷なので続いて医療忍者の応急処置を受けていた。

 はサスケに攻撃された時に腕に僅かなかすり傷が出来、また服が破れているくらいのことで、目立った怪我はなかったので、病院に行く必要もない。

 顔を上げれば、門の傍には炎一族のものとともに、母である蒼雪の姿もあった。綱手と、泣きじゃくるサクラの姿もあって、は驚いた。




「母上さま?」




 そういえば我愛羅が母も任務から慌てて帰ってきたとの噂を聞いている。

 蒼雪はの姿をみとめると、すたすたと歩いて来て、冷たい笑みを浮かべて問うた。




「斎になんて言われました?」

「え?」




 はふっと父と別れる時の彼の言葉を思い出す。

 綱手の元に行けと言われた。なのにはサスケが里を抜けたと聞いて、彼を追いかけてしまった。任務外で、サクラには確かに言ったが、両親に直接報告することもなく、どこに行くとも言わなかった。

 は自分の浅慮に気づいて、俯く。




「たわけが!」





 母からの鋭い叱責に、はびくりと肩をふるわせて、驚いて目をつぶった。




「何を思うて音のいる外に出た!!」




 の目は遠方にいる敵を捕らえることが出来る。だから、サスケを追う際に音の忍びがいることも知っていた。わかっていて、はサスケを追った。

 それはが考えるより明らかに危険なことで、はサスケが里を出たことがショックで、里を抜けるのを止めるために、追わなければいけないということばかりが頭の中にあって、きちんと物事を考えていなかった。




「ぁ、ぇ、」




 は呆然として母の顔を見上げると、母の美しい灰青色の瞳は明らかな憤りを自分に向けていて、思わず言葉を失った。

 母は日頃は温厚で柔らかな微笑みを人に向けるため、黙っていれば誰にも気づかれないが、怒鳴ることもあれば他人を叱責することだってあり、元が勝ち気だ。も何度かそう言った母の姿を見たことがある。

 だが、にそれが向けられたことは一度たりともなかった。




「どれだけ他の忍びに迷惑をかけたか・・・・」




 言われて、は周囲を振り返る。

 心配そうな炎一族の面々と、他の忍び。そして綱手が厳しい表情でを見据えていた。

 もし、がサスケを追いかけていなかったら、援護に来た砂の忍びの数人はナルトを助けにいけたかも知れない。だが、はサスケを勝手に追いかけてしまった。そのために、の保護にまで人員を割くことになってしまったのだ。

 今更ながら、は自分がしたことが、非常に危険であることを知る。

 仮にもし音の忍びの中に、大蛇丸がいれば、を捕らえるのはたやすかっただろう。たまたまうちは一族の反乱に乗じて音の忍びがそっちに気をとられ、またサスケについていた音の忍びもナルト達ばかりに気をとられていたから、透先眼で視ながら音の忍びを避けて動く、に気づけなかっただけだ。




「汝は東宮!稀たる我らが長姫で、稀なる力を宿す!それを心にとめおけ!!」




 怒鳴られて、ぽかんとしたまま、は母を凝視したままだった。

 炎一族の東宮として、自覚を求められたのは初めてだった。今まで両親はに甘く、病弱だったこともあり、生きているだけで良いと思っていたのか、怒られることもなかった。そして、母に怒鳴られたことも初めてでショックだったし、何を返せば良いのかも分からず、自分の浅慮だけに返す言葉もない。

 あまりにショックすぎて言葉を失っていると、心配したのか、叔母にあたる緋闇がやってきて、心配そうな顔でをのぞき込む。




「大丈夫か?」




 年の近い叔母の優しい声音に、心がほぐれる。顔を上げると怒った母の顔があって、「ひっ、」と変な声が出てやっとぼろぼろと涙が出てきた。

 ふっと怒りを浮かべていた母の表情が緩んで、逆に泣かれたことに驚いたらしく、立ち尽くす。




「ちょ、宮?」




 泣き出したに緋闇が焦ったようにの目の前に少し身をかがめる。周りにいた炎一族の者たちも、慌てての傍に駆け寄ってきた。




「泣くな泣くな。大丈夫だから。」

「泣かないでよろしい、ご無事で良かったです。ほら。な?」





 一人のより年かさの少年が、にハンカチを差し出す。自分の着物の袖で涙を拭っていたは、それを素直に受け取った。




「おけがはありませんかな?」





 別の男が心配しての着物の破れを気にする。擦り傷こそあるが、首を振って怪我がないことを示すと、周りから安堵の吐息がこぼれた。





「ひとまず、ご無事であれば良いのです。ですから、そんなにお泣きあそばされるな。」





 口々に炎一族の皆が同じようなことをに言う。

 その優しさが、今のには酷く痛くて、涙が止まらなかった。

 サスケを追いたいと、思った。止めたいと願って、危険すら何も考えずに彼を追いかけてしまった。自分の身を危険にさらすことが、心配してくれているこの人達の気持ちを、自分は浅慮で踏みにじっていたのだと言うことに、初めて気づいた。





「ご、ごめんなさい、怒鳴って。」




 が泣いたことに驚いて呆然としていた母が、慌てての前に膝をつく。

 も母に怒られたのは初めてだったが、彼女もに泣かれたのは初めてだ。見たことのないの様子に驚いて心配になったのだろう。





「ほら、泣かないで、お願いですわ。心配しただけなのです・・・」




 下からをのぞき込んで、の頬を滑る涙を拭う白い手の温かさに母の顔を見ると不安そうにを見つめる灰青色の瞳があった。もう怒っていないのか、憤りは既にない。ただの様子を心配そうに見つめていた。





「ち、ちが、ご、ごめんなさい。」




 は袖で涙をごしごしふいて、母に謝る。




「さ、サスケが、だ、だから・・・わたし、わからなくて、ご、」




 心配をかけて、ごめんなさい。

 みんなが心配してくれているという当たり前のことに気づけなくて、怒られて当然なのに、母が怒鳴ったことを謝る必要はない。謝らなければならないのは、だ。




「分かっております。だから、お願いだから泣かないで、宮・・・、どうしたら良いかわからないんですの・・・」




 泣き続けるに、母の方が途方に暮れて泣きそうな顔をする。

 両親は病弱なに昔から甘く、諫めることはあっても叱ることはなく、も良い子で滅多に我が儘も言わず、我が儘を言った場合は強情で、常に先に両親が折れていた。だから泣くまで怒られたこともなければ、両親の前で泣くことも少なかった。

 だから慰め方も分からず、蒼雪の方が目尻に涙をためていた。




「ご、ごめん、なさ、」




 も涙を止めようとするが、なかなか止まらない。蒼雪はそっとと額を合わせて、呟く。




「本当に貴方が無事で良かった。本当に。本当に、」

「う、うん。うん。心配かけ、てごめんな、さい。」





 もか細い声音で返事をすると、母の首に手を回して抱きついた。





「あんまり無茶ばかりするんじゃないぞ。」




 綱手は母このやりとりに怒る勢いを失ったらしく、困ったように苦笑して、に注意するようにそれだけを言った。

 が顔を上げれば、母の肩越しに、ふとそれを見ている我愛羅が視界に入った。が彼の方に視線をやると、彼はこちらを見て柔らかに笑って、唇だけを動かした。


 大切に、しろ。


 はそれに対して大きく頷いて、母の肩に顔を埋める。柔らかい薫りは幼い頃と変わりない柔らかなもので、目をつぶれば酷く安心した。


( あたりまえのこと )