炎一族邸は里から少し離れたところにあるので、うちは一族の反乱も終わってしまえば静かなものだった。
真っ暗な中、ただ外の松明だけがゆらゆら揺れる。
松明の火が燃える音と、ただ虫の音だけがあたりに響き渡る静かな屋敷。
先ほどまで父母の住まう寝殿の方では人が行き来する音が相変わらず聞こえていたが、東の対屋は遠いため、その喧噪も聞こえない。
は御簾越しに涼しい風が入ってくるのを感じながら、小さく息を吐いた。
「疲れたんだね。」
物音でいつもすぐに飛び起きるイタチは、の膝の上で眠っている。
うなじでいつ求めている黒髪は解かれ、板張りの上に敷いた畳に広がっている。涼しいかとは自分の大きな着物を風邪を引かないようにとかけておいた。男性としては少し白い肌と整った顔立ちは、が幼い頃から夜闇の中で見てきたものと全く変わらない。
少し年はとったけれど、はいつも彼の顔を見てきた。
「もう、10年・・か・・・」
病弱だったは、家から出ることも出来ずただチャクラに押しつぶされていく体だけを抱え、屋敷でただ生きていた。
同年代の子供のように幼稚園や学校に行くこともなく、兄弟もおらず、体が弱いためただ屋敷の中で訪れてくる人と、忙しい両親の帰りを待つ。そういう単調な生活は、の心をいつしか蝕んでいた。
寂しかった。
でも両親が自分の体のことを酷く気に負っていたのは知っていたので、精一杯優しく、自分の我が儘を聞いてくれる両親をこれ以上困らせることは出来ないと幼いながらに知っていた。
寂しさを必死で隠して、よい子でいた。
「・・・鬱陶しかっただろうなぁ」
イタチは幼かったを不憫に思ったのだろう。
2歳だったの面倒を見るなど、大変だっただろうし、疎ましかったと思う。なのに、彼は時間を作っては修行の合間などにに会いに来て、沢山話をしてくれるようになった。
両親が忙しいせいか、それとも病弱で人と話す機会が少ないせいか、は若干言葉が遅かったし、勉強も出来なかった。同年代の子よりも遙かに成長が遅いことは、と同い年の弟を持つイタチにはすぐにわかっただろう。
それでも、イタチはが質問をすればの分かるように言葉を簡単にして説明してくれたし、勉強も教えてくれた。
――――――――、
病弱で、屋敷でただ退屈な日々を過ごすにとって、イタチの来訪は単調な生活を変えてくれるものであり、自分と遊んでくれる唯一の存在だった。傅いての言うことばかりを聞く侍女とも、忙しくて構ってくれない両親とも違って、彼はを叱るし、真剣に普通の子供と同じように対応してくれた。
それが逆に嬉しかった。
年を経て病が悪化すると同時に自身も諦めた。自分が死ぬんだと言うことは、幼い頃から漠然と分かっていた。皆に悲しい顔をして欲しくなくて、苦しいけれど、一生懸命来てくれる人や、両親に笑った。
笑うことしか、彼らにしてあげられることはないと知っていたから。
けれどたまに、どうしても泣きたい時があった。苦しくて、痛くて、怖くて、でも笑わなくてはと、どうしようもなく辛い時もあった。でも死にゆく自分に出来ることは、笑うことだけだった。
――――――――笑わなくて、良いんだぞ。泣いて良い。
が笑っていると、ふっとイタチが泣きそうな顔で寝台に横たわるの頭を撫でながら、突然そう言った。
あぁ、ずっと知ってたんだ。
両親はの前では明るく振る舞おうと必死だった。皆そうだ。病に苦しむの前では不器用に明るく、笑って見せた。けれど大人の誰もがと同じように諦めていた。死は、明確に目の前まで来ていた。
大人達は既にの寿命が幾ばくもないことを、理解していた。
だが、イタチは、逆だった。
――――――――絶対、諦めないから、助けて、見せるから。
ある意味で、彼は子供だったのだろう。
の死を当たり前として受け入れ、認められるほど大人ではなかったし、賢かったから、を助けられる方法を探していた。
諦めきれなかったのだ。
そして、彼は悲しさを隠そうとはしなかった。苦しいのに笑うを前にして、悲しみを隠しきれるほど大人ではなかった。の体調の悪化を自分のことのように表情を歪めた。が笑うと、泣きそうな顔をした。は彼の前では自分を隠す必要がなかった。
嘘偽りなく、彼が傍にいるのが嬉しかった。だから笑った。
そして同時に、諦めない、諦められないと言う彼の言葉が、いつもをつなぎ止めていた。
両親が喜ぶから、皆が喜ぶから自分の命を長らえるのではなく、彼に会いたくて、苦しさにも痛さにも耐えた。
もう少し、もう少し彼の傍にいたい。
もう少しで良いから、彼の傍にいたいのと、に思わせた。
一番苦しい時、彼がの心を占めるすべてだった。
「なんでも、できるよ。」
ぽたりと、涙がこぼれる。はあの時の気持ちを一度も忘れたことがない。
「貴方のためなら、なんでも、できる。」
チャクラを半分肩代わりしてくれて、は普通に生活が出来るようになった。
けれど、今でも、は苦しい中で傍にいてくれたイタチを忘れたことはない。イタチがのために命の危険を顧みずチャクラを肩代わりしてくれたように、も同じだけの感情を傾けることが出来るはずだ。
そっとイタチの頭を撫でる。さらりとした漆黒の髪は、絹糸のようになめらかだ。
が泣くと、イタチはいつもそうしてくれた。何も怖くないから、守ってやるからといつも頭を撫でてくれて、は優しい温もりに安心して眠りについた。
父は言った、これから、イタチは辛い運命を背負うだろうと。
は自分のチャクラと、血継限界、そしてしっかりした地盤を持つ一族に産まれたことに、感謝する。
自分は天から、これ以上ないほど守るための力を与えられた。
「あなたのために、」
強くなるから、
はイタチの頬にそっと唇を寄せる。下を向けばさらりと自分の長い紺色の髪が滑り落ちる。
「・・・・・?」
イタチを起こしたのか、うっすらとイタチが黒い瞳を開いての名を呼ぶ。
「うん。ここにいるよ。」
は優しい声音を心がけて、イタチの髪を撫でる。
「何も、心配しないで。」
帰る場所なんてないと、イタチは言った。
彼が帰る場所をなくしてしまったなら、が彼の帰る場所になる。家族を亡くしてしまったというのなら、もう一度与えてみせる。サスケを取り戻したいなら、サスケを殴ってでも取り戻してみせる。
だから、
「ゆっくり眠ってね。」
優しい彼だから、きっと悲しむのだろう。罪悪感で動けなくなる日が来るのかも知れない。
それでも、は絶対に彼から離れたりしない。彼が望んでくれる限り、は彼の傍にいるし、彼を抱きしめて、苦しいなら一緒に夜を明かす。
イタチがにそうしてくれたように。
「お休みイタチ、」
はそっとイタチの額に唇を重ねる。
イタチはしばらく視線をふらふらさまよわせたが、の膝の感触にすっとすぐに瞼を閉じた。やはり疲れているらしい。
また寝息が形の良い唇から漏れた。一体何日眠っていなかったのだろうか。
はイタチの寝顔を見ながら、自分も眠気を感じてうとうととする。疲れたのはも一緒だったらしい。寝台の柱にもたれかかるように目を閉じて、眠気に身を任せた。
燈
( 心の中にともる明かり )