サスケは結局、帰ってこなかった。




「そっか。」




 は申し訳なさそうなナルトの声に、首を振ってそう言った。

 ナルトは満身創痍で病院にいた。怪我が治り次第、修行の旅として自来也について行くらしい。里を離れることになるので、少し寂しいなとは目を細めた。




「でも俺はあきらめねぇってばよ!ぜってーサスケを取り戻す。」




 あきらめが悪いというのか、信じているというのか、変わらないナルトは強い光を宿すその瞳をまっすぐに向けた。





「そう、だね。」




 は穏やかな笑みを彼に返す。

 空は恐ろしいほどに青い。鳥が空で鳴いている。始まりを告げるには驚くほどに良い天気で、柔らかな日差しが病室にも差し込んでいる。




「うちは、一族は?」

「うん。幽閉が決まったよ。」





 チャクラすら使えない、地下数千メートルの牢。

 捕らえられたうちは一族の人たちにも何人か犠牲者はいたし、逃げた人もいたが、それ以外のうちは一族の忍びは、地下牢へと幽閉されることになった。無期限の幽閉であるため、いつ出られるかなどは望むべくもないことだ。

 処刑されても文句は言えないので、寛大な処置だと言うことも出来る。




「イタチ兄ちゃんは?」




 ナルトは聞きにくそうに視線をそらしながら尋ねた。




「うん。大丈夫だよ。」





 は近くにあった椅子を引っ張ってきてナルトのベッドの側に座った。

 イタチは処罰の対象とはならなかった。彼は反乱を密告した超本人であり、何人かのうちは一族の忍びは、幽閉されなかった。内通者は、イタチの他にもいたそうだ。うちは一族の中にもやはり反乱を望まない勢力は確かに存在しており、目を奪われ昏睡状態にあるシスイもまたその一人だった。




「それに、イタチは炎一族がいるし、婚約公表したし、わたしも頑張るから、絶対大丈夫だよ。」





 うちは一族が解体された今、イタチはただの優秀な忍びで、炎一族の東宮であるとは身分が違うとも言える。けれどそれに対して言及する人間は炎一族内に誰もいない。

 はことがあってすぐに、イタチとの婚約を正式な発表として公にした。

 正直一年近く前に一族での話し合いも終え、もうとっくに内定していた話だったが、の年齢を考えて公表はしていなかった。それを今公表したのはイタチのためだ。

 がイタチの立場を少しでも良くするためにはどうしたら良いかと、父親に相談した結果、これからイタチがうちは一族としての汚名と、バックアップが受けられないことを考えれば、炎一族の一員だというイメージで上塗りしてしまえと言う至極単純な戦略を提案してきた。

 もイタチを守れるのならと、あっさりと同意したのだ。




、案外強いな。」



 ナルトは感心したように頷いて、腕を組んだ。




「あーじゃない!!」




 サクラがノックと共にナルトの病室に入ってくる。




「あ、サクラ。綱手先生との話し合い、終わったの?」

「終わったわ。」




 胸に手を当てて、サクラは深呼吸をする。




「どうだった?」




 は立ち上がって真剣な顔で尋ねる。サクラはゆっくりとの方へとかけより、の肩にそれぞれの手をかける。




「OKでした!」

「やったーーーー!!」




 はサクラの答えに思わず思いっきりサクラに抱きつく。




「すっごいサクラ!やったね!!」

「ありがとー。絶対のおかげだと思うわ。」




 サクラはの細い体を抱き返し、きゃっきゃと二人ではねる。




「なんだってばよ・・・」




 あまりの女子二人のハイテンションについていけないナルトは頭をかりかりと掻く。サクラとは抱き合ったままくるりとナルトの方を振り向いて、ふたりで満面の笑みを見せた。




「わたし、と姉妹弟子になったわ」




 サクラがVサインをナルトに向ける。




「・・・はぁ?」

「飲み込み悪いわね。相変わらず。」



 ナルトはよく分からないのか、とサクラの顔を交互に見る。




「サクラはね、今日綱手先生とお話ししてたの。」

「綱手のばっちゃんと?」

「うん。でね?」




 はサクラに目配せをする。




「弟子にしてくれないか、頼んでたの。」




 サクラはの言葉をついで、話す。ナルトは一瞬よく分からず、沈黙したが、「え?」と声を上げた。




「だから、わたしたち姉妹弟子なのー」

「なのー」




 サクラとが二人で抱き合う。

 が綱手に師事しているのは、ナルトも知るところだ。サクラも綱手につくと言うことになれば、とサクラは姉妹弟子である。




「なんか、現実味ないってばよ。」




 ナルトはうーんと目を細めて、首を傾げて見せた。



「うん。だから、今度は一緒に行くから。」




 サクラはナルトに笑って、を抱きしめる。




「今度はわたしが二人を守るわ。」




 サクラにはサクラの、後悔がある。強いふりをして、二人に頼ってしまった。二人を辛い宿命に押し出しておきながら、何も出来なかった。

 だから、次こそは、と。心から誓ったのだ。




「それに、わたしは医療忍者になるの。必要でしょー。」

「確かに。それはわたしには出来ないな。」

「無理だってばよ。」




 サクラの言葉にとナルトは同意する。

 とナルトはチャクラが大きすぎて繊細なチャクラコントロールは壊滅的に苦手だ。その点は二人とも共通している。

 そのため針の先ほどのチャクラコントロールを必要とする医療忍術にはまったく向かない。




「サクラ、得意だもんね。」



 は納得したように言って、ふっと扉の方に目を向けた。




「入って良いか?」




 低い声が響く。




「あ、イタチだ。」




 は声を弾ませてサクラから離れ、扉の方へと駆け寄って病室の扉を開けた。

 そこにいたのは、うちはイタチだ。




「斎先生が今日は遅くなるから、先に帰っているようにと言っていた。」

「あ、そうなんだ。イタチは?」

「俺はこれからおまえと一緒に帰る。」




 イタチは手に大きな袋を抱えたまま、の父斎からへの伝言をに伝える。それから躊躇いがちに病室に入ってきて、ナルトの枕元に大きな袋をそのまま置いた。




「・・・」




 サクラはなんと声をかけて良いか分からず、口を開いたがそのまま黙り込む。




「これ、一応見舞いの品だ。」




 イタチはそれに気づいてか、気づかぬのか、淡々と紙袋から荷物を取り出す。妙に大きな袋の中にはカップラーメンやインスタント食品、ラーメン屋の一楽の無料券などが入っていた。若干病人に与えるには非常識だ。




「なんだってばよ。これ。」




 イタチが常識人であることを知るナルトは、イタチを不思議そうに見上げる。




「それは斎先生からだ。俺からじゃない。」




 勘違いを正すように言い添えて、イタチは腕を組んだ。

 ナルトが斎からならあり得るだろうと、妙に納得していると、イタチが紙袋の中から、短剣をナルトに差し出した。



「これは、俺からだ。」




 黒塗りの漆の鞘、束には独特の文様があり、大きくは内が美しい品だ。一目で高いものだと分かる。




「すまなかった。」




 イタチの言葉は決して直接的ではなかったがすぐにサスケのことを言っているのだとナルトはわかった。ナルトは彼の方を見上げる。辛かった、一番辛かったはずのイタチは、それでも傷ついたナルトを慮ってくれている。



「・・・もらえねぇってばよ。」




 ナルトは俯いて、言った。



「だって俺、結局サスケを取り戻せなかった。」



 強さが、足りなかった。気持ちが足りなかった。だからこれをもらえないと思ったが、イタチは柔らかく笑って、ナルトの前に短剣を突き出した。




「・・・あぁ、だから、サスケを取り戻せる日まで、おまえがこれを持っていれば良い。」




 足りないものがあったからこそ、与えたいとイタチは言う。 

 ナルトはその短剣に恐る恐る手を伸ばした。重い、と感じた。もちろんクナイよりも大きいので当然だ。鉄で出来ている。

 しかしそれ以上に、重いと思った。



「帰ろうか。。」



 イタチはじっとやりとりを見ていたに、声をかける。




「うん。」




 はイタチに頷いて、ごく自然にイタチの手を取った。




「じゃあねー、また来るね。」




 二人に手を振って、部屋を出る。ナルトとサクラは少し驚いたような顔をしていた。イタチが手をさしのべることは良くあったが、から手を取りに行くことは少なかったからだ。

 しかしそれには気づかぬまま、部屋を出た。

 病院の廊下は沢山の人が行き来しており、看護婦がにたまに頭を下げていく。炎一族のものなのかも知れないし、違うかも知れない。

 だがはそれに適当に頭を下げながら、イタチの隣をゆっくりと歩く。





「ナルト、自来也先生と行っちゃうんだって。」

「あぁ、そうなのか。」

「サクラは、わたしと姉妹弟子になったの。」

「・・・、」

「わたしも頑張らないとね。」





 はイタチを見上げ、手を握って少し彼の腕の方へと体を寄せる。




「一緒にいてね。」

「・・・あぁ、」




 イタチは俯いていたが、答えは返ってくる。

 夜、眠れないのも、眠ってもすぐに跳ね起きるのも、よくぼんやりと空を見上げて考え事をしているのも、は知っている。

 心に思うものが何よりも重たいことは、わかっている。

 でも、やはり自分の気持ちは変わっていない。




「イタチ、愛してるよ。」





 幼い頃からずっと言い続けた言葉を繰り返す。




「あぁ、俺もだよ。」




 答えが帰ってくるこの瞬間が何よりも愛おしいと思いながら、それを守るために何でもしようと、強くなろうとただは思った。
 
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