「・・・なんか、焦げ臭いぞ。」
アパートに帰ると、ただいまを言う前にイタチは眉を寄せた。
安い作りのアパートは、扉を開けたそこが狭い台所だ。そこに立っているのはで、心配になって近くの机に荷物を置いて、すぐの作っているものを見る。
「うん。ちょっと、焦げたの。明日の朝ご飯にと思ったんだけど。」
皿の上には真っ黒焦げの何か分からない物体が乗っていた。
「なんだ、これは。元はなんだったんだ?」
「元はね。魚だった。」
はあっさりと言った。
元は魚だったと言うが、黒焦げどころか灰で何か片鱗すらない。切り身だったの、だと思う。魚の片鱗すら既にないそれを、はじっと見ている。
「オーブンの中は大丈夫か?」
イタチはコンロの下にあるオーブンを開く。オーブンにダメージはない、と言うか使った形跡すらなく、首を傾げると、がぽつりと言った。
「うまく焼けると思ったんだけどな・・・」
の言葉に呼応するようにぱたぱたとの肩にいる白い炎の蝶が鱗粉をまき散らす。
「おまえ、白炎で焼いたのか。」
「うまく、いくと思ったの。最近コントロール、上手になったし。」
困ったようには白い炎の蝶を指に乗せる。
だがそもそも数万度もの炎を操る蝶だ。例え一瞬だとは言え、灰になるのは当然で、どうしてがそこに気づかなかったのかということ自体がイタチには謎だった。たまにの発想は謎だ。
「魚を焼く時はオーブンを使えよ。」
イタチは一応注意をすることにした。
「うん。そうするよ。」
は素直に頷く。
イタチが冷蔵庫を開けばそこには食材がたくさんある。薄切りの牛肉なども沢山ありどうやらすき焼きの準備らしい。随分沢山買ってきたのだなと思いながら、今日はイタチが何も買ってこなかったのでありがたかった。多分が自分で作ろうと思ったのだろう。
「今日は、鮭が安かったんだよ。」
は嬉しそうに笑う。見れば冷蔵庫の中には鮭がまだあった。どうやら黒焦げの魚の正体は鮭だったらしい。
「そうか。良かったな。」
最近になってやっと、は安いものと高いものの区別がつくようになった。慣れてきたんだなと、イタチは少し安心する。
二人暮らしを始めたのは、まずが一人暮らしをしたいと言い出したのが始まりだった。
中忍になって給金も上がって一人暮らしのめどがたったため、は父の斎と母の蒼雪に一人暮らしをしたいと言いだした。同時期に同期のサクラも一人暮らしを始めたので、その影響だったのだろう。
斎と蒼雪はの一人暮らし自体には経験としては良いと思ったものの、はお嬢様育ちで、炎一族邸では家事はおろか料理も一切したことがない。出来るのは裁縫ぐらいで、家事など見たことすらないのだ。
ハードルが高すぎる。現実を見た方が良い。
両親に反対されて少しへこんだが可哀想に思えたが、が一人暮らしを始めれば、やはり炎一族に住んでいるイタチと離れることになるわけで、イタチとしても少し寂しかった。イタチがそれをに遠回しに口にすると、は名案を思いついて、両親にもう一度懇願した。
一人は駄目だけど、二人は良いでしょう?
15歳にもなる娘に、なんぼ婚約者とはいえ男との二人暮らしを許すだろうかとイタチは思ったが、元が軽かった斎と結婚が早かった蒼雪はあっさりと同意した。
そうして始まった二人暮らしだったが、イタチも実はうちはから家出してからすぐに炎一族に行っていたため、当然家事をしたこともなければ、料理をしたこともない。慣れないことは苦労の連続で、イタチがなれてきた頃に結核にかかったこともあり、はなかなか手間取ったようだった。
最近ではもやっと慣れてきて、上手とはいかないまでも、それなりに食事を作れるようになっている。変な失敗もご愛敬だ。
「そう、今日ナルトとサクラが来るって。」
「ナルト君、帰ってるのか?」
イタチは驚き顔でに尋ねた。
ナルトが自来也と共に旅に出たのはもう二年半前、サスケの里抜けから数ヶ月もたたぬ頃だった。それから一度も里に帰ってこず、自来也の諸国周遊について行って修行をしていたはずだ。
「うん。帰ってきたらしいよ。わたしもまだ会ってないけど、今日、サクラが連れてくるって。」
は嬉しそうに声を弾ませた。
「そうか、サクラはまた来るのか。」
イタチは納得する。
正直前は顔見知り程度だったサクラだが、二人暮らしを始めると同時に、サクラは頻繁に家に遊びに来るようになった。よく泊まっても行くので自然とイタチも共に話すことが多くなり、サクラの性格をよく知るようになった。
気は強いが少しナイーブなところのある少女で、とは正反対のところがあるので、良い友人らしい。またイタチが見る限り彼女は最近の話題にも通じた“普通”の少女でイタチもよく参考にさせてもらうところがあった。
はサクラとナルトが来るから、大量に食材を買ってきたのだろう。
「大分背が伸びているだろうな。」
「うん。大きくなってたって。」
「そうか・・・」
イタチは頷きながら、ふっと里を抜けた自分の弟を思い出す。
達は皆同い年だ。彼もまた成長したのだろうなと思いつつも、考えても無駄なことだと頭を振る。
「イタチは体調は大丈夫?」
「心配するな。」
イタチが病を得てから、は随分と心配性になった。
結核だったからだろう。里内でも何人も羅漢者が出たことは大問題になったし、実際4人犠牲者も出たので、助かったイタチは幸運だとも言える。
ただ肋骨を切り取るような手術をすることになってしまったため、体調はまだ万全とは言えず、任務も未だ週に数回、それ以外は事務作業を主に担うという隠居生活のようなことになってしまっていた。また、完治にはもう一度手術が必要だと言われてもいる。
不運だが、病ばかりはどうしようもない。
それにイタチも暗部の監査機関“樹”での仕事も落ち着いてきていたため、幸い問題もなかった。20歳にもなればやはりそれなりに仕事の忙しさも落ち着いた。
「わたしは少し嬉しいけどね。」
は笑って恥ずかしそうにイタチに抱きつく。
イタチはの体を抱き返しながら「そうか?」と笑って知らないふりをした。
の体はここ数年で柔らかくなった。胸はそれ程大きくないが、腰がくびれ、良い意味でふっくらした。サクラが耳年増のせいか、それに影響されては徐々に普通に恥ずかしがるようになり、年相応の様子を見せるようになっている。
柔らかい唇を人差し指でなぞると、は笑んでイタチを見上げた。誘われるように唇を重ねる。
「ん、」
小さくが声を上げて、イタチが軽く舌を絡めると苦しそうに頬を染めた。
少し怯えたように身をひくを壁に押しつけて、楽しんでいると肩を強めに叩かれた。
「さ、サクラが来ちゃうよ。」
恥ずかしそうにはイタチに抗議した。
「こないだ見られて恥ずかしい思いをしたからな。」
イタチは笑って肩を竦め、前回のの失敗を皮肉る。するとは顔を真っ赤にした。
と言うのもは鍵を閉めるという習慣がなく、また忍びであると言うこともあって、出かける時以外はイタチも基本的にに鍵を閉めろとは言わなかった。家にいる時は良いだろうと考えていたが、それが裏目に出たのだ。
ことをサクラに一瞬だとは言え目撃されたことは、にとってはショックだったらしい。
未だに思い出すこと自体がトラウマらしく、は顔を真っ赤にしてイタチの肩を握ったこぶしで強く叩いた。
変化
( かわったところ )