風影である我愛羅が攫われたとの連絡が入り、砂隠れに派遣されることが決定したのは、一日もたたない時だった。攫ったのは、噂に出ていた犯罪者集団、暁の構成員だと言うが、詳しいことは分かっていない。

 七班とともに、風影・我愛羅の姉であるテマリも急遽、里への帰還が決定され、共に道を急いでいた。




「砂隠れ・・・」




 カカシが確認する地図を覗きながら、は呟く。




、灯台守は見えるか?」

「うーん?ここから左に3キロ・・・かな・・・」

「ちょっと、ずれてるな。」 




 テマリは木の葉から砂隠れへの道をよく知っている。が透先眼で得る情報を元に地図を見ていたが、カカシも同じように困った顔をした。




「道間違えてる暇なんで、ねぇってばよ!」




 ナルトが焦りも露わに叫ぶ。

 風影に我愛羅が就任したと聞いた時、同じ人柱力であるため誰よりも喜んだナルトだ。我愛羅が心配でいても立ってもいられないのだろう。




、見えてんだろ?直進して突っ切ろうぜ。」




 の透先眼でなら、直進して砂へと入る道が、地図を見なくとも分かる。だが、それは非常に危険だ。




「このまま直進したら、砂漠だよ?砂に足を取られたら、進めないから、ちょっと遠回りだけど、森を通った方がはやいよ。」




 は冷静にナルトに真っ当な意見を返す。だが、それは焦るナルトにはなかなか受け入れがたいのだろう。




「犬神は砂漠は走れねぇの?」




 ナルトはの白い犬神を指で示す。

 4メートルほどの小型の犬神は真っ白の毛並みが美しく、が移動のために口寄せしたもの。はもともと体力がない。代わりにチャクラがふんだんにあるため、口寄せした方が体力の温存のためにも有意義なのだ。小型なのは、森の木々の間を移動するため。




「無理ー。足がある動物はみんな砂に足を取られちゃうよ。蛇とかさそりならいけるかも知れないけど。それに、もう暗くなってきたから、危ないよ。」




 そんな便利な口寄せ動物を持っている人間などそうそういない。そしてあたりが徐々に暗くなっている今、薄暗いうちに明日の計画をたててから、安全な野営地を見つける必要がある。はナルトの焦燥とは裏腹に、非常に落ち着いていた。




、砂隠れに行ったことある?」




 サクラが小首を傾げて問う。




「うん。一度だけね。」




 病弱だったため、基本的に外に出ないだったが、6,7歳の幼い頃、家出をして一度砂隠れの里を訪れたことがある。




「その時は、サスケも無理矢理ついてきたの。」




 両親の幼なじみで、知り合いであったサソリを訪ねるとだだをこねるに、サスケは行っても良いから自分も一緒に行くと言ってくれたのだ。ものを知らず、年の割に随分とぼんやりしていたでは、そもそも一人で砂隠れにたどり着くことが出来ず、死んでいただろう。




「チヨばあさまとかサソリ、どうしてるかな。少し楽しみだよ。」




 は幼い頃の思い出を胸に、笑う。

 たまに会いに来るサソリのことがは大好きだった。

 普通の大人のように子供が喜びそうなものを持ってくることはなかったが、が尋ねることにはが幼いからと誤魔化さずにきちんと答えてくれた。それがある意味優しさであったことを、はよく知っている。





「サソリって、前に火影の就任式の時、祝いに来てた、砂隠れの代表代理?」

「うん。」




 数年前、木の葉崩しの後、サソリは一度木の葉隠れの里に来た。

 と言うのも、新たな火影を祝うために来た砂隠れの代表代理としてやってきていたのだ。里の政治に全く興味のない彼が木の葉に来たのは、ただ単に幼なじみであるの両親に会いに来ただけだろう。




だったか、こっちの道は、今どうなってる?」




 テマリがに手招きをして、地図を指し示して尋ねる。サクラと話をしていたは、慌てて地図の方へと目を向けてから透先眼を開いた。




「川があるはずなんだ。もし川に橋が架かっていたらこちらの方が近道になるんだが、落ちていたら遠回りになる。去年の夏の台風で落ちたんだが。」




 テマリがに手短に説明する。




「・・・橋はかかってる。ただ、ちょっと上流になるけど、うん。距離的には多分こっちの方が早いし、平地が多いから、進みやすいかも。」




 瞳を水色に変えて、は遠くの映像をそのまま視る。




「そうか。ありがたい。なら明日はこっちの道だな。」




 テマリは短い礼を言って、頷いた。




、野営できるような平地はあるか?」




 カカシはに次の質問をぶつける。もう暗い。野営地は必要だった。





「今日はここで野営した方が良いと思う。少し行くと森に入っちゃうし、距離的に2時間ぐらいは出られないよ。」

「だったら、二時間行ってから野営するってばよ!」




 早く進みたいナルトは、先へ先へと行こうとする。




「ナルト!ちょっと」




 サクラが怒ってナルトを睨み付ける。

 はやる気持ちは分かるが、皆疲れている。木の葉から走りっぱなしなのだ。ましてや暗くなってからの森は隠れ場所が多く、敵の忍びが待ち受けている可能性も十分にある。夜目が特別きくわけでも無いので、野生動物、転倒の恐れなど危険は盛りだくさんだ。

 カカシは困ったような顔で息を吐く。




「ナルト・・・」





 は名前を呼んで、ナルトの前に立つ。




「な、なんだってばよ」




 怒られるかと後ずさる、自分より背の高いナルトの頬にそっと触れて、はその頬を両手で引っ張った。




「にー」




 変なかけ声と共に横に引っ張られて、ナルトはされていることがよく分からず呆然とする。結構思いっきり頬を引っ張った後、は次にナルトの眉間の皺をつんとつつく。




「怖いお顔。だめだよ。」




 ナルトが見る限り、目の前にある紺色の瞳は別段ナルトを怒っている風はない。

 のやったことの意味がわからないカカシ、テマリなどもを凝視する。だが彼女は気にすることなく、自分の荷物へと向き直った。




「わたしお腹すいたの。」




 は凍り付いている面々を放置して、自分の荷物をごそごそと探り出す。




・・・?」




 ナルトは先ほどの焦燥も忘れて、の行動の意図が読み切れず、躊躇いがちにを呼ぶ。はナルトに一瞬目を向けたが、疲れたのか、ふせをする犬神の上にもたれかかった。少しあたりは冷えてきており、寒がりのにはきついらしく、真っ先には荷物から上着を取り出した。




「焦ってたら危ないよ。進める距離は一緒なの。疲れて木から落ちた方が大変だよ。ましてやこれから戦うかも知れないのに、」




 砂隠れについたら、何があるか分からない。暁の構成員との戦闘になる可能性もある。それなのに疲れでぐてぐてになっていたら、砂隠れに行っても役立たずも良いところだ。

 それでは救援部隊の意味がない。




「でもさ!」

「焦る気持ちは、みんな一緒だよ。テマリさんは自分の弟のことだもの。もっとだよ。」




 はナルトに言い聞かせる。

 テマリから見れば攫われた我愛羅は弟で、他人である達と違って、共に過ごした時間も傾ける感情だって大きいはずだ。その彼女が必死で冷静を装っている。なのに、ナルトが焦ってどうするというのだ。




「・・・、」




 ナルトは黙り込んで、俯く。

 の言うことはもっともだ。だが、なかなか納得出来ない焦る気持ちがあるのも事実だった。もそれは分かっているため、ナルトが黙るとそれ以上何も言わず、荷物の中から自分のおやつをとりだした。




「あ、金平糖だ。金平糖入れてくれたんだ。わたしの好きな抹茶入ってる・・・」




 イタチが入れたらしく、は嬉しいサプライズに目を輝かせる。




「はは、金平糖か。」





 幼い頃から、は金平糖が好きだった。イタチはの嗜好をよく知っているから、長期の任務だと聞いて適当にの鞄に忍ばせたのだろう。甲斐甲斐しいイタチを思い浮かべれば、カカシも状況を忘れて、思わず笑ってしまった。




「カカシさん。いる?」





 は病弱だった子供の頃と全く変わらない無邪気な笑顔をカカシに向ける。




「もらうよ。」

「テマリさんもいる?」

「そうだな。甘いものは落ち着くのに良い。」




 テマリも納得したように頷いて、の隣に座って金平糖をもらうことにした。

 張り詰めていた心がほぐれる。ナルトだけではなく、全員が焦っていたのだ。テマリはと同じように犬神の毛皮にもたれかかる。柔らかい毛皮は寒暖の差が激しい砂漠近くの平野では酷く温かく感じる。するとどっと疲れがやってきたような気がした。

 犬神に乗って移動していたと違って、テマリやナルト、他の面々は今まで走って移動してきた。焦り故に休みもせず、動きを荒くし、注意力散漫になるナルト達を、は犬神の上から見ていて分かっていたのだ。自分がそれ程疲れておらず、冷静だからこそ、ずっと違和感があっただろう。




「私ももらって良い?」




 サクラもの金平糖に手を伸ばし、テマリと同じように温かい犬神にもたれる。




「あったかいわー。毛皮―。」




 サクラがそう言って犬神にひっつくとぺしりと犬神は尻尾でサクラの頭を叩いた。毛皮扱いされたのが嫌だったらしい。




「怒られたわ。」




 サクラはくすくす笑いながら、の金平糖を口に運ぶ。




「ナルトもいる?」

「・・・もらうってばよ。」




 に尋ねられて、不本意ながら納得したナルトは、同じように金平糖をもらう。

 上質の砂糖を使った金平糖は、抹茶味と言うのもあり、それ程どぎつい甘さはなく、ほっとさせるものがあった。

 口の中で溶けていく砂糖とともに、僅かだけれど焦燥も溶けていく気がした。




融解 ( 解けて消えてなくなること )