砂についたのは木の葉を出発して三日後のことだった。

 だが、その時には既に我愛羅は攫われ追跡出来ておらず、またカンクロウも重傷という最悪の状況で、挙げ句の果てに病室に入った途端襲いかかってきたのはもうよぼよぼと言える老女だった。




「木の葉の白いキバ!!」





 腹の底から出てきたような大声と共に、襲いかかってくる老女にカカシは目を丸くしたが、ナルトはいち早く反応し、彼女を止める。




「何するんだってばよ!!ばばぁ!!」

「我が息子の敵!!」




 ナルトの言葉も聞いていない彼女は、鋭い視線をカカシに向けた。だが、近くにいた老人が彼女を止める。




「ねえちゃん。こいつは白いキバじゃねぇ。それに白いキバも生きてりゃ良い年だ。」




 老女の弟なのだろう。彼の言葉に、老女は改めてカカシを見た。目が悪くなっていてもしっかり見てみたらわかるものだ。




「・・・・はは、ぼけたふり〜」




 老女は無理矢理にそう言って誤魔化して見せた。

 カンクロウは毒にやられて生死をさまよっている状態で、テマリは慌ててカンクロウに駆け寄る。酷い状態なのか、相変わらずカンクロウは苦しそうで、余命は幾ばくもないように見える。




「私が見ます。」




 サクラは言って、カンクロウの傍へと歩み寄り、状況を確認していく。

 ナルトやカカシ、はなすすべもなく、サクラの手際の良い治療を眺めながら、ふと老女を見た。




「チヨ、ばあさま?」




 はのんびりと小首を傾げて、彼女に声をかける。




「・・・・?」





 チヨは記憶にないのか、を目をこらすように細めてみた。




「あー誰じゃったかの。」

です。雪花姫宮です。」

「おぉ、蒼の倅の小姫か。久しぶりじゃのぉ。」




 やっと思い出したのか、大きくなったと何度も頷く。

 が彼女の元を訪れたのは、かれこれもう8年以上前の話で、その時に比べればは背も伸びたし、彼女が分からないのも仕方ないと言えた。




「うちはの倅は元気か?確か・・・なんだったか?」

「イタチは病も患いまして今は療養中です。サスケは・・・」




 の微妙な間に、心得たチヨは何も聞かない。




「そうか、時は動いとるんじゃな。」




 隠居生活をしていたチヨにとって、この10年以上の間は長くもあり、短くもあり、ただ単調な日々だった。

 だが、若い者達にとっては大きな変化があったのだろう。




、知り合いなのか?」




 ナルトが首を伸ばしてに尋ねる。




「うん。昔ね、サスケと一緒に訪れたことがあるんだ。」




 まだ6,7歳の頃の話だ。もうとてはっきりと覚えているわけではない。




「あの?サソリは、どこにいるの?」




 は紺色の瞳をくるりとさせて、チヨに尋ねる。

 砂隠れに来れば機会があるかも知れない。何度か木の葉隠れ、しいては炎一族の屋敷を訪れて遊んでくれたサソリを思い出して、は笑みを零す。

 だが、チヨの表情は曇ったままだ。

 時は確かに動いている。




「・・・あいつは、おらん。」





 代わりに答えたのは、弟であるエビゾウだった。




「サソリは、数年前に里を抜けた。木の葉崩しの後だ。元々疑いはあった。」




 カンクロウの傍で控えていた30代とおぼしき砂の忍びが、の問いに冷静に答えた。




「え?」





 は知らない話に、目を丸くする。




「蒼の倅から、聞いておらんのか?」




 エビゾウは戸惑うようにに問うた。

 蒼の倅とは、の父・斎を示している。倅は若者をさして使う言葉だがエビゾウからしてみればの父である斎も十分若い。




「父上、知って・・・たの?」




 は躊躇いがちにエビゾウを見る。




「蒼の倅には文で知らせたぞ。そうか・・・あやつは言わんかったのか」




 エビゾウは納得したように頷いた。

 斎は娘のがサソリを慕っていたことをよく知っていたため、ショックを受けるだろうと言わなかったのだ。




「・・・父上も、ショックだったのかな。」




 は目を伏せる。サスケが里を抜けた時、ナルトもも、そしてサクラも衝撃で、悲しさも寂しさも例えようがなかった。だがチヨは首を振る。




「そんなことはないじゃろう。他里の忍じゃ。それに、あやつは、あっさりと意見の違いだと認めておった。それに蒼の倅は昔から変わっとる。」





 あっさりとした答えだった。別段の心配を慰めるつもりもなく、ただ淡々とした認識。父の斎は、昔から変わっているといろいろなところで言われている。

 気さくで穏やかで、他人に甘く、ついでにかなりいい加減でおおらかな天才。

 ここ数年上忍たちと関わるうちに知った父の印象は、そんな感じだった。人望もあるが、彼は確かにたまに変だった。本質を見抜くことに長け、突然人の心の本質をぽんと言い当て、人を戸惑わせる。

 もしかすると、彼にはサソリが何かを悩んでいることを、昔から知っていたのかも知れない。




「あぁ、信じられん。まさか我が孫が風影を襲うなど。」






 チヨは悲しそうに首を横に振って、嘆く。





「え?孫?」




 は目を丸くして、チヨを見る。

 が知るチヨの孫は、ひとりしかいない。




「その通りじゃ。サソリ、あやつが我愛羅を攫い、カンクロウを退けよった。」




 チヨの嘆きは当然のものだった。彼は生まれ育った里に反旗を翻したのだ。それは里に育ったものにとって最大の禁忌である。




「そ、そんなの、」




 何かの間違いじゃ、と思いながらも、彼が別段里にこだわっていないことを、は心のどこかで知っていた。彼はすべてに興味を持たないように見せて、穏やかに育つを喜んでいた。

 冷たさと、相反する優しさ。




「ひとまず、我らは彼をおわなければならないと言うことですね。我愛羅君を取り戻すには。」




 カカシはの肩を軽く叩いて、状況をまとめる。




「そういうことじゃ。暁の手練れは二人、らしい。一人は爆発物を扱う形で、もうひとりがサソリじゃ。おそらく結構な手練れだ。蒼の倅から、注意喚起の連絡が来ておる。そう一筋縄ではいくまい。」




 チヨはとんとんと自分の腰を叩き、椅子から立ち上がった。




「え?父上?」

「そうじゃ。あいつはこの2年間に暁の構成員を2人仕留めておる。」

「えぇ!?」




 は全く知らない話に、ぽかんとする。

 確かに木の葉崩しの後から父が不在のことが増えた。だが暗部の親玉でもある彼の任務は基本的に公にされないため、も詳細は知らない。たまに同じ暗部のイタチからぼろっと話を聞くくらいだ。




「だが次から次に入れ替わって、らちがあかない、ってことらしい。」




 カカシは話を知っていたのか、に説明する。




「大蛇丸も一時、暁の構成員だったと言うことだ。」

「大蛇丸も?」




 黙っていたナルトが顔を上げて、カカシに問う。

 大蛇丸の情報。それはナルト達が求めてやまない、サスケへの道でもあった。
活路 ( 明るい道 )