「さー」




 がサソリに出会ったのは本当に2,3歳の頃だった。
 チャクラが多く、動けるが病弱な姫宮。サソリにとっては幼なじみ二人の娘だった。




「なんだよ。」




 炎一族邸に宿を取っていたサソリは、少し鬱陶しそうに言ったが、を払いのけたりすることは絶対になかった。

 いつもそうだった。

 彼は冷たく装いながらも、決して心根から冷たい人物ではなく、が彼を慕うと、むげに扱ったりはしなかった。 

 柔らかな光が差し込む簀子で巻物やら傀儡を広げていたサソリはやってきたの相手をするため仕方なく顔を上げた。




「さー、どこ?」




 どこから来たのと、は問いたかったのだが、うまく言葉にならなかった。 

 は同年代の子供に比べて明らかに言葉も遅かった。それがチャクラが多すぎて成長を阻害しているせいか、ただ病弱で同年代の子供と話すことが少ないせいなのかわからないが、ひとまず言葉も考えも遅かった。




「何が、どこだ?」





 サソリは相変わらずけだるそうな様子で、に尋ねる。はサソリの服の袖を掴んだ。




「どこ?」




 もう一度繰り返すと、サソリは何となく意味が分かったらしい。




「俺は砂隠れの里って言ってな、こっから遠い所から来たんだよ。」

「とーい」




 砂隠れと言われても、にはさっぱり彼の言っていることが分からず、分かったのは遠いという単語だけだった。

 遠い所から来たのかと、漠然と理解する。




「おまえ、本当に3歳になったのか?」





 言葉の拙いに、サソリは呆れたように言って、を自分の膝に抱き上げた。同年代の子供より遙かに小さいは、すっぽりとサソリの膝に収まる。サソリの膝は酷く硬くて居心地が悪かったため、ごそごそしたが、自分の着物の裾を下敷きにすると大丈夫だった。




「今日はどうした。うちはの坊主は?」

「いたちは、ちーえまと、おそと。」

「任務か。そういや斎もいねぇな。」





 サソリは納得したように頷く。

 イタチは担当上忍の斎と共に任務に出ており、今日は夕刻ぐらいに帰ってくるだろう。の拙い説明でもサソリは大体のことは推測できるらしく、広げていた巻物をその辺に放り投げ、また傀儡を周囲からどけてから、の背中をぽんぽんと叩く。

 その巻物には術式が書かれており、が触ると危険だと思ったのだろう。




「菓子、食うか?」




 侍女の誰かがサソリに持ってきたのだろう。干菓子とまんじゅうが盆の上に置いてあった。




「あーと、」




 はサソリから饅頭をもらい、彼の膝の上でご機嫌でそれを食べる。彼の膝はとても硬かったけれど、それを気にしてか、彼はと自分の膝の間にクッションを敷いてくれた。




「おいおい、」





 サソリは困ったように声を上げる。




「もっともうまく食べろよ。」




 は大きな饅頭をぼろぼろと零した。

 口が小さいのもあるが、食べ方が下手で、でも口に押し込もうとするため、あんこで手はべたべた。挙げ句の果てにぼろぼろとくずを大量に落とすため、半分ぐらいは自身の着物の上に落ちていた。




「ぁう、」 




 は落ちたくずをべたべたの手で一つ、二つと拾う。




「くずだらけじゃねぇか。」




 サソリは渋い顔で、近くにあった手ぬぐいをとって、の口元を拭く。ついでに手も順番に拭いていった。

 はそれに構わずもう一個饅頭に手を伸ばそうとしたが、その饅頭をサソリはより先にとりあげた。




「あー、」




 は抗議の声を上げる。




「別にとろうって訳じゃねぇよ。」




 サソリは食い意地だけは一丁前のに酷く呆れて、饅頭を割った。




「おら。」




 の口のサイズくらいになった饅頭をの口元に差し出してくる。はそれとサソリの顔を交互に見たが、饅頭が美味しそうだったので口を開いた。




「本当におまえ、3歳にもなって食い物ぐらいうまく食えよ。」




 そう言いながらも、サソリは饅頭をが食べ終わるまで、饅頭をの口のサイズに割って、わざわざ与え続けた。

 それはイタチがよくしてくれていたことと、同じだった。




「いたち、みたい。」

「あぁ?」




 サソリはそう言うと、あからさまに嫌そうな顔をした。

 実はイタチもサソリがあまり好きそうではなかったが、サソリもまたイタチを好きではなかった。実力と才能に関しては認めていたが、“生意気な餓鬼”と言って憚らなかったのだ。確かに大人の目から見ると、慇懃無礼なところがあったかも知れない。

 イタチもそれに気づいていたように思う。

 一応年上に対しては失礼名言い方をしないイタチは、表面上は何もしなかったし、言わなかったが、態度が結構冷たかった。

 ただに対しては二人とも優しいし、も二人が大好きだったので、そのことについてあえて口にするようなことはしなかった。




「あのうちはの倅がおまえを甘やかすからこんななのか?」




 サソリは苦笑して、の耳を引っ張る。




「うー?」





 は饅頭で口をもごもごさせながら、一応首を横に振った。




「まぁ、それで生きていけるのが、一番幸せか。」




 ふとサソリが目を細めて感慨深げに言った。

 その意味が当時のには全く分からなかった。だが、15歳になりいろいろな不遇を見てきたには少しだけ理解できる。



 3歳にもなってろくに食事も自分で出来ない。それは助けてくれる人がいるから。

 体が弱くても、生きていける。それは一族がしっかりしているから。

 そう、は恵まれている。体が弱かろうが、何が自分で出来なかろうが、周りから助けられ、は生きていることが出来る。

 両親がいて、一族があって、当たり前のそれがどれほど幸せなのか、は知らなかった。

 でも、サソリはそれをよく知っていた。




「幸せに、育てよ。小姫。」




 サソリは目を細めて、優しくぽんぽんとの背中を叩く。

 サソリ自身、早くに両親を亡くしたため、あまり両親の記憶がないと聞いたのは、の父である斎からだった。




「幸せなまま、大きくなれ。」




 彼は、他人に冷たかった。でも、に優しかった。

 幸せに育つが、のままであることを願っていて、それをその手で壊そうとは決してしなかった。自分が不遇であったからと言って、の幸せを憎むことはなかった。

 その幸せのかけがえのなさを知っているからこそ、守ろうと思ったのだろう。

 ただ、他人にはとても冷たかったのを、知っている。

 相反する、二面性のある性格。





「・・・うー?」





 には分からなかった。

 ただ彼の硬い腕と膝は少し痛くて、手は冷たくて、でも触れた彼の胸は温かかった。はそれだけで十分だと思っていた。






満天 ( すべてにみたされている )