仮面の男は約束通り、20分たつとあっさりを開放してくれた。
随分とあの洞窟から離れていたが、は慌てて犬神でそこへと戻る。するとそこはあまりにぼろぼろになっており、サソリの姿もまだあった。
「ちっ、戻って来やがったか。」
サソリは余裕そうな様子でサクラとチヨを見ていたが、を見た途端に舌打ちをした。
「・・・ひどい。」
流石に幼い頃から知っている幼なじみの娘にそれは酷い言葉ではないか、はむっとして白炎の蝶々を従えてサソリを睨む。
「・・・30分か。もう潮時だな。」
サソリはの視線をあっさりと受け流して、服の下に傀儡をしまう。
「あんた!」
サクラがすごい形相でサソリを睨み、叫んだ。だがサソリはこれ以上チヨやサクラと交戦する気がないらしい。
その上サクラとチヨは満身創痍だ。
「俺はおまえとは相性が悪いからな。」
サソリはの母・蒼雪と幼なじみであるため、能力もよく知っている。
達の白炎はあっさりと傀儡を壊してしまうため、中距離専門のサソリが相手をしにくいのは事実だ。しかし、ひよっこのごときの相手が出来ないとは思えない。
「また子供扱いするの?」
はちらりと自分の白炎の蝶の状況を確認し、サソリを見据える。
「はっ、餓鬼扱いが嫌とは、随分成長したじゃねえか。」
サソリは乾いた笑みをに向けた。
「・・・里を、抜けたの?」
は一番聞きたかったことを、サソリに尋ねた。
「里は、抜けた。」
軽い調子で、サソリは言ってを振り返る。
「なんで、暁に・・・」
「おまえも餓鬼じゃねえから、言っておくけど、力ででも、統合しねぇと、戦争なんてなくなりゃしねぇ。力で抑止しなきゃ、世界平和なんてこねえ。だから暁に入った。」
世界平和、そんな途方もない言葉、は一度も考えたことがない。
戦争があちこちであり、それがどれほど残酷なものであるかは、忍界大戦を経験している父や、母、他の忍達から聞いたことがある。だが、
そして、彼の言うことは、何よりも矛盾していた。
力ででも統合しないと、確かに戦争はなくならないのかも知れない。だが、彼はを殺そうとはしない。餓鬼じゃねえと言っておきながらも、サソリは意見の違うを力で押しつぶそうとはしない。
意見の違うを殺そうとはしないのだ。
「わたしには、わかんないよ。」
は首を振って、サソリに訴える。
「暁は、九尾を狙ってて、でも、ナルトはわたしの友達だもん。わたしは、彼を犠牲にする世界が、良いものだとは思えないよ。」
暁は九尾を追っていると聞いている。
九尾を抜けばナルトは死んでしまうのだという。もしも暁が平和のために尾獣を求めていたとしても、その平和のために犠牲になるのはの友人だ。それが正しいことだとは、には思えない。
「わたしはナルトやイタチが大事で、彼らがいてくれるなら、それだけで良いもん。」
平和とか、戦争とか、にはよく分からない。
ただ両親がいて、友人であるナルトや、恋人であるイタチがいて、その当たり前をは望んでいる。誰かが欠けてはだめなのだ。
平和のためにナルトが欠けるのであれば、それはにとって意味がない。
「世界とか、よくわかんないよ。」
の目の前にあるのは“世界”ではなく、目の前の仲間や家族だけだ。
「確かに、それは良いことなのかも知れないけど、他人を犠牲にするんじゃなくて、違うやり方で、それは出来ないことなの、かな?」
はサソリに問う。
万人が良いと言う答えなど、あるはずがない。の意見は酷く甘いものだとチヨでもサクラでも分かった。けれどはそれを疑わずに信じている。
それはが本当に幸せに育ってきたからだ。
「・・・はー、おまえはやっぱ斎の娘だな。」
サソリは呆れたように言って、赤い自分の髪を自分で掻く。
「馬鹿正直で、目の前のことしか見えちゃいねぇ。ほんで、とことん甘ちゃんだ。」
自分の大切なものしか、見えていない。彼らはそれを守り抜くことだけが正義だと思っている。確かにそういう正義もあり得るのだろう。
「ただ、俺は甘ちゃんも良いと思ってるさ。」
サソリはそれはそれで納得していた。
は世界を見ていないのではない、知らないのだ。そして残酷な戦争の時代も知らない。幸せに育ってきたからこそ、自分の甘い考えを信じて疑わない。
「甘ちゃんで生きていけるなら、それにこしたことはねぇ。」
両親がいて、一族に守られて、優しい、甘い考えを抱えて、生きていける。
はすべてを持っている。
もちろんそれに越したことはないし、サソリとてそれを否定する気もなければ、壊す気もなかった。
「俺にそれだけ主張した限りは、おまえも覚悟を決めろよ。」
サソリは改めてを見て、を試すように睨む。彼の気迫に一瞬怯みそうになったが、はその場にとどまる。
「・・・わかって、るよ。」
自身も自分の考えが甘いことに自覚もある。同じ言葉を言っても父の斎のように経験に裏打ちされたものでも確固とした意志もない。言ってしまえば絵空事だ。
それでも、が引くわけにはいかない。
「小姫。忘れんじゃねえぞ。」
の覚悟を見てサソリは大きく息を吐いた。
「何があっても、大切なものを絶対曲げるんじゃねぇ。」
これから自分を疑うこともあるだろう。これから沢山のものをは見ていくだろう。戦いが始まればなおさらだ。
「これから、たくさんのことがある。」
辛いと、自分の大切なものを見失いそうになる日も来るかも知れない。力を求める余り、揺らぐ時がある。
「だが、その信念を貫く気なんなら、曲がるんじゃねえぞ。」
きれい事だと認めることも、それでも望むことも、そう決めたことも、忘れてはならない。そしてそれを望む理由が大切なもののためであることを。
「昔のよしみだ。見逃してやる。」
サソリはの相手を昔、していた頃と同じように素っ気なく、から視線をそらした。
「・・・サソリ。」
はサソリの名前を呼ぶ。
「ついでに、そこの女。努力は認めてやる。」
サソリはサクラを見て、にやりと笑った。
「天地橋に10日後の正午、だ。大蛇丸の所にやってたスパイが、来る。」
「え?」
サクラはサソリを睨み付けていたが、驚きのあまりに目を丸くする。
「元々あいつとは馬が合わねぇ。殺すなりなんなり、すきにしろ。」
あまり大蛇丸に興味がないのか、サソリはあっさりとそう言い捨てた。
「サソリ!待って!!」
去って行こうとするサソリには叫ぶ。だが、サソリはちらりと一瞬を一瞥したが、それきりだった。
「次会わねぇことを願ってるさ。」
その言葉から、サソリが全く昔と変わっていないことが分かって、は酷くやりきれない気持ちになった。
意思
( おもう )