3歳のは酷く小さかった。
「あー、なんで俺が餓鬼の面倒見なきゃなんねぇんだよ。」
炎一族に幼なじみに会いに来ただけだというのに、幼なじみの雪と斎は任務に出かけ、いつも面倒を見ているイタチとやらも斎と共に出かけたため、屋敷にはとサソリだけだ。
かといってが持つ炎が恐ろしいのか、侍女達はに対して遠巻きだ。
体が弱いのことを考えればサソリはの側を離れる気になれず、寝殿の簀子の上でを見ながら巻物を開くこととなった。
「うー、」
不思議そうにはサソリの横にあった巻物の紐を解き、ころころと端の筒が転がっていくのが楽しいのか、は手で端を転がして遊んだ。
しかし、幼いが元に戻せるはずもない。
「おいおい、」
端を右に左にところころ転がしているうちに、戻らないほどにぐしゃぐしゃになっていた。そのうち、ぽんっと何をしたのか、音を立てて傀儡を口寄せしてしまう。
「はぁ!?」
サソリが止める暇もなく、は傀儡を手でぺたぺたと探る。傀儡は危険な隠し武器が仕込まれているため、サソリは慌てて立ち上がってを止めようとした途端、サソリの隣をクナイが通り抜けていった。
「あ?」
が間抜けな声を上げる。どうやら変なところを触って、クナイが飛んだらしい。
サソリは呆然としながらも反射的に避けたが、は何かが出たのが面白かったのか、小さな手で傀儡を探り始めた。
「やめろ!そりゃ・・・」
サソリは言うが、一歩遅い。
ばしゅっと何とも言えない音を立てて、サソリにロケットのごとき槍が向かってくる。それをサソリは避けたが、びよよーんと柱にそれは突き刺さった。
「・・・おまえ、俺が雪に殺されるだろうが。」
餓鬼に怒っても仕方がないと分かっていたが、サソリは言わずにはいられなかった。
おまえの餓鬼が傀儡を触ったんだと言い訳したところで、あの恐ろしい雪だ。屋敷に傷をつけ、挙げ句幼いに傀儡を触らせるほど面倒を見ていなかったと知れば、サソリが燃やされる可能性もあった。
「仕方ねぇな。」
放って置いてこれ以上屋敷に傷をつけられてもサソリが雪に殺される。仕方なく簀子で遊んでいたを抱き上げ、自分の膝に乗せた。
はサソリの膝の上で体を揺らして見せたが、こほんと一つ咳をした。
「どうした?」
サソリが問うが、一つ、二つとは咳を繰り返し、こぽんと何かをはき出す。
「・・・え?」
サソリは思わず口から驚きの言葉が出てしまった。
彼女がはき出したのはビー玉だった。
そしてすっきりとした様子で、こてんと背中をサソリに預けてきたが、サソリからするとそういう問題ではない。
サソリがあたりを見回すと、文机の上に金魚鉢が置かれていた。
中には大小沢山のビー玉が入っている。サソリは恐る恐るの着物の袖を触ってみると、べちゃりとした感触があった。
幼い子供にとって動く金魚の入っている金魚鉢はさぞかし興味深いものだっただろう。
「おまえ!・・・まだ飲んでんじゃねぇだろな!?」
サソリは半ば乱暴にの小さな背を叩く。
するとはもう一度苦しそうに咳をして、もう一つ小さなビー玉を更にはき出した。最初は苦しそうな顔をしていたも、はき出してしまうともう平気なのか、涙をたたえた目尻を濡れた袖でぐしゃりと擦る。
はすっきりしたかも知れないが、サソリの方は真っ青である。
慌てて幼いを連れて、炎一族邸から10分ほどに立っている、医者である青白宮の屋敷に走ったのは言うまでもなかった。
―――――――――あははは、それで俺の所まで来たの?
青白宮は異母妹である雪とそっくりの穏やかな笑みを浮かべて、焦ったサソリを笑っていた。
だが、餓鬼の誤飲のはき出させ方まで、サソリが知るはずもない。
幸いなことにが飲み込んだのは金魚鉢のビー玉二つだけだったらしい。術で腹を透視したが、の腹に入っていたのは藻だけだったそうだ。
「・・・おまえ、そんなに腹減ってたのかよ。」
は青白宮の屋敷からもらってきた饅頭を満足げな顔で貪っている。食べ方は酷く汚く、ぼたぼた落とすは、手はあんこだらけだわで、相当問題ありだが、サソリはそれの掃除は後に回すことにした。
ビー玉はともかく、藻まで食べるほどお腹がすいていたのだろうと、青白宮は言った。
何で魚を食べなかったのかと首を傾げたが、よく見てみると斎の部屋の金魚鉢にいたのはメダカだけで、幼くて鈍くさいが到底動きの速いメダカを捕らえられるとは思えず、納得した。
藻とビー玉を食べて、お腹がふくれた気がしたのだろう。
「んっとにふざけんなよ。斎の奴。」
もう少し子供の手から飲み込みそうなものは、の近くから離しておくべきだ。
特にビー玉はあめ玉に似ているため、子供は良く飲み込むらしい。そんなものを子供の手の届くところに置いておく斎に苛立ちを覚えたが、日頃は別の部屋にはいるらしい。今日はたまたまサソリがいるから、サソリの部屋に近い斎の部屋にいただけだそうだ。
「う?」
饅頭を最後の一つになって、は声を上げ、サソリと饅頭をきょろきょろと交互に見る。何をしたいのかと見ているとはそれをサソリに差し出してきた。
「あーる?」
いる?とはサソリに饅頭を差し出す。
「いらねぇよ。おまえが腹へってんだろ。」
「・・・んー、」
サソリが返すと、はじっと自分の手にある饅頭を睨んだ。やはりまだお腹がすいているらしい。
は散々悩み、そしてそれを半分に割って、サソリに渡した。
「あい、」
半分をサソリの手に置く。
「おまえ、腹へってんだろ?」
「ん。はんぶん。さー、はんぶん。」
そう言っては満足げにサソリの膝の上に座り、また饅頭を食べ始めた。
極めて汚い食べ方で、ぼろぼろとかすがサソリの膝に落ちてくるのに眉を寄せながら、大きく息を吐く。
「食える時にくっとかねぇと、死ぬぞ。馬鹿。」
サソリは思わず幼いを笑ってしまった。人に食べ物を分け与えれば死んでしまうような状況がある。
けれど、はそんなこと知らないのだろう。
どれほどサソリが言っても、サソリに与えた半分の饅頭を食べようとはしなかった。
「本当に、甘ちゃんだな。」
サソリは悪態をつきながら、の頭を撫でる。
「でも、それが一番幸せなんだろうな。」
家族に望まれ、両親に愛され、一族に羨望され、真綿で包むように外の害意を知らず、優しく育つ。それが奇跡のように羨ましく思えるのは、おそらくサソリが手に入れられなかったものをが持っているからだ。
そして、サソリも幼なじみ達が作ったこの優しい家庭を壊すつもりはない。
「、おまえだけは大切にしてやるよ。」
偉そうにサソリは言っての頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「うゆー」
は分からないが、頭をなで回されるのが嬉しいのか、不満なのか、よく分からない奇声を上げてサソリに抱きついた。
憧憬
( あこがれ 思う景色 )