ぱたぱたとうちわで自分を扇ぎながら、斎は布団の上に寝転がる。




「息子宅で川の字で寝るって言うのも乙なものだね。」




 セミダブルのベッドの隣に客用布団。本日の斎の寝床である。

 義父兼師を布団で眠らせるには抵抗のあるイタチだったが、斎が別に気にしていないので、納得することになった。





「父上、寝相悪いもん。」





 娘のの方は父親に冷たく言う。

 要するにどうせベッドで斎を寝かせても落ちて、下で寝ているかイタチを潰すだろうと予想しているのだ。




「ちっちゃい頃、一緒に寝て潰されたことは数知れないもん。」

「酷い子だね。否定しないけど。」





 斎は娘の言葉にあっさりと同意して、またぱたぱたと自分をうちわであおいだ。




「砂隠れから帰ってすぐ任務とは、忙しいな。」




 イタチはの髪を優しく撫でながら息を吐く。




「そういえばそうだったね。どうだった?チヨさまは元気?」




 斎はいつもと変わらぬ口調で、穏やかにに尋ねる。

 チヨはかつては里との間での交渉にも良く参加しており、また、古くからの家の出身だった。斎は予言の一族であり、昔から里という枠組みを超えて必要とされてきた。

 そのためもあり、チヨと斎は顔見知りで、サソリと斎は幼なじみだった。




「チヨ、ばあさまは。亡くなったよ。」




 はぽんぽんと枕を叩いて小さく息を吐く。




「そう。もうお年だったからね。」

「・・・最期にサソリに会いたいって、・・・サソリに」





 は父親を見上げたが、斎の表情からは別段悲しみも後悔も窺えなかった。



「なら、チヨさまも本望だったかなぁ。」





 斎は遠くを見るようにそう言って、紺色の瞳を細めて扇ぐうちわを止めた。

 チヨはサソリの祖母だった。会いたいと思っていた孫に最期に会えて良かったのかも知れない。死に際に会いたい人に会える忍が、何人いるだろう。

 愛しい人と死に際を共に出来る人が、何人いるのだろう。

 子どもに看取られるという当たり前の願いを叶えられる人間は何人いるのだろうか。少なくとも斎の両親は任務中に亡くなり、斎は看取ることすらも出来なかった。

 唯一良かったことは、両親共に同じ任務で、かばい合うように亡くなったことくらいだ。




「ねぇ、父上、サソリのこと。」

「うん。知ってたよ。」





 サソリが裏切ったことを知っていたと、あっさりと彼は認めた。





「・・・ショックだったなら、ごめんね。」





 何も知らなかったにとってはショックだったかも知れないと斎は思った。案の定は表情を歪める。





「2年くらい前かなぁ。疑いはもう随分前からあったから、活動はもっと前からかな。」 

「ショックって、訳じゃ無いけど。父上こそ。」




 幼なじみが里を裏切ったと聞いて良い気がするはずが無い。は眉を寄せたが、斎はが思うほど傷ついてはいなかった。




「別に?この年になれば、ある話だしね。彼は変わってないし。昔から。」




 斎は娘の言葉にかりかりと頭を掻く。

 心根のすべてが変わってしまうのは哀しい。だがサソリの場合は正直意見と見方に違いであって、心が変わった訳では無い。





「心が離れたわけじゃ無いから、敵同士になっても、それはそれだよ。」




 いつか勝敗が決まるのだろう。

 そうだったとしてもお互いに守るべき者があり、意志があり、そのために命をお互いに落としたとしても、後悔など無い。

 お互いに、





「この年になるとね、性格歪んで敵になったり、道を踏み外した仲間は見るの辛いし、哀しいけど。別に意見の違いだしね。そう言う点では戦いやすい。」





 お互いに自分の信念に殉じるのだ。わかり合えないのでは無い。お互いをわかり合っているからこそぶつかる時もある。

 サソリと斎はそう言う点で、互いのことを理解していた。





「持てる者と、持たなかった者の、視点の違いだよ。大切な人を守りたいと思って強くなっても、戦いはそれをすぐ奪っていく。」




 戦乱の時代、人が死ぬのは酷く当たり前のことで、命なんて老若男女問わずに奪われていく。

 死だけがこの世界において最も無情で、公平だ。




「大切な人がいなくなった世界で、不必要で不釣り合いな力の強さだけを抱えて、どうするか。」




 大切なものを守るための強さを、“手段”を手に入れた時、すでに“目的”だった大切な人はいない。力という手段だけを両手に、目的を失った瞬間、人はどうすれば良いのだろう。





「絶望的で、とても難しい話だよ。」




 斎は表情を歪める。

 悲しみと自分が持つ力と。それを抱えて大切な人のいない世界でどうするか。

 彼らの意志を継ぎ、世界を変えると銘打ったところで、もし世界を変えたとしても、大切な人はもうそこにはいないのだ。




「僕は幸せだよ。がいて、雪がいて、イタチがいて」




 斎は笑って、娘のを片手で、もう片方の手でイタチを引き寄せる。

 他人を守ることの出来る力をこうして手に入れ、最愛の妻と娘がこうして生きて、ここにいる。それがどれほどの幸せであるのか、忍界大戦を経験してきた斎はよく知っていた。

 ボロくずのように、人が死んでいく。

 その中でこの重みと温もりが、どれほどお金を支払っても、犠牲を払っても手に入れられないほどかけがえのないものだと、理解している。




「忘れないでね。与えられているからこそ、わかるものがある。」





 惜しみなく与えられる愛情。

 それを知らない人にはわからないものがあり、与えられている人間だけに分かることもある。おそらく愛情を与えられなかった人の方が、より愛情を欲するだろう。でもそれを本当の意味で手に入れるのは難しい。




「確かには、希少な能力を持っている。でもね。の本当に特別であるというのは、僕らの子供だと言うことだよ。」




 斎はイタチとから離れ、はにかむように笑う。




「僕と雪が欲しくて欲しくてたまらなかった、大切な命だ。」




 子供は出来ないと言われていた。

 斎の一族は近親婚を重ねており、おそらく子供は望めないと医者からも言われていたのに、魔法のように授かった娘。

 体が弱くても、小さくても、未熟児でもなんだって良かった。

 斎にとっては何よりも重く、宝物のように大切な命。




「覚えておいてね。」




 の頬にそっと手を伸ばす。




「どんな形だって良い。僕らの命を、君は残していって。」




 斎と同じ丸い紺色の瞳。まっすぐの紺色の髪。そっくりの童顔。自分の血をわけた世界で一番愛おしい娘。

 そして同じように、斎はイタチに手を伸ばす。




「血じゃなくても良いから、つないでいって。僕の意志を。」




 斎が最も信頼した、自分の愛おしい弟子。

 血ではなく、斎の意志や心が、イタチの中に宿っている。そのことを斎は疑っていないし、だからこそ本当に愛おしく思っている。




「それでこそ、僕らの命がここにあった意味がある。」




 血じゃなくても良い。意志がそこにあるなら、斎がここに生きた意味がある。

 所詮人間なんてたった50年ほど、忍の命はもっと短いのだろう。それでも、何も残らないとは思いたくない。

 だから、子供達に、自分の弟子達に残すのだ。




「僕は僕の大切な目の前の者を守るよ。」




 斎は斎、サソリはサソリの道がある。守りたい者があって、守れなかった者があるから、違う途だったとしても、悲しみを抱かず、歩むことが出来る。

 ここに大切な者があるから。




大切 ( 大きく いとおしむことが出来る者 )