天地橋に出発しても、相変わらずサイの様子は変わらなかった。






「そんなじろじろ見ないでください。ぶん殴りますよ。」






 サイはじぃっともの言いたげな瞳で彼を見るナルトをちらりと見て笑った。





「てめーはいちいちむかつく言い方しやがるな!コラ!」





 ナルトは自分にも非があるのにかみついた言い方をする。





「別に悪気があるわけじゃないよ。」

「嘘付け!」

「こういうキャラ位置を狙っていこうとしているだけだから。」





 サイもサイで全くフォローする気はない。




「やっぱ悪気あるじゃねーかよ!」






 ナルトは彼が仲間だと言うことに我慢らないらしい。ぶんと拳を振りかざす。





「ナルト!」





 サクラが怒鳴ってナルトを止めようとするが、一緒にいるは別に止めようとはしない。隣でやっている喧嘩に我関せず、歩くのは疲れるとは口寄せで呼び出した白い犬神の上でごろごろしている。





「やっぱてめーはだめだ!すっげーむかつくってばよ!!」

「おいおい隊長を前にしていきなりそれはないだろ、ナルト。」





 任務に既に出ているというのに悪態をつくナルトに、ヤマトが呆れた目を向ける。




「班には信頼とチームワークが最も大切だってカカシさんにも教わったはずだ。あの偉大なカカシさんの班にいた君がなんだよそれ。」





 ヤマトとしてかなり困ったものだ。時間もないし、もう既に任務中である。だが、ナルトの怒りはどうしても収まらない。





「・・・でも、サイの言い方もあんまりよくないと思うよ。」





 は口寄せした犬神の上から、ヤマトに冷静な答えを返す。





「もちろん任務だから、ナルトもあんまり班員を悪く言うのは駄目だと思うけど、最低限の信頼って、必要だと思う。ね。」





 白い犬神に同意を求めて軽く二度叩けば、主に呼応するようにきゅぅんと犬神が鳴いて答えた。




「なんだい、姫。君も不満なの?」





 比較的は意見を声高に主張することがない。少なくともそう思っていたヤマトは、が見せる難色に不安を覚える。




「んー、綱手先生の決定だから、仕方ないけど、・・・信頼は・・・。」





 の態度は煮え切らない。

 自身にも、上層部から言い渡されたサイの配備には反対するところがあるらしい。それはどちらかというとサイ自身と言うよりは、サイの直接の上司であるダンゾウが大嫌いだからと言うだけの部分もあった。

 の父・斎が長らく闘争を繰り広げている相手である。

 大抵、は正論をやんわり言うことが多いのだが、が直接的に反対しないのを見て、ナルトも思わず力が入る。





「こいつはカカシ班の班員じゃね―からだ!」





 ナルトはサイを指さして、高らかに言った。





「俺たちカカシ班のもう一人の班員はサスケだ!」





 ナルトにとってサスケへの思い入れは何よりも強い。突然、こんな空気の読めない班員が来て、カカシ班の新たな班員だと言われてうまくやっていけるはずもない。





「こいつはただサスケの穴埋めとして選ばれただけだ。こんな奴。班員として俺は認めねぇ!」

「ナルト?」




 ナルトの言い方にも流石に犬神から下りて、困ったような顔をする。

 ナルトの気持ちはもサクラも理解できるが、任務とそれとは別の話だ。ましてやサスケを取りかえすための任務であり、事をし損じては意味がない。




「いや、僕もそっちの方が気が楽だよ。」




 サイはさらりとナルトの暴言にも言って見せた。




「木の葉を裏切り、偉いくせに力ばかり求めて大蛇丸の元へ走った、そんな大蛇丸と同じようなゴミ虫ヤロー一緒にされたくないからね。」




 辛らつな言葉にナルトは激高する。も流石にむっとした顔を隠すことが出来なかったが、サクラは先に口に出した。





「確かに大切なのはチームワーク」





 それは基本中の基本事項だ。




「ナルトはサイ、貴方のことをまだよく知らないから、言いすぎたところもある。」







 サクラは穏やかに言って、息を吐く。





「ごめんなさい。ナルトのことは許してあげて。」




 彼女の言葉に、の方はちらりとサクラを見る。





「サクラ?」





 ゆったりとした声音でが彼女の名を呼ぶ。いつもならサクラはの言葉や態度に敏感だが、返って来る言葉はない。ただ柔らかに微笑んでいる。





「はぁ、一人でもましな子がいて良かったよ。」




 ヤマトが安堵して息を吐き出す中、はこそっとナルトの後ろに移動した。





?」





 状況も忘れてナルトはの行動に首を傾げる。は怯えるようにナルトの服の端をぎゅっと掴んだ。






「別に何とも思ってないよ。」





 サイは相変わらずの笑顔でサクラに言った。





「そう、良かった。」





 サクラはもう一度柔らかに微笑んで、次の瞬間、思いっきりサイを殴りつけた。





「え!?」




 ヤマトもサクラが冷静だと思っていたためか、呆然とする。ナルトも驚きながらも、の態度に納得した。

 は早々サクラが怒っていることに気づいていたのだ。





「わたしのことは許さなくて良いから。」





 サクラは冷たくサイに言い捨てる。




「だまされたなぁ、君のさっきの作り笑い。」

「あんたもサスケ君のこと何も知らないくせに、出しゃばったこと言ってンじゃないわよ!もう一度サスケ君のことを悪く言ったら、手加減しない。」

「ふふ、わかったよ、君の前ではもう言わない。」






 サクラの気迫に押されたのか、サイも流石にそれ以上軽口を叩こうとはしなかった。





「しかし作り笑いにもそんな使い方があるんだね。覚えておくよ。」

「殴られて何へらへらしてんだ、てめーは!」




 ナルトは怒りがさめやらぬのか、を後ろに庇ったまま叫んだ。






「厄介ごとをやり過ごすには笑顔が一番、それが作り笑いでもね。以外とみんなだまされる、とそう本には書いてあった。」





 サイは困ったようにサクラに殴られた頬を自分で撫でる。





「僕がやってもあまり効果はないみたいだけどね。」

「・・・わかってるのに、どうしてするの?」





 はナルトの後ろから少し眉を寄せてサイに言った。あまり自身もサイには良い印象を受けていなかった。

 もちろんナルトの言い方も非常に良くない。

 だが、それ以上にサイの態度にも問題があると思った。





「君らね、これ以上もめるとほんとに檻の中にぶち込むよ。天地橋まで時間がないって言ってもいつかはあるんだからね。」





 ヤマトが呆れたように、そしてそれ以上に怒ったように言って、腰に手を当てる。彼が印を結んだ途端に後ろに木で出来た牢屋が出現する。





「ここで君らのまとめ役である僕からの提案なんだけど、」




 ぽんと彼は木製の牢屋を叩く。




「君らの親睦を深めるために檻の中に丸一日ぶち込まれるのと温泉つき宿場で一泊するのとどっちが良い?」




 ヤマトは冷静に3人に提案する。





「君ら僕のこともよく知らないだろ。僕は優しい接し方が好きなんだけど、恐怖による支配も嫌いじゃないんだよね。」




 彼がすごむと同時にナルトが後ずさりをし、サクラが頬を引きつらせたのは言うまでもない。




「ついでに姫、君、サクラがサイを殴るって分かってたでしょ。」




 ヤマトはちらりとを見ていった。

 ヤマトは元々暗部“樹”の出身者である。そのため親玉であるの父・斎ともよく話し、が幼い頃に見舞いに訪れたこともある忍だった。

 はものを知らないのんびりとしたところがあるが、大人の目から見ても人の感情に鋭い少女で、それは斎の父・斎ともよく似ている。

 斎は元々鋭いだけでなくかなりの策士で、それを穏やかな性格で隠している部分がある。

 それに比べてはぼんやりとしており、育ちの良い天然少女といった感じだが、彼女の鋭さは斎と同等ではないだろうかと感じる部分が多かった。




「・・・そういえばってば、俺の後ろに隠れてたってばよ。」




 ナルトもを見て渋い顔をした。サクラがサイと話し始めた途端に、は空気を感じてか、ナルトの後ろに既に隠れていた。




「うん。わかったよ。だってサクラ、すごく怒ってたもん。」




 はあっさりと事も無げに白状した。おそらく彼女にとって問題だという意識はないのだろう。




「サスケのことはナルトもサクラもやっぱりいろいろあるから、言われたくないところはあるんだよ。」




 要するに、はサイに口に出すなと言っているのだ。

 自身もおそらくサイの口ぶりを不快に思ったに違いない。彼女から見ればサスケは恋人の弟であり、幼なじみでもある。なおさら複雑な感情があるだろう。

 ただが比較的ナルトやサクラと違って他人にくってかかる性格ではない。

 サイと表だって問題にならないのは、それだけの話だ。彼女とてサイを好意的に受け止めているはずがないのだ。表に出さない分だけ、ヤマトからしてみればの方が不気味だった。特には人の感情の機微を読み取るのが 得意で、下手をすればヤマトの分からないことを読み取り、想像もしない行動に出るかも知れない。

 その上、おそらくその行動はナルトやサクラとは比べものにならないほど突飛出て、大きなスケールの物になるだろう。





「それだったら、サクラちゃんに殴られそうな時、先に言ってくれってばよ・・・」




 ナルトはの肩を叩いて真剣な顔で訴える。




「ごめん。サクラが言っちゃ駄目っていうから。」

「当たり前でしょ!?に言われたら不意打ちできないじゃない。」




 サクラはナルトを睨んだ。あらかじめ、自分が何かしようとしていたとしても止めるな、相手には言うな、とに口止めはしてあったらしい。

 ヤマトもここ数年とサクラが同じ任務に常に従事していることは書類上知っている。公私ともに仲が良く、姉妹弟子でもある。の性格と感情の機微の細かさも、よく分かっているのだ。先に口止めしているところが、一番抜け目が無かった。





不満 ( ふまん )