暗部の現在の親玉、蒼斎の娘は、斎と同じくサイにとって恐るべき謎の存在だった。




「貴方は何も言わないんですね。」




 サイはちらりと隣にいるを見て、表情を窺う。

 斎の娘である限り、自分が所属している暗部の部隊である根の噂も聞いているだろう。それは綱手を師とするサクラも同じで、サクラはそのことからサイに良い顔をしない。ナルトもサイを全くと言って良いほど気に入っていない。二人ともその態度を表向きに出していた。

 おそらくヤマトも、サイを根本的には信用していないだろう。

 その中で、表だってなんの態度も見せないのがだった。別に不快感をサイにぶつけることも無く、だからといってサイを認めることも無いの態度が、逆にサイを不安にさせる。




「なにか言われたいの?」




 はサイの問いに、心の底から不思議そうな顔をして問うた。


 その表情には全く嘘が無く、サイの方が驚く。彼女が一番読めないのだ。ナルトと同じく酷く素直で単純に見えるのに、模擬戦においては驚くほど緻密な作戦を立ててきた。馬鹿なのか、かしこなのか、単純なのか、複雑なのか、正直よく分からない。

 基礎能力テストでもかなりIQは高く、体力はないまでもそれ以外の能力は高評価で、希少な血継限界をいくつも持っている。この班の中では暗部のヤマトを除けば唯一の上忍であり、同期の中でも一番最初に昇進した。

 だというのに、彼女は強さを感じさせない上、全くと言って良いほどサイに対するアクションを見せない。

 それがサイがを底知れなくて不気味だと思う原因だった。




「言われたくないなら、何も言わない方が良いんじゃ無いかな。」




 はそう口にしたが、サイが話しかけても相変わらず本の方が興味深いのか、頁をめくる手を止めないし、サイの方を向くこともない。

 サクラは絵を描いているサイをわざわざ見に来るなど、サイに対して一定の警戒と共に興味もあるようだった。ナルトは思い切り不快感をぶつけてくるし、ヤマトは間違いなくサイを疑っているだろう。

 だが、からはなんのアクションも無い。

 よく無関心が一番厄介だと言うが、まさにはその通りだった。おそらく彼女はサイに興味が無いのだ。サイに対して警戒心を抱いているのか、抱いていないのかすらも、彼女からは読み取ることが出来ない。

 紺色の長い髪がさらさらと風に揺れる。紺色の大きな瞳は、本に視線をやっているために睫を伏せている。少し大人びて見えるその容姿は、サイがよく知っている彼女の父親−蒼斎によく似ていた。




「君、斎様に似てるんじゃ無い?」



 サイはの隣に座って、口を開いた。




『あの小童め。』




 よく、ダンゾウが忌々しげにそう言って斎を罵っているのを、サイはよく知っている。

 斎は四代目火影の時代に、不祥事によってダンゾウを追い落とし、暗部のほとんどの実権を握った策士で、ダンゾウは昔、彼にはめられたのだという。当時まだ彼は10代後半で、誰もがダンゾウをはめたのが斎だとは、当初思わなかったらしい。

 斎に直接会ったのはこの間が初めてだが、サイが見る限り、彼はころころと笑う楽しげな人物で、暗部だけでは無く上忍たちの信頼も厚く、非常に慕われている。しかしその穏やかさの裏に狡猾さも抱える、鋭い人物でもあった。

 つかみ所がなく、目的が分からず、対応しづらい。

 その点では性格は似ていないと一般的に言われるも目的が分からず対応しづらいと言う点では、サイにとっては同種の人間だった。




「もちろん。親子だからね。」




 は別に父と似ていると言われることが、不快では無いらしく、小さく笑んで頷く。だが、やはり目は本を追っている。




「君は、僕に興味が無いの?」




 サイがにそのままの疑問をぶつけると、は本から顔を上げて小首を傾げた。




「ないよ?」





 そのことにサイが疑問を持っているという方が不思議だという顔だった。あまりに常識から外れた感覚に、サイの方が驚く。

 ナルトもサクラも、少なくともサイの人格をしろう、探ろうとしている。愛情の反対が無関心だと言われるように、憎しみであれ拒絶であれ、そこに関係があるからこそ存在するものだ。には、全くと言って良いほどサイへの関心そのものがなかった。




「だって、班員は綱手先生が決めるんだし。」

「君は僕が根だということも知っているんだろう?」

「うん。でも、知っていたとして、なにかする必要が、あるの?」




 紺色の大きな瞳を瞬いて、から顔を上げる。





「そういうことは、ヤマトさんが考えることでしょう。」




 班をまとめるのはでは無く班長のヤマトだ。裏切りの可能性があるなら、それについての対応を班員に指示するべき立場にあるのは、ヤマトである。指示があればはサイに対応するだろう。だが今のところ彼は何も言っていない。要するに何もするなと言うことだ。

 綱手や斎も同じである。決定的にに害をなす何かがあるのなら、先にサイを捕らえるなり、班員を削るなりを強硬にしたはずだ。それをしないと言うことは、証拠は無いし、今の現状では対応のしようが無い。




「貴方が行動を起こすまで、わたしがすることはないってことだよ。」




 要するに、サイの行動待ちである。それまでが表立って何か文句を言う必要は無いし、サイについてのある程度の情報は綱手から教えてもらっているので、サイの個人情報をそれ以上得る必要も無い。




「貴方は、根がどんな所かも、十分承知でしょう。」




 は斎の娘だ。またイタチからも聞いているところはあるだろう。 

 ある意味で暗部に所属している人間と同じぐらいには、根というところがどういった所か知っているはずだ。それでも彼女は何もしないという。それは、綱手から言われてサイに警戒を見せるサクラとも少し違う。

 彼女はサイの危険性も十分に理解している。




「貴方は自分を過大評価しているよ。」




 はすっと顔を上げてサイを見やる。その瞳は紺色ではなく、淡い水色の、すべてを見透かす瞳だった。

 透先眼−蒼一族の血継限界であり、過去と現在、未来をも見通すと言われる、神の目。

 彼女はそれですべてを見通すことが出来る。





「わたしは、サクラほど優しくは無いから。」




 サクラは一応班員と言うことで、仲良くしようと思ってサイにも話しかけたのだろう。でも、は特別サイと仲良くなろうとは思わなかった。それはやはり綱手から与えられている事前情報と、ヤマトからの注意があるからだ。

 そういう点では、警戒している。




「だからといって、普通は話しかけたり、しませんか?」

「・・・うーん。貴方が誰かは知らないし、誰であっても、あんまり興味はないよ。」





 暗部である限り、サイという名もコードネームだろう。は父が暗部の親玉だけに、根がどういう所かもよく知っている。普通に話しかけたとしても、出てくるのはせいぜい嘘の経歴ぐらいの物だ。

 言いたいことはなくはないが、彼を不快にさせても良いことはまったくない。




「わたしは、サスケを取り戻したいだけだから。」





 は小さく笑いを零す。

 ナルトも、サクラもそれを望んでいる。けれど多分、ほど切に望んでいるわけではないと思う。は、何に変えても彼を取り戻したいと思っている。




「何故?」

「わたしの大切な人のために。わたしの出来るすべてことをしてあげたいの。」





 は心の中にイタチを思い浮かべる。

 自分を大切にして、いつも愛してくれて、命まで助けてくれた彼。その彼のために、はできる限りのすべてをしてあげたいと思っている。彼がそうしてくれたように。




「それだけ。」




 だから、サイが班員になろうが、裏切ろうが、基本的には関係ない。は目の前にある自分の出来ることをするだけだ。




「まぁ、だから。ナルトとサクラの対策に頑張ってください。」




 はぱん、と音を立てて本を閉じ、立ち上がる。その後ろ姿を、サイは黙って見送るしかなかった。



詮索 ( さぐること )