大蛇丸のアジトに入ると突然後ろから衝撃を受け、予想通り、気づけば牢に閉じ込められていた。




「まぁ、前の手と一緒だよね。」




 前に君麻呂に攫われかけた時も、彼はにチャクラを封じる術式をかけてきた。あれは大蛇丸の指示だったのだろう。

 それと似たような術式、もちろんの力を警戒して前よりかなり強い、チャクラを封じる術式をにかけていた。とはいえ、そんなものに何度も何度もひっかかるようなお馬鹿さんではない。対処策もきちんと持っている。




「泉玉、持ってて良かった。」




 は帯の中から小さなガラスの球体を取り出す。

 これは蒼一族に伝わる特殊な忍具で一定のチャクラを効果と共に中に閉じ込めておくことが出来る便利な品だ。今、確かにはチャクラが封じられている状態だが、この中には綺麗な白炎の蝶が一匹封じられている。

 ガラス玉のふたを開けると、ぱたぱたと白炎の蝶が出てきて、にかけられた術式をじわじわと燃やしていった。一部分を燃やしただけで、効果を失った術式が一瞬にして灰に変わった。




「はー、こんな牢にわたしを閉じ込めようなんて、無理だよ。」



 はあっさりと牢を壊して外に出た。

 チャクラが復活すれば、をこんな牢の結界で閉じ込めようなど無謀である。元々白炎はチャクラ自体を燃やす性質があるので、結界などなんの障壁にもならない。多重結界であれば再生するため僅かでも時間は稼げるが、それも僅かなものだ。




「さて、結界があっちこっちに張ってあるなぁ」




 透先眼は写輪眼のようにチャクラを見抜く効用はない。また結界があればその中まで視ることはよほど近くまで行かねば出来ない。そのためぱっと見ではサスケを探せそうになかった。もしくはサスケ自体、ここにいるのかという疑問にいきあたる。





「カブトかなぁ。」





 聞き出すにしても大蛇丸を捕らえるのは難しいだろう。他の人間はそもそもサスケがどこにいるかを知っているかどうかすら怪しい。だが、右腕であるカブトならサスケの居場所を知っているはずだ。ならばカブトを捕まえるのが常套手段だった。




「よし、行くか。」




 大蛇丸は避ける、カブトは捕まえる。サスケがいればベスト、だ。


 考えをまとめ、は自分の親指を噛んで、地面に手をつき、口寄せをする。出てきたのは少し小柄な白い犬神だった。





『何用だ。』

「お願い。匂いを探して欲しいの。結界が張られてて、見えないし。」

『了解した。』




 クールな口調の犬神は短く了承の意を伝えた後、すごいスピードで廊下の端に消えていく。

 は暗い石造りの廊下を見ながら、小さく息を吐いて、もう一匹犬神を出す。この周辺を通れるのにぎりぎりぐらいの、比較的大きな犬神だ。

 この狭い石造りのアジトで近距離戦の苦手のは不利だ。

 ましてやこれほど結界が多ければ頼りの透先眼も見えないところが多すぎる。感知タイプを身近に置いておかなければ、近距離に気づかないうちに歩み寄られてはすぐに敗北してしまう。気をつけて動かなければならない。




「そういえば、サイも裏切っちゃったって、ことだよね。」




 は人差し指を顎に当てて少し考える。

 裏切り者ならば、はここでサイの始末を考えてしまわなければならない。綱手にもそれ自体は言われており、には他人の過去を視る透先眼があるので、ダンゾウの狙いを探った後は生死は問わないと言われている。

 しかし過去を視る際は周囲への警戒が出来なくなるため、サイを捕らえてからサクラたちと合流し、その後木の葉の正式部隊に引き渡すことになるだろう。どちらにしても生け捕りだ。




『サイ?』





 犬神の泉がに不思議そうに尋ねた。

 泉は比較的まだ若い犬神ではあるが、それでもの体高の2倍はあるし、元々父親の斎に使われていたこともあるから、事情も知っている。とはいえ、最近はの専属とかしているが。



「うん。今度新しくサスケの代わりに班に入った人なんだけど、ダンゾウのとこの人。…取引の内容まで聞いていないから、わからないけど。」




 ダンゾウの仲間と言うことを考えれば、もしかすると木の葉のための取引なのかも知れないが、ひとまずサイに内通させようとしているのは間違いない。火影に内緒で。 

 特にダンゾウはうちは一族の反逆の件にも関わっており、率先してうちは一族を殺したと聞いている。

 またうちは一族だけでなく炎一族なども全く良いと思っていない。ついでに4代目火影の時代に暗部においてはの父である斎と壮絶な覇権争いをし、負けた経緯があるらしく、も恨まれる原因が十二分にある人物だった。




『わからんが、木の葉を守るというのが、奴の大前提だ。やり方は、人道を無視した最悪の男だが。』




 泉は尻尾を振って、の頬を慰めるように撫でる。





「じゃあ、二重スパイ?」

『可能性が高いな。』




 は少し考えて、ため息をつく。

 ヤマトの能力と違い、の能力は破壊や攻撃には非常に有益だが、捕獲には全くと言って向かない。白炎は人間の肉体を簡単に崩壊させる。の性質変化は基本的に炎と風であり、どちらも鋭く攻撃的な性質変化だ。




「生け捕りは、難しいなぁ。」

『放置か。』

「放置だね。」





 サイの処理は後からヤマトに任せるしかない。

 がすべきはサスケ、もしくはカブトの捜索である。判断したはくるりと透先眼で辺りを見回し、ひとまず勘で右だと決めて、歩き出す。犬神もゆっくりの隣を歩いてついてくる。足音はできる限り殺しているが、人の気配はほとんどない。

 廊下にあるのは、ただのかがり火だけだ。

 地下なのか全体的に薄暗いが、かがり火だけがゆらゆら揺れていて、何やら不安を煽る。元々はあまり暗い場所が好きではなかったので、なおさらだった。





『だが、うちはサスケを見つけて、どうするつもりだ?』

「連れて帰るよ?」




 泉の言葉に、周りの警戒は怠らずは小首を傾げて言う。

 泉が問うまでもなく、もちろんサスケを木の葉の里に連れ帰る気だ。イタチはサスケと話をすることを願っているはずだ。もそれは同じだ。どれほどに憎まれようとも、彼は自分たちにとって大切な“弟”そのものなのだ。




『…納得して帰るとは思えんが。』

「別に納得してくれなくても良いよ。半殺しにするように努力するから。」





 の声はどこまでも平坦で、ゆったりとしていたが内容は過激だった。

 の力は簡単に人を殺してしまう。捕獲には全く向いていないから、殺さないように努力するしかない。のいつもの雰囲気や容姿に全く似合わぬ過激な発言に、泉は大きな紺色の瞳を丸くして目の前にいる紺色の髪の少女を見つめた。

 小さな背中は、2年半前とあまり変わっていない。




「わたしは、イタチのためならなんでも出来るよ。」




 振り向いたの笑顔は、純粋で、無垢で、幼い頃から全く変わっていない。

 外を何も知らず、害意に触れたことのなかったあの日のまま、ただ純粋に自分が慕うイタチを思っている。彼のためになりたいと願っている。





「彼がそうしてくれたように。」





 イタチが4年前、の白炎のチャクラを肩代わりした時から、はそう思い続けていた。

 彼は自分を助けるために命の危険すら顧みず、を助けてくれた。に沢山のものを与えてくれた。こうして外を歩けるのも、大切な人を守って戦うことができるのも彼のおかげだ。今が感じるすべてが、彼のその行動からなりたっている。

 ただ、屋敷で死にゆくはずだったちっぽけな自分を、命すらも投げ出して救ってくれたのは彼だ。




「それに、わたしもイタチもサスケを愛してるよ?」




 共に過ごしてきた時間は例え不和を産もうとも長い。憎まれようとも愛したことに変わりはない。





「だから、認めてもらわないと。」





 は紺色の瞳で、サスケが歩いたかも知れないその場所を見据える。

 暗い闇への恐怖など、きっとイタチが感じた苦しみに比べれば微々たるものだろう。彼は一族だけでなく弟すらも失ったのだからと、は自分を奮い立たせた。



純情 ( ひたすらおもいつづける )