「…サイ」




 は目の前に現れた男を見て、ため息をつきたくなった。




「なんで、一番に会わなくても良い方に会うのかな・・・・。」

「早く逃げるんです!」

「え?」





 なんでそんなに切羽詰まっているのか分からず首を傾げたが、隣にいた犬神の泉が突然口を開いた。




『水遁、水火弾!』




 廊下の反対側に向けて放たれたそれは、蛇を焼き尽くす。も慌てて透先眼を開いて廊下のまだ向こうを見ると、そこにいたのは大蛇丸の影分身だった。




「…会わなくて良い方にふたりも会っちゃった。」





 はサイに強く手を引かれながら、逃げる。





「あれ?貴方、二重スパイじゃなかったの?」




 そういえばにとってどうでも良かったのですっかり忘れていたが、彼はダンゾウの配下の二重スパイとしてここに入り込んだ可能性が高く、際も大蛇丸がこのアジトに帰る時には一緒にいたはずだった。なんでその大蛇丸から逃げる羽目になっているのだろう。




「僕は、」




 サイが言おうとした途端、はサイを自分の後ろに突き飛ばした。




「白盾」




 一度は自分の目を閉じ、水色の透先眼でその盾を視る。

 それ程大きくはない盾だが、白く濁った水晶に美し銀の彫刻の外枠がついたそれは、雷遁を綺麗にはじき返した。しかし威力をすべて吸い取るような能力は付随していないので、文字通り大きな爆発音と共に周辺の壁が一気に崩れる。

 おかげで地上の光が見えて、光に目を焼かれ、は一瞬目を細めたが、サイに振り返る。




「すごいね、サイ。サスケ連れてきたよ。ありがとう!」




 初めてのお礼に、サイの方が驚いて目を丸くする。それ程に彼女の表情は清々しく、見たことがないほどに明るかった。心から礼を言っているのが分かる。




「…久しぶりだな。」




 低く届く声が中途半端に残っている建物に反射する。サスケはまぶしいのに目が慣れていないのか、顔をしかめて手で傘を作って目を覆っていたが、それをすぐに外す。





「会いたかったぜ。」




 不敵に笑ったサスケの目には、明確な殺気があり、そのすさまじさにサイはびくっと肩を震わせた。まるで盾すらも通り越して、相手を射殺そうとでもするようだ。数時間前にも感じた恐怖に感情ではなく体の方が勝手に反応する。



「久しぶりだね。」




 だが、は別にそんなことは何でもないとでも言うように、久々の友人に会うような弾んだ声で挨拶をした。



「変わってねぇじゃねぇか。」




 吐き捨てるように好戦的に、サスケは言う。

 先ほどの冷たい印象とは違い、そこには恐ろしいほどの激情が感じられ、サイはの背中を眺めるが、彼女が怯える様子は全くない。




「そうかな。みんなには変わったって、言ってもらえてるんだけど。」

「変わってないさ。その忌々しいほどまっすぐな目は。」

「・・・これでも結構昔ほど綺麗ではないんだけどね。」




 はかりかりと頭を掻いて、軽く小首を傾げ、サイを振り返った。




「サイ、さっきの続きが聞きたいな。」

「え?」





 突然話を振られ、サイは自分より背の低いを見下ろす。




「さっきわたしが、二重スパイじゃないのって聞いた時、何か言おうとしたでしょ?」




 は目の前のサスケなど忘れているかのように、サイに問う。





「それは、」





 サイはの紺色の瞳をまっすぐ見つめた。

 同じ目の色をした彼女の父親・斎と出会った時から、サイはこの紺色が大嫌いだった。それは、サイが忘れていた、忘れたいと願っていたものをすべて見透かすからだ。感情や温もり、すべてのごまかしを許さないその瞳が、嫌いだったのだ。

 だから、今なら、それを怖がらずにいられる。




「僕は、サスケ君を取り戻す。」




 ナルトの言う、人との繋がりとやらを信じたいから、





「わかった。」





 はサイの答えに満足げに微笑んで、ひらりと前に手を振り先ほど作り出した、目の前にあった盾を消す。彼女の着物の袖がひらりと優雅に揺れて、目の前のサスケに向き直る。もうは背後のサイを警戒するそぶりは全く見せなかった。





「彼、強いですよ。手はあるんですか?」





 サイはサスケの実力を侮っているわけではない。感情を抑えることに暗部で慣れていたサイが、恐怖を感じるほどの実力者だ。

 彼女の実力は確かに有名であるが、サスケに勝てる程かどうかは分からない。

 恐ろしいほどの覇気を持つサスケに対してには覇気も邪気も、その他強さを感じられる希薄がまったくないのだ。元々気配まで気迫で、それが実力的に劣っているからなのか、それとも逆なのかすらもわからない。計ることが出来ない。




「半殺しは、難しいと思うよ。」






 が返したのは、よく分からない答えだった。




「…それは無理ってことですか?」





 半殺しにすら出来ない程、手が無いと言うことなのかとサイが息を吐くと、が首を横に振って、自分の肩にいた白炎の蝶を自分の指に乗せる。




「逆。」




 ざわりとサイでも分かるほどに、大きなチャクラが動く。


 途端に白炎の蝶が大きく膨らみ、弾け、無数に分裂する。その光景はあまりに幻想的で、しかし背筋が凍るほどの底知れない恐ろしさがあった。






「ちっ、」





 サスケは舌打ちをしてすぐにから距離をとる。






「サイ、後ろから出ないでね。巻き込んだら、殺しちゃうかも知れないから、」






 は短く注意をして、指でいくつかの蝶に合図を送ると、蝶が自分たちの足で白い球体を作り始める。それが収縮された濃い密度のチャクラの塊であることはサイの目からでも分かったが、これほどの圧力をかけてこれらの玉がどうなるのかも分からなかった。数は軽く20は越している。

 の白い手が優雅に振り上げられると、ぴたりと動きが止まる。




「防いでね」



 の軽やかな声が響き渡り、その細い指はゆったりとサスケを示した


 その途端目がちかちかするほどの閃光がサスケに向けて放たれる。サイが呆然とする暇もなく球体はいくつもの周りで製造されている。

 しかし次の瞬間、爆音と共にすべてが弾けた。

 目を焼くほどの光が弾け、辺りが轟音と共にすべて崩れ落ちる。





「赤盾」





 はすぐにそれがサスケの雷遁であると気づき、攻撃を赤みを帯びた瑪瑙の盾で受け流すことによって何とか術自体は防ぎきったが、元々筋力のない彼女は攻撃自体ではなく後から来た爆風の方に吹っ飛ばされた。




「きゃっ!」

姫!」




 慌ててサイがの体を受け止めるが、二人では踏ん張ることも出来ず、なんとか踏みとどまることが出来た時にはかなり元の場所から離れてしまっていた。




「いたたた、ごめん。」





 は慌ててサイの上からのいて、サイに手をさしのべる。




「いや、大丈夫だよ。君の方は?」

「サイが受け止めてくれたから大丈夫だったよ。」





 吹っ飛ばされてあのままであれば受け身もとれず体を壁などにぶつけていただろう。助けてくれたサイに驚きながらも、彼が言った繋がりを信じてみたいと、「僕は、サスケ君を取り戻す」と言う言葉が本当であったことを知る。




「戻るよ。急ごう。」





 この爆発でナルトやサクラも気づいただろう。当然ながらカブトや大蛇丸なども、何かおこったことが分かったはずだ。

 早く戻らなければ、ナルトやサクラのリスクを上げると言うことを、サイは知っていた。




信用 ( しんじること )