アスマはにとって、病気で家にずっといた幼い頃によく来てくれた昔なじみの一人だった。イタチにとっては何度か任務を共にしたことのある同僚で実力もあり、面倒見の良いが鬱陶しくない先輩、そういう、当たり障りのない人だった。




「アスマさん、煙草やめました?」




 イタチは任務が終わり、待機所で本を読んでいた時に、ふと、アスマに尋ねた。

 彼は愛煙家で、常に煙草を持っている。煙草の薫りを常に纏っているわけだが、今日はその匂いがしないし、いつもポケットに入っている煙草も、この間から数が減っていない。




「ま、心境も変化かな。」

「結婚したからですか?」

「そういうわけじゃないが。」

「そうですか。」




 アスマの答えは腑に落ちなかったが、元々イタチは他人に早早深く興味のあるタイプではない。それに応えるのが嫌なのなら別に答えてもらわなくても困らない程度の関心事だったので、イタチは持っていた本にすぐ目を戻した。 

 逆に話が続かなかったことにアスマの方が驚いたようで、脱力したようなそぶりを見せた。




「イタチ、食いに行かないか?」




 珍しく、アスマの方からイタチに声をかける。




「あの、俺、、待ってるんですけど。」




 今何故イタチが待機室で待っているのは、が綱手へと報告書を渡したらここにやってくると分かっているからだ。時間が合う時は一緒に帰るのが二人の自然な決まり事で、それは特別なことではなく昔からだった。

 アスマも重々それを承知である。





とも最近話していなかったから、上忍にもなったし、驕ってやりたくてな。酒を驕るから。」

「俺はおまけですか。」




 が忙しくなって、任務で会うことはあっても、アスマが個人的にに会うことは少ない。また、イタチとアスマはちょくちょく任務で一緒になるため、彼氏であるイタチへを放置してを誘うことへの遠慮もある。なんだかんだ言ってアスマは真面目で、イタチの感情にも配慮してくれるから、イタチは彼が普通に好ましいと思っていた。





「良いですよ。俺も驕ってくれるなら。ただ酒じゃなくて夕飯と甘味が良いです。」

「おまえ、本当に甘いもの好きだな。」




 アスマは呆れた目でイタチを見る。

 そのハンサムながらも渋い顔で三色団子を食らっている姿は、可愛らしいような恐ろしいようなで、いつ見てもミスマッチだ。イタチはいつも自分の師を“子どもっぽい”と言っているが、イタチも十分甘味を貪るその姿は師に通ずるものがある。




「酒は嫌いじゃないですけど、がいますからね。」




 男二人ならともかく、酒臭いところにを連れて行くのは抵抗があるのだろう。

 イタチは今年で21歳になるが、はまだ16歳。酒屋に連れて行くには気が引ける。どうせならも甘味の方が喜ぶはずだ。




「でもまさか美人の紅さんと結婚するとは思いませんでしたよ。」




 イタチは本をぱたんと閉じて、アスマに言った。

 昨年アスマは若手でもかなり成長株だった紅と結婚した。彼女はイタチの目から見ても面倒見が良く、実力もある忍で、しかも容姿も美しい。アスマは確かに良く気がつくし優しいが、そう言ったものを表に出すのが苦手なところがあり、一体あの美人をどうして射止めたのか疑問だった。




「おまえの口から美人なんて言葉が出てくるのに俺は驚いたよ。」

「失礼ですね。俺は美醜の区別くらいついてますよ。」

「だっておまえ、にしか興味ないだろ。」




 アスマはかりかりと頭を掻いて、イタチを見る。

 この見目麗しい、もう青年と言っても良い年頃の彼は、少なくともアスマが彼を知りだしてから一度たりとも他の女性をまともに恋愛対象としてみたことはないだろうと思われた。気づけばにぞっこんだったのだ。女遊びを一度もしたことがないとはこの容姿だし、絶対に言わないが、それでもイタチは昔からしか見ていない。

 その容姿とクールで頭脳明晰な性格からイタチはかなり女性から人気があったが、女性が遠巻きになる程に、を愛していると公言して憚らない。もうここまでいくといっそ清々しいというほどの溺愛っぷりだ。そんな以外アウトオブ眼中のイタチの口から他人に対して“美人”なんて言葉が出てきたことにアスマはびっくりだった。




「まぁ、否定しないですけど。」




 にしか興味がないという所は、否定しないのか。アスマは突っ込みたくなったが、突っ込んでも無駄だろう。その端麗な容姿ととろけるような笑顔で、にこやかにのろけを吐くに違いない。聞くだけ無駄だとつきあいが長いだけによく知っていた。




「うまくいってるのか?」

「俺は比較的とうまくいかなかったことはないと思うんですが。」

「確かにな。」




 イタチの自信が頷けるほど、とイタチが大きな喧嘩をしたのを見たことは誰もない。小さな喧嘩はたまにしているが、それは次の日に響くような物では無く、うまくいっているのか、なんて普通の質問は、正直イタチとにはあまり相応しくなかった。




「おまえらのつきあいは、俺達よりも長いもんな。」





 正直アスマが紅とつきあう前から、イタチとは思いあっていたし、明確でなかろうがつきあっていた。そう思えば何やら不思議な気分で、アスマは笑ってしまった。





を、大切にしろよ。」

「何を今更。」

「おまえ本当に可愛くないな。」

「20歳過ぎて可愛いなんて言われてもね。しかも男ですよ。俺。」




 そう言って、イタチはにっこり綺麗に笑って本を自分の荷物の中にしまった。

 相変わらずクールでかわいげのない男である。後輩と言っても実力的には既にイタチはアスマ以上であるから、仕方ないのかも知れないが、流石にそこまで言われると傷つくものがある。彼を手玉にとっている斎は本当にへらへらしながらも、恐ろしい人物なのだと良く思う。




「イタチ−、お待たせ。」




 待機室の扉が開き、が入ってくる。

 は長い紺色の髪を一房残して緩く後ろで一つに束ね、膝丈でふんわりと膨らむスカートのような着物を着ている。今日は薄い水色の絣で涼しげだった。家紋が二つ、背中には浮かんでいる。





「あ、アスマさん、久しぶりだね。元気だった?」




 はアスマの姿に笑って尋ねる。




「あぁ、その、えっと、」




 アスマはどう誘って良いのか分からず、結局言い出せぬまま、イタチを見る。イタチは笑って立ち上がり、の手を取った。





「今日はアスマさんが驕ってくれるらしいぞ。」

「え?なんで?」

「おまえの上忍祝いをまだしてなかっただろ?」

「あぁ、そんなの良いのに。むしろ結婚したからこっちが祝わないと。」




 はアスマににこっと笑う。




「でも、おまえからもおまえの家からも、しっかり結婚祝いもいただいたからな。」




 アスマは手をひらひらとさせて言った。

 確かにアスマは去年結婚したが、その際にから個人的にアスマも紅も祝いをもらっただけでなく、の父である斎からも個人的に、また蒼・炎一族の連名でも結婚祝いをもらっている。アスマと斎は確かによく会っていたが任務でお世話になったことはあまりない。それなのに丁寧な祝いをもらったのだから、礼を言いたいのはこちらの方だった。




「で、今日は夕飯と甘味を驕ってくれるらしいぞ。」

「え?本当?」





 は嬉しそうに目を輝かせる。





「でも、良いの?紅さんいるでしょ?」

「紅は今日は友達と食事をしてくるらしい。」





 生憎愛妻は留守と言うことだ。





「そっか。アスマさんしあわせ?」





 が無邪気な笑顔で尋ねる。昔からあまり変わっていない柔らかな笑みにアスマは少し考えるそぶりを見せたが、迷いなく頷く。




「あぁ、幸せだ。」




 妻がいて、幸せな生活がある。そしてこれからの未来もまた同じだ。

 とイタチは顔を見合わせて笑いあってから、アスマを見たが、ふっとが眉を寄せて、紺色の瞳を瞬いた。




「なんか、やな感じがした。」




 唐突にがそう口にして、自分自身でもその感覚が納得出来ないのか、首を傾げる。

 彼女の言葉の示すその意味をイタチとアスマが理解したのはもっと後のことだった。



予感