は倒れて手当を受けているアスマの様子を見下ろす。




「遅くなってごめんなさい。」




 が声を震わすと、イズモがの肩を叩いた。




姫、君のせいじゃないよ。」




 少なくともが引き連れている小隊がやってこなければ、イズモ、コテツを含めてアスマ班は全滅だっただろう。それは間違いないことで、イズモとコテツにはを責めることは出来なかった。また、彼女の指示は間違いなく的確だったのだ。

 は奴らの居場所を知った時に「援護を待ってからの方が良いのでは無いか」と提案してきていた。それを、敵を逃がしてはならないという判断から先に交戦を始めたのはアスマだった。とはいえ、たちが来てから交戦を始めたとしても結果は同じだったかも知れないが。




「でも、」




 はぐっと自分の拳を握りしめる。もっと早くついていればと思う心は止められない。




「いの!医療忍術で!!」



 シカマルが指示をする。いのは戸惑った顔をしたがすぐに医療忍術を試みた。ただあまりの出血量には驚き、眉を寄せる。

 はアスマの近くに膝をつき、アスマを見下ろす。

 には医療忍術など何も分からないが、蒼一族的なの勘がこれは既に致命傷で助からないと言っていた。漆黒の瞳は既に死の色が窺える。闇の飲まれそうな瞳が見ているのは既に今ではなく“未来”のような気がした。

 が思わず眉間に皺を寄せると、彼にも分かっていたのだろう。彼は小さく笑った。




「無理は、するな。」




 低い声で言われ、は目を丸くする。




「おまえはひとりで背負いすぎる。」




 力のない手が、が膝の上に置いていた手をぽん、と叩く。まだその手は温かく大きくて、はぐっと唇を噛んだ。

 命はまだここにあるのに、自分たちには既に彼を助ける術がない。




「もう、良い、」





 医療忍術を試みていたいのにアスマは目を向ける。






「俺は、もう駄目だ。」

「でもっ、」

「おまえたちも、わかってるはずだ。」





 諭すような、静かな声音だった。重くて低いけれど、とても優しい、労るような声にいのは言葉を失い、ぼたぼたと涙をこぼす。もう無理だと、いのにも本当は分かっていたのだろう。





「3代目のしたことが今になってやっと分かった気がする。」





 死に揺れる瞳が、自分の父親だった男を映す。





「おれはいつも遅すぎる。最後になってやっと意味が。」





 アスマの父親は3代目火影猿飛ヒルゼンだった。

 彼は時にそれに反発し、里を出たことすらあると聞いている。今は里にいて、こうして忍としての任務に就いていたが、彼にはもちろん木の葉崩しに関しても彼の思うところがあったのだろう。父親に対して、そう、父親の死に様に対して。

 そして、今、自分の死に様に対して。




「三人に、最期に言っておきたいことがある。」

「しゃべっちゃ駄目だよ、アスマ先生!」





 涙を流していたチョウジが、必死の形相でアスマに訴える。だがその声をシカマルが遮った。




「アスマ先生の最期の言葉だ、しっかり聞け。」




 は立ち上がり、師弟の別れを邪魔しないようにと一歩後ろに下がった。

 コテツはそんなの背中をそっと撫でる。それがにとっては温かすぎて、優しすぎて、堪えきれずには俯いた。勝手に涙がこみ上げてきて、任務中だから、隊長だからと思う理性を押し崩して、雨のように溢れてくる。





「いの、おまえは気が強いが面倒見の良い子だ。チョウジもシカマルも不器用だからな、頼む。」

「はい。」





 いのは何とか涙を堪えながら、アスマを安心させるように力強く頷く。




「それからサクラには負けるなよ。忍術も恋もな。」




 小さな笑みとともに彼は告げる。

 いのとサクラは仲も良いが、喧嘩をする時は恐ろしいほどお互いにいがみ合うライバル関係にもあった。それをよく知っているアスマらしい励ましでもあった。





「チョウジ、おまえは優しい男だ。誰よりも強い忍になる。自分に自信を持て、それと、少しダイエットしないととな。」

「うん。がんばってみる。」




 消極的で、自信のないチョウジらしい言葉で、彼は師の最期の言葉を受け取った。

 そして最期に、アスマはシカマルへと視線を向ける。彼は泣いていなかったが、真剣な面持ちで彼の言葉に、耳を傾ける。




「シカマル、おまえは頭が切れるし、忍としてのセンスも良い。火影にも慣れる器だ。面倒くさがり屋なおまえは嫌がるだろうが。」




 やる気もなく、面倒くさがりでそれ程アカデミーの成績も良くなかった。そんなシカマルに誰よりも期待していたのは、アスマだったのかも知れない。

 彼は良く、シカマルのことを知っていた。





「将棋、一度も勝てなかったな。」





 アスマはふっと自嘲気味に小さく笑う。





「そういや、玉の話、」




 静寂にかき消されそうな程小さな声で、彼はまだ動く指を振った。





「あれが誰だか教えてやる。耳を貸せ。」




 耳を寄せるシカマルに彼は何かを呟いた後、真剣な目で自分のすべてを託すように、彼はシカマルの目を見ていった。




「頼んだぞ。シカマル。」




 曇天が、のしかかるような色合いですべてを塞いでいく。




「けど、もう良いだろ。最期の一服を、」




 アスマはそう言って、自分のポケットを示した。シカマルが彼に煙草をくわえさせ、火をつける。じじっと鳴る小さな燃える音共に、煙が吐き出される。




 ―――――――――――アスマさん、外で吸ってください。は呼吸器官系が弱いので。




 が幼い頃、屋敷の中で病を抱えるを哀れに思って、彼はよくの所に見舞いに来てくれていた。あまり関係なかったというのに、一度に会ってしまうと可哀想でたまらなくなったのだろう。2週間に一度は来て、話しをしていった。

 たまに煙草を炎一族邸で吸おうとするとまだ幼いイタチに仏頂面で言われたものだった。それでもイタチに言われた後、彼がの前で煙草を吸おうとしたことは、一度もない。彼は優しく、強く、少し奔放でつかみ所が内容にみせながらも、非常に思いやりがあり、忠実な人間だった。

 アスマは少し不器用だったが思慮深く、強く、いつも他人のことを大きな心で寛大に見守ってくれる優しい人だった。




 ぽたぽたと、曇天の空から雨が落ちてくる。



 それと同時に彼がくわえていたタバコがぽたりと地に落ちた。煙だけが辺りにふわりと立ちこめるが、そこにあった魂は、もうない。




「先生!!」





 いのの悲鳴のような叫び声とともに、嗚咽があたりに響き渡る。

 いのがアスマの遺体に縋り付き、チョウジも声を上げて中、任務中だからと我慢していたも堪えきれなくなって、声を押し殺すことも出来ず、声を上げながら目元を必死で擦った。

 そんなの頭をイズモが抱き寄せて、くしゃりと撫でる。

 彼もまたアスマと共にの元によく訪れてくれた忍であり、任務にも何度も一緒に出ていた。アスマとの思い出はきっとなどよりもずっと沢山あるだろう。




「忍らしい、最期だった」




 ぽつりと言って、空を見上げる。

 空も悲しむような土砂降りの雨で、激しさを増すばかりだ。涙だけでなくすべての血も洗い流すような勢いに、体温すらも奪われていく。




「これだから煙草は嫌いだ。」





 シカマルは雨に負けそうな声で、呟く。




「煙が目にしみやがる。」




 その言葉の最後は、掠れきっていた。

 3代目火影の息子、10班の隊長であり、シカマル、いの、チョウジを育て上げた猿飛アスマは強い雨の日に、仲間を庇ってなくなった。享年31歳だった。







敗北