たちがアスマの亡骸と共に帰還すると、里中にアスマの死と葬儀の連絡がなされた。




「そうか。」




 綱手は重たい口を開き、や他のものの報告に耳を傾けていた。

 紅への説明はシカマルがすると言うことだったが、それでも問題は何も解決していない上、アスマは亡くなった。

 人の死とはいつも悲しいものだ。





「…、」





 綱手は自分の弟子の泣きはらした目を見て、小さく息を吐く。

 が親しいものの死を目の当たりにするのはこれが初めてだったかも知れない。またもシカマル達と同じくアスマを看取ったという。にとって初めて指揮した作戦である。彼女の精神的な負荷を考えれば、可哀想なことをしたと思わず綱手は思った。





「なんて顔をしてるんだい。おまえのせいじゃない。」




 綱手はくしゃりと火影の執務机から身を乗り出し、の頭を撫でる。




「いつも言っているだろう。後悔はするな。終わったことは精一杯のことをやったと思え、そして後悔があるならこれからはそうしろ。」




 は元々自信がないから、今回の死に思う所は多いかも知れない。しかし彼女は彼女の出来ることをしたのだ。




「・・はい。」




 の返事は消え入りそうなほど小さかった。やはりショックだったのだろう。





「少なくとも、がいなければ、俺たちは全滅してた。」





 シカマルはぼそりと言って、拳を握りしめる。

 もしあの場にやってきたのがでなく、他の隊であればおそらく全員がアスマと同じ道をたどっただろう。今回の小隊編成で一番強かったのは近距離戦闘においてはアスマである。そういう点で同じ近距離戦闘を旨とする飛段が相手だったのは、アスマにとっては運が悪かったとも言えた。が飛段の相手であれば、怪我をする前に奴を燃やして終わりだったはずだ。

 とはいえ、どちらにしても先に交戦を始めたのはアスマであり、アスマが倒れたあの場所で、が遠距離の天才であり、あの場で間合いをとるための壁を作ってくれなければ、増援も含めて全滅は免れなかった。




「弱いのは、俺だ。」





 力がないのは、ではなくシカマル自身だ。

 足止め役にもなれない。時間も稼げない。力がなく、アスマが倒されてしまったために、焦りのあまり冷静さまで欠いた。あそこで率いる増員がなければ、全員がアスマの死を無駄にすることになっていただろう。





「…しか、まる?」





 は小首を傾げ、シカマルを見上げる。




「報告ご苦労。よく頑張ってくれたな。ひとまず、おまえらは下がれ。、おまえは残れ。」




 綱手は疲れているだろうと全員に労りの言葉をかけた後、を除いて全員を下がらせる。シカマルらがそれぞれの思いを胸に帰った後、すぐに小さなノックが響いた。




「綱手様。」

「シズネか、入れ。」




 呼ぶ声に気づいて、綱手が顔を上げると、シズネとその後ろからイタチが入ってきた。




「“樹”の暗部の、構成リストです。」




 イタチが綱手に持って来た書類を渡す。

 おそらく暗部率いるの父・斎からのものだろう。だから斎の弟子であるイタチが持って来たのだ。相手の特殊な能力が既に分かっている以上、今から暗部も入れて、相手の攻撃に対して有益な能力を持つ人間だけの小隊を組み直すつもりなのだ。




「…?」




 イタチは綱手に書類を渡してから、気遣わしげに浮かない顔をしているを見る。




「ぃ、いた、」





 はイタチが仕事中だからと思って抱きつきはしなかったが、イタチの顔を見れば堪えきれなくなってしまったのだろう。俯いて着物の裾を握りしめ、声もなくぽろぽろと涙をこぼした。驚いたのは事情を知らないイタチの方で、戸惑ってはいたが、窺うように綱手の方を見る。

 要するに自分は仕事中だが、を慰めても良いのかと言う確認だ。

 綱手はこういう時にまで仕事優先の姿勢を見せるイタチとの真面目さに少し呆れながらも手をひらひらと振って、イタチの勝手を容認した。




、」




 イタチはを抱き寄せ、あやすようにぽんぽんと規則的に背中を叩く。





「どうした?」

「ぁ、ぁす、アスマさん、が、」





 嗚咽に混じって、は一生懸命説明をしようとするがしゃくり上げてうまく説明できないままに結局イタチの肩に顔を埋めた。




「アスマが亡くなった。暁だ。」





 涙のあまり声の出ないにかわり、綱手がイタチに説明する。

 イタチもが今回くまれた20小隊の一つの小隊長として参加しており、現場での指揮を任されていたことは知っている。しかし、敵が予想外に強かったことと、アスマが殺されたことによって小隊は基本的に全部引き上げてきていた。




「アスマさんが、やられるなんて。」




 イタチも驚きを隠せなかった。

 アスマは守護十二士の称号を持っていたほどの手練れで、近距離戦闘が得意のはずだ。彼がやられるとなると、小隊をかなりの実力者で組まなければなくなってくる。順当に行けば里で十の指に入る実力者でと言うことだ。もちろんアスマもその中に入っていたが、彼は既にいない。




「斎先生か俺が出ましょうか?もしくはカカシさんか、テンゾウさんか、雪さんか。」




 イタチは手練れの名前をすらすらと挙げていく。

 交戦したと言うことは既に能力は分かっているのだろう。一人の手練れを小隊長に、相手に対して有益な能力を持つ者を中心に隊を組むのが妥当だろう。




「雪は別件で出払っとる。ヤマトとカカシは今ナルトの修行に就きっきりだ。斎には今は里から出て欲しくない。」




 綱手は額に自分の手を当て、大きなため息をつく。

 の母、蒼雪は今任務で里にいない。ヤマト、カカシは今ナルトから離せば、九尾が暴走した場合、手に負えなくなる。斎は暗部の親玉であり、彼を里から出してしまえばいざとなった時に、綱手一人で対応できない事態になれば出てもらわなければならない。ましてや遠目の力を持つ彼は里の防衛に重要な存在であり、絶対に里の中にいて欲しかった。




「いざとなったら、おまえとに出てもらう。」




 イタチは先日最後の手術を終えたばかりで本調子ではない。とはいえ、手練れはそれ程たくさんいる訳ではなく、可能性として高いのはイタチを中心とした小隊を組まざるえない。

 単純に能力として有効的な対抗手段を持っているのは、現実的に見てこの二人だ。




「わかりました。」




 イタチはを抱きしめたまま、大きく頷く。




「もし組むなら、誰が欲しい。」

「…誰もいりません。迂闊な連携をすれば逆に死にますよ。もし連れて行くなら、です。」




 の白炎に巻き込まれれば、誰も無事では済まない。イタチはの伴侶として与えられた首飾りで無事でいられるだろうが、他の人間は不可能だ。しかし相手が不死であるならば、その利点をフルに使うしか勝つ術はないし、イタチとは模擬戦もしている。幼い頃から常に共にあった仲だ。恋人同士でもある。

 お互いにお互いの手は知っているが、他の人間であればそれは違う。





「ただ、それで納得出来ますか。」




 イタチはシカマルを思い出して綱手に言う。





「俺が彼らの立場なら、納得出来ません。」




 がいの、チョウジと共に任務に出たことをイタチは知っている。そしてシカマルがアスマの班に入っていたことも。いの、チョウジ、シカマルがアスマの教えの元、下忍時代に同じ班だったことも承知だ。彼らにはアスマに対する特別な思いがあったことだろう。

 やりきれない気持ちは、間違いなくの比ではない。




「何をしてでも、行くでしょう。」




 仮に斎が誰かに目の前で殺されたとしたら、多少無理をしてもイタチは殺した相手を殺しに行き、勝利することに全力を注ぐだろう。そしてそれは師を超えるという意味合いも持つ。




「もしも、次に小隊を作るならば、彼らに隊長を与えるべきです。」




 イタチは出過ぎた進言だと自分で分かっていたが、言わずにはいられなかった。




「…中忍三人に上忍一人でやるのか?そんな無謀な。」





 綱手は肘をついて、手を振った。

 上忍三人、下忍一人ですら勝てなかったのだ。そんな無謀な班の編制があるだろうかと綱手は思う。冷静なイタチらしくない。




「でも、ある程度相手の能力のデータは、とれてるんですよね。」




 イタチは賢い。情報が武器であると言うことを一番理解し、利用するのを得意としている。




「どちらにしても見張っとかないと、行っちゃいますよ。」

「だろうな…。」




 綱手はため息をついて机に突っ伏す。

 受け入れがたい死であることは、綱手にも重々承知だ。ましてや目の前でとなればシカマルの後悔の念は計り知れない。綱手も自分の無力さを思い知った遠い日がある。

 だからこそ、どうやって止めたら良いのか、途方に暮れた。





後悔