町中でシカマルに会ったのは偶然だった。





「わたし、他の暁を倒しに行くことになっちゃった。」





 は目を伏せてシカマルに言う。

 基本的に任務は四人で、おそらくシカマルは能力的にも飛段に非常に強く、手も沢山持っているに隊長を頼む気でいただろう。アスマがいないのでは隊長不在での任務は流石に難しい。とはいえ、シカマルも事情は理解しており、首を振った。




「仕方ねぇよ。それに暁に今、対抗できる人材は斎さんを里に残せば、イタチさんとしかいねぇ。」




 別ルートで暁が二人来ているとなれば、へたな小隊では全滅どころではすまない。木の葉に来る前に止められなくなる。

 カカシ、ヤマトがナルトにつきっきりの状態で、少なくとも里の防衛のために斎を里に残さなければならない現状、あと打って出られるのはイタチだけだ。そこにを入れたのはおそらく綱手がを里の手練れの一人として認めたと言うことだ。

 それだけ、の存在は重要だと言うこと。




「ねえ、シカマル。わたし、大丈夫かな…。」




 相変わらずは自信がないのか、しょんぼりと項垂れていた。隣のイタチは苦笑している。




「大丈夫かって、綱手様が言ったんだろ?おまえはくだらねぇこと心配しすぎだ。」




 シカマルは軽い調子で言って、手を上に上げる。

 昔からは戦いには消極的で、あまり誰かに頼られるのが苦手だ。自分一人だったらいくらでも強くなれるくせに、状況が切迫すれば人を守るために誰よりも強くなれる、そして誰よりも強い力を持っているのに、あまり、自分を信じていない。

 だから、シカマルが彼女に与える言葉は決まっていた。





「今回だって俺はおまえに助けられたんだぜ。」




 がいなければ、角都と飛段を止めることは出来なかった。アスマの遺体は奪われ、最期の言葉の一つすらも聞くことが出来なかったかも知れない。





「俺はおまえに感謝してる。」




 悲しい別れだったとしても、その時間をくれたのは、確かにだったのだ。




「…役に立てるかな。」

「立てるに決まってんだろ。ですよね、イタチさん。」

「あぁ、少なくとも俺では敵を見つけられないからな」





 イタチは頷いての背中を軽く叩く。

 の透先眼がなければ少なくともイタチは敵を見つけられない。そういう点では索敵能力の高いとイタチのセットというのは正解なのだ。イタチは近距離戦闘にも体術、須佐能乎の使い方に長けているため、中長距離戦闘が得意で近距離戦闘が苦手のを補うことはたやすいだろう。





「明朝には俺たちも出る。おまえは気をつけろよ。」





 シカマルは笑っての肩を叩く。

 中忍であるシカマル達がアスマもやられた飛段や角都とやり合うのには、覚悟だけではなく相応のリスクが伴う。それはまた、暁の残りの二人と戦いに行くも同じだった。お互いにこれが最期の会話になるかも知れないのだ。そうだったとしても、言う言葉はお互いに変わらない。





「気をつけてね。シカマル達も。」

「あぁ、おまえもな。帰ってきたらまた、だ。」





 シカマルは手をひらひらさせて、去って行った。その背中はいつも通り小さいはずなのに、酷く大きいものに見えた。



















 榊は約束もしていない来訪だったが、イタチとを快く迎えてくれた。




「茶、だ。」




 相変わらず感情の分からない無表情だったが、親切にとイタチに茶菓子まで出してくれる。




「あ、構ってくれなくて良いぞ。」




 イタチは思わずそう言った。榊はイタチより少し年上だ。イタチとしては気が引けたらしいが、榊が気にする様子はない。




「どう?楽しくやってる?」




 はいつも通り榊に尋ねる。

 数年前、とイタチが任務で榊を助けた時、彼には“名前”がなかった。風の国の神の系譜“飃”の当主には名がないらしい。だが不便だからと、が近くにあった木の名前をとって榊としたのだ。




「あぁ、修行は楽しい。特に甘味はうまい。」

「同意するな。俺もしたいぐらいだ。」




 もちろんイタチは忍なので暇があればの話であるが、イタチとしてはただで甘味が食べられるのであれば忍より魅力的かも知れないと心から思う。ましてやあの美味しい甘味が自分で作れるようになれば、食べ放題だ。




「綱手様から、聞いた。」





 榊はとイタチの前に座り、息を吐く。緑色の髪の人間が飃の一族の者なのか、それを二人が確かめに来たことを、知っているのだ。

 薄緑色の中途半端な長さの髪を掻き上げ、彼は頷いた。




「うん。弟、だと、思う。」

「弟?」

「…俺も、あいつも人が嫌いだ。」




 榊は静かに答えて、自分の手を見つめた。それをイタチは複雑な思いで眺める。

 榊は木の葉で忍として働くことは出来ない。

 それは彼が人を憎むような台詞を助けられた時に達に吐いたことがあるからだ。彼は力故に大蛇丸に捕らえられ、媒介として利用されていた。どういった生活をしてきたのか、イタチには分からないし、神の系譜の多くが里や人間とか関わらないから、彼らが人間として育ってきたかどうかも知らない。

 今、彼はどう思っているのか。

 イタチは少なくとも、アルバイトをしながら不器用なりにも生活している榊が、未だに人間を恨んでいるとは思いたくなかった。




「俺たちは、風の国の森の中で不老の薬として育った。」




 榊はぐっと自分の腕に爪を立て、思い出すのも辛いとでもいうように、押し出すように口にした。

 榊も神の系譜の例に漏れず莫大なチャクラを持っており、それが自分たちの血に宿っている。莫大なチャクラを宿す血は怪我を瞬く間に治し、不老の薬となると言われていた。定期的に暴力を振るわれ、血を搾取されている生活の中で、弟と榊は人を、世界を憎んでいた。





「奴らを殺して逃げ出した後も、俺は、自分が人間だと言うことを知らなかった。別のものだと、長く思っていた。」





 チャクラが多いため、榊の怪我はすぐに治る。

 自分と人間は髪に色も違う、彼らも自分たちに暴行を加え、化け物と罵っていたから、自分と弟は化け物の血筋であり、別種の何かだと思っていた。だからこそ、自分たちに酷いことが出来たのだと、そして別種の“人間”を憎んでいた。





「おまえを見るまでは、な。」




 榊はを示す。

 大蛇丸に結界の媒介として繋がれ、血を利用され、ただ生かされ、ひたすらチャクラがつきて死ぬのを待っていた時、初めてを見た。

 結界の中にイタチやサスケと共に入ってきたは、白炎の蝶を連れており、莫大なチャクラと独特の雰囲気からすぐに自分と同じ神の系譜であることが分かった。彼女も自分と同じ化け物だったはずなのに、洞窟が壊れそうになった時、イタチはに叫んだ。




 ――――――――――





 そう言って、に共に出ることを促した。

 もしも利用するだけの化け物相手ならば、自分が我先にと逃げていくだろう。でも彼はを呼び、が榊を助けるために洞窟の中に戻ると、一緒に手伝うために榊にまで肩を貸した。また彼の弟もが言えばそれにならった。



 よく分からなかった。 



 彼女は化け物だ。自分と同じ化け物なのに、その化け物を助けようとするイタチが、他の人間が、増援の人々が、本当に心から榊には分からなかったのだ。

 炎一族に保護されて大人しく彼女の家にいたのは、最初その疑問を解決したかったからだった。しかし炎一族は普通に宗主の友人として榊をもてなしたし、イタチも榊を怖がるそぶりはなかった。は確かに化け物だったのかも知れないが、普通の人間として普通の生活をしていた。

 それが、“普通”で自分が異常だったのだと榊が分かったのは、炎一族に来てからかなり過ぎた頃だった。

 化け物と人間が一緒になれることなどありはしないと思っていたのに、炎一族の宗主である蒼雪は人間と結婚し、また生まれたも人間であるイタチを思っている。それで初めて榊は、自分が“化け物”ではなく、“人間”であることに気づいた。





「…俺には名がなかった。俺と弟、要するに俺とおまえと呼ぶ人間しかいなかったんだ。」




 気づいた時には榊には両親は既に亡く、弟と自分しかいなかった。

 名前というものがなくても、弟と自分が呼び合うには“俺とおまえ”で十分だった。それ以上でもそれ以下でもない。

 榊が大蛇丸に捕まった後、逃がした弟がどうなったのかは知らない。しかし世界を、他人を憎んで暁に入ったというならば、頷くことの出来るだけの理由が、榊の弟には十分あった。




「殺しても構わん、だが、顔だけは見たい。」




 今から暁の討伐に赴く彼らの重荷になることだけはしたくはない。

 だから榊はそう言うに留めた。

 今でも砂隠れの里が自分にした仕打ちを思い出し、里に協力する気には、榊にはなれない。今は力を使い、周りの人の目が変わるのは怖いから。でも、本当は“榊”になった自分はもう一度弟と話してみたい思う。

 力なしならばいくらでも当たり前のように受け入れてくれる人がいると言うことを、知ったから。









愛情