イタチは刀を鞘に戻しながら、眉を寄せた。




「口寄せかな。」

「そんなこと可能なのか?チャクラを燃やす白炎から逃れるなんて。」

「…気づかれるのが、早かったのかも。」




 鱗粉から白炎に変わる瞬間なら可能性はないことはない。だがどちらにしても、見渡す限り彼がいた形跡はないし、少なくとも透先眼で視る限り、50キロ圏内にはいないようだ。また一人で九尾を襲うのも難しいだろうから、一旦体勢を立て直すとみて間違いないだろう。




「ごめん、もうちょっと早く展開できれば捕まえられたんだけど。」




 鱗粉から白炎に変わるまでに3秒はタイムラグがある。それがにとって最大の弱点だ。そのためにビーム上の閃光や歩あの術を駆使しているが、それでも上級者同士の戦いとなると3秒のタイムラグが大きい。だが、弱点が分かっているのなら、それを利用する手だってある。




「安心しろ。ひとまず任務は達成だ。」




 あくまで今回の目的は迎撃であり、少なくとも一人の暁を殺し、里への攻撃を阻むことが出来た。二人の任務は一旦終わりである。




「それに、予想外の成果を得た。」




 イタチは写輪眼と透先眼を元の漆黒の瞳に戻し、結界の中に閉じ込められている、薄緑色の髪の男に目をやった。

 肩まである長い髪に、貼り付けた彫像のような無表情。暁のマントを羽織っているが、背丈はあまりイタチと変わらない。年の頃もおそらく、榊よりいくつか年下なら、イタチと同じくらいだろう。イタチが以外の神の系譜を見るのは、堰家の要以来だ。

 とはいえ、同じ神の系譜であり、今の炎一族の宗主である蒼雪ですら、風の国の神の系譜飃の出身者を、榊に会うまで一度も見たことがなかったと言う。

 神の系譜のあり方は国によって様々だが、多くは里とも関わらずに生きている。

 今現在確認が取れているだけで、戦乱の中で滅びた翠を除いて直系が存在していると言われる。特に土の国の堰と火の国の炎は明確な縁戚関係にある。だが、炎一族が把握しているのは堰だけであり、そのほかの神の系譜がどうなっているのか、どういった形式を持っているのかすら、知らない。




「…貴方は、」





 は結界の外から大人しく捕まっている男を見て口を開いたが、どう声をかけて良いか分からなかったのだろう。口を閉じてしまった。






「おまえが、神の系譜・飃だな。」





 イタチはをざっと見回し、着物についた埃を払ってやりながら、一応確認する。






「あぁ、人間。」





 男は端整な顔立ちを歪めてイタチを睨み付けた。憎悪のすべてをすべて注ぐような殺意には目を丸くしたが、イタチは素知らぬ顔で受け流し、続ける。





「一応、俺たちはおまえを、連れ帰ることになる。暁のことについて、情報を得られないと困るからな。」





 イタチに対して男は敵意を見せているが、に対してはそれ程ではないから、が話した方が早いだろう。イタチがを見ると、は恐る恐る口を開いた。




「初め、まして、わたしは神の系譜・炎一族の東宮、次の跡取りだよ。名前は、。」





 やはり男はに対しては敵意を感じないのか、僅かに目を伏せた。

 彼にとってはもしかすると初めて会う、神の系譜なのかも知れない。とて人生の中で二度しか他の神の系譜に会ったことがない。ましてや榊から両親などと言う記憶はなかったと聞いているから、“繋がり”はどこにもなかっただろう。

 名前すら、榊は持っていなかった。弟である彼にも名前がないだろうから、もイタチも彼に名を問わなかった。飃というのは、名ではない。あくまでそれはただ、神の系譜の姓を表すものに近い。





「こんな形で会うのは初めてだから、なんて言ったら良いか分からないけど、」





 は結界に手をそっと添える。





「わたしは、貴方と会ってみたかったよ。」





 基本的に神の系譜同士に繋がりはない。よほど特別な理由が無い限り一代に一度も会わないのが普通だという。国も違うので、国と関わらないものが多いとは言え、戦争に巻き込まれないためにも連絡を取り合わないことがほとんどだ。

 だが自分と同じだと言われる存在たちに会ってみたいと思うのは自然な感情だろう。





「腕を、切り取ってしまってごめんなさい。」





 は目じりを下げる。迎撃の任務のためとはいえ、飃の腕を切り取ってしまったことに対して、は申し訳なく思っていた。





「…しばらくすれば、また生える。」




 彼は素っ気なくに返すが、またイタチに視線を向けて嫌そうな顔をした。





「おまえは何故、人間と共に戦っている。」




 唐突な質問に、のほうが首を傾げる。




「何故?」

「おまえは人間じゃない。おまえが俺と同じ存在なら、俺たちは化け物のはずだ。」

「ばけ、もの?」





 は小さく心が痛むのを感じた。

 それはナルトが小さい頃、そう言って大人に冷たい視線を送られ、虐められているのを見たことがあるからだ。自分がナルトと似たようにチャクラが多く、人と違うことをは心のどこかで知っていた。でも、見ないようにしていた。

 ぎゅっと胸元で拳を握りしめる。




「化け物、誰が、だ?」




 イタチが口を開き、震えるの肩を引き寄せる。





「確かには特別な力を持っているかも知れない。だが、俺たちには心がある。」




 の特別な力は、イタチも幼い頃から知っている。

 でも、それ以上にイタチはを個人としてずっと認めてきた。弱くて小さな体も、その人よりずっと優しくて、臆病な心も、はにかむような笑顔も、泣き顔も、イタチはずっと一番傍で見てきた。特別な力は、互いに作り上げてきた信頼関係を潰すものではない。




「特別な力を持つのは俺も同じだ。」




 イタチだって十分に化け物と言われる瞳術を持ち、これからも強くなろうとしている。少なくとも今男が化け物だというよりも強い。

 だが、イタチは胸を張って言える。





「俺たちは、化け物じゃない。心を持つ限り、俺たちは人間だ。」




 他人を思ったり、他人から受ける痛みに反応して傷つく心がここにある限り、自分たちは人間だ。戦うためだけの物では無いし、化け物でもない。




「おまえも、俺も、も、同じ人間だ。」




 例えどれほど他人に酷いことが出来る人間でも、傷つく心がそこにある限り、人は人でいられる。

 イタチだって数知れず人を殺めてきた。それでも誰かを守りたいと思う心があるからこそ、殺人人形でも、ただ力を持つ化け物でもなく、人でいられるのだ。同じ行為をしていたとしても、大義名分を失ってしまった時、心をなくしてしまった時に、人は本当の化け物になれるのだとイタチは思う。

 は強い眼差しを飃に向けるイタチの横顔を眺めて、笑みを零す。





「うん。そうだね。」




 自分たちには誰かを守りたいと思う心がある。力だけが自分たちではなく、この体の中にある心こそが何より大事になのだ。力を使うのが心である限り、自分たちは化け物ではない。





「…」





 飃はイタチの答えに、それ以上とイタチに何も言わなかった。ただ悲しそうに目じりを下げただけだった。




人間