榊の弟がぽつぽつと暁のことを話し出したのは、榊と話して二日後のことだった。

 斎が上層部と取引をし、榊の弟を炎一族邸で預かる代わりに、彼は暁のことを洗いざらい話すと言うことで落ち着いた。上層部は喉から手が出るほど暁の情報を必要としており、暁を抜けるとの宣言をした彼の情報が欲しかったのだ。





「名前、わたしが決めて良いの?」





 は小首を傾げて榊と彼の弟に尋ねる。

 二人がとイタチの住むアパートにやってきたのは、もう1週間もたった頃だった。一応、木の葉に住民登録されるので、名前が必要らしい。一応榊は飃榊と名乗っている。もちろん弟の彼にも名が必要だった。





「あぁ、おまえに決めて欲しい。」






 榊は相変わらずの無表情だったが、少し声が弾んでいる。やはり弟と再び会うことが出来て嬉しいのだろう。しばらく彼の弟は炎一族預かりだが、の父である斎がうまくやってくれるはずだ。彼は神の系譜であり現在は妻である蒼雪と昔からうまくやっており、神の系譜の扱いにも慣れている。





「えっと、んっと、じゃあ樒(しきみ)」





 は少し悩んでから、榊の弟に言った。




「榊はね、うちの神事に使う木の名前なの。で、樒(しきみ)は、お寺で使われる木の名前?」

「うちの神社では榊じゃなくて、樒を使うぞ。」





 イタチがの説明に口を差し挟む。

 一般的に神事では榊、仏事では樒を使うのが一般的だが、一部神社では樒を使うこともある。イタチの一族であるうちは一族の神社がその典型例だった。





「飃樒、響きも悪くないし、良いんじゃ無いか。」





 イタチは言ってから、急須から湯飲みに茶を注いだ。

 榊がついでにと言って、自分が勤めている甘味屋の甘味を持って来てくれたのだ。はそれを皿にとりわけ、榊と樒にもだす。






「いや、これはおまえたちに持って来たものだから、」

「まぁ食っていけ。茶だけ出して茶菓子がないのもな。」





 遠慮する榊にイタチは言って、湯飲みを榊と樒の前に置いた。

 生憎イタチとは料理が得意ではないし、無駄にお菓子を置くこともないので部屋には何もない。茶菓子もなしに話すというのも無粋だろう。ましてやわざわざ来てくれたのだから、なおさらだ。





「それにしても、おまえが甘味屋の娘さんと恋仲だったとは知らなかった。」





 イタチは榊が持って来た三色団子を食べながら榊を見た。





「確かに。知らなかったよ。ひ・・誰だっけ?」





 はイマイチ覚えていないのか、小首を傾げる。






「緋朝さんだ。」





 イタチは甘味屋によく出入りしているだけでなく、の婚約者として三年前に正式に認められてから、炎一族の会合にも以上に参加しているため、正直炎一族の内情は以上に知っている。

 甘味屋の主人は炎一族の出身で、の母で宗主の蒼雪が木の葉の忍として働き出したと同時期に、木の葉で甘味屋を始めた。炎一族は比較的緩やかで、血継限界を持っていたとしても農業をしたり、商業に従事している人もたくさんいる。

 甘味屋の主人とその娘の緋朝もそうだった。彼らは緋炎を使えるが、基本的に忍ではなく一般人として暮らしている。

 ちなみにそこの甘味屋の三色団子が絶品だと言うことをイタチはよく知っている。





「へぇ、じゃあ、将来的にはみんな親戚?」





 が楽しそうに笑う。

 イタチとが結婚することは既に里でも公にされていることで、現在炎一族の会合にもほとんどイタチが出ているような状態だ。元々は病弱で跡取りとしての教育を全く受けていない。対してイタチは一族から離れたが、うちは一族の代表者の長男だ。そういうことに長けている。

 結果的にまだ子どもでよく分からないよりも、イタチの意見が求められる方が増えた。

 のチャクラが封印されている限り、イタチがと結婚するのは間違いないだろう。その上炎一族の人間と榊が結婚することになれば、イタチ、、榊共に親戚同士になる。





「いや、それは、まだ気が早い。」





 榊は少し俯いたが、僅かに楽しそうに口角が上がっていた。年齢もイタチより年上でとうに20歳を超しているから、将来的なことも考えていないわけではないのだろう。





「でもそうすると、堰とも親戚になるな。」





 イタチは顎に手を当てて、軽く首を傾げる。





「あ、そっか。」





 も思い出して、頷いた。





「堰?」





 樒と榊は全く知らないのか、に問い返す。

 暁にいたとは言え、それ程他の神の系譜のことを知らないのは当然だ。それに樒と榊には両親もいなかったと言うから、そう言った話を聞いたことは無いのだろう。





「五大国にはそれぞれ神の系譜がいることは知っているだろ?」





 イタチは一本目の団子を食べ終わり、二本目に手をつけながら口を開く。





「火の国は炎、風の国にはおまえら飃。水の国には翠、雷の国には麟、そして土の国は堰。」

「そ、で、私のおばあさまと、堰の今の当主の母上は姉妹なんだよね。」





 の祖母は炎一族内でも力を持っている宮家の一つ風雪宮家の蒼姫だ。堰家の前の当主の奥方が彼女の妹、青姫だった。要するに姉妹である。よっての母と今の堰家の当主は従弟同士にあたる。





「翠は滅びたって、一般的には言われてるな。」





 イタチが知る限り、翠の直系の血筋は既にいないと言われている。

 なぜなら堰家の今の当主・要の奥方が翠家の末裔で、彼女が直系の死を知っていたからだ。基本的に神の系譜の血筋は一系統にしか受け継がれないもので、直系でなければ力を持っていないというのがセオリーだ。





「ちなみに、堰と麟はすっごく仲が悪いんだよね。堰の前の当主を殺したのは、確か麟の人だったんだって。」





 が母から聞いたところに寄ると、麟は昔から結構過激な傾向にあったらしい。


 一時は雷の国を牛耳っていた麟は、3代目雷影に追い出されて覇権を失った後も、土の国の堰を襲ったりと暗躍している。誰が宗主なのか、一族を形成しているのかは知らないが、少なくとも10年ほど前に堰家を襲い、当主夫妻を殺したのは間違いなかった。





「要には数年前に男の子が生まれたはずだ。今は元気に堰の当主としてやっているだろう。最近も手紙が来ていたしな。」





 要は両親を殺された後、一時炎一族邸に保護されていた。イタチもその頃斎の弟子として頻繁に炎一族邸に出入りしていたため、彼ともよく話す機会があった。彼が土の国に帰った後も、頻繁に連絡を取り合っていた。

 特にイタチがとの婚約を公にしてからは、祝いの品ももらっている。





「他にも結構いるんだな。」





 榊もよくは知らなかったことなので、感心したように頷く。樒は想像もしなかったことらしく、話しについて行けないようだった。





「人数としては判明しているだけで、麟に少なくとも2人以上、飃にはおまえら2人だ。炎には3人。翠には、まぁ一般的にはいないと言われている。で、堰にこの間生まれた子どもも入れて2人いるってことだ。」 





 イタチは話を整理する。

 一系統にしか受け継がれない能力であるため、兄弟で持っていることはあるが、従弟同士で同じ能力を持つことはあり得ない。人数は判明していない麟でも、5人以下という所だろう。ただ少なくとも、飃、堰、炎の神の系譜の数は正確だし、少なくとも三つの一族で7人がいることになる。





「まぁ、でも多分、うちが一番大きいよね。安定もしてるし、」





 は堰家を思いだして言う。

 もちろん他の一族のことを詳しく知るわけではないが、里とこれほど緊密な関係にあり、その上これほど大きな一族を有する神の系譜は炎一族だけだ。血族だけでも軽く200人はいる。とはいえ全員が忍をしているわけではなく、商業、農業に従事している人間も相当数いるのだが。

 人数が多いだけでなく、里との融和も図りながら、安定的でシステムもしっかりしているのが、炎一族の特徴だ。





「そうだな。」





 イタチもそのの意見は妥当だと考えていた。

 堰の事情は昔から知っていたが、特に飃の話を聞く限り、他の神の系譜はそれ程恵まれた生活を歩んでいないようだ。堰も一族が小さすぎて要するに麟が襲ってくれるのを撃退できなかった上、当主が殺された後は跡取りである要を守るため炎を頼るしか道がなかった。

 飃も一族という形式は既に瓦解し、兄弟は自分たちのルーツも知らず、世界を憎んでいた。

 それを考えれば力を持つものがどれほどに過酷な道を歩むのか、うちは一族も同じだとイタチは思わずにはいられなかった。




茨道