イタチを守れるならば、イタチの大切な人を守れるのならば、いくら憎まれても良いと思っていた。
「また来やがった。」
うちは一族が幽閉されている地下牢に足を踏み入れると、一人の男がにそう罵声を浴びせた。それを無視しながら、は長い着物の袖を振りながら暗く冷たい廊下をただ前へと進む。
もう3年近く前、うちは一族は反乱を企てた。
イタチの密告によって、暗部のダンゾウとイタチの部隊がその反乱を阻止したが、多くのうちは一族の忍がダンゾウによって殺され、また多くは里の外へと逃れた。もちろん関係の無かったうちは一族の者もたくさんいたが、彼らも今はこの地下牢に幽閉されている。
外に出ることを許されているのは密告者であるイタチと、ユルスンなど数人だけだ。
里にとって彼らのおかげでうちは一族の反逆を事前に知ることが出来たため、彼らをたたえてはいるが、うちは一族にとってその数人の密告者は裏切り者に間違いない。特にイタチは暗部への密告によってダンゾウに多くのうちは一族の忍を殺させた張本人であり、鮮烈な恨みを買っていた。
またそれはも同じである。
「うちは狩りの東宮が、また二人捕まえたらしいな。」
逃げたうちは一族を捕らえにかかっているのが、だ。血継限界からはチャクラを焼く炎を持っており、写輪眼の幻術に全くかからない。またのチャクラは透明で、見抜くことも出来ないので、うちは一族を相手にする際にがかり出されることも多かった。
抜け忍の処理は多くの場合暗部が行うが、暗部においてはダンゾウの部隊も幅を利かせており、彼らに捕らえられれば殺され、写輪眼を奪われるのは間違いない。また反逆はどの里でも一番の犯罪であり、本来なら一族ごとすべて処刑されても文句は言えないから、戦闘中に死んだと言ってしまえば投降したものでも殺されてしまうだろう。
イタチはうちは一族が殺されていくことに、酷く狼狽えていた。
だから、は綱手に、できる限りうちは一族の抜け忍の情報が入った場合は自分に捕獲を命じて欲しいと申し出ていた。
もちろん綱手はそれによってが、また炎一族がうちは一族から恨みを買うことを危惧していたが、の決心の固さに渋々だが同意してくれている。
「…良いの。」
は自分に聞こえるだけの小さな声で、呟く。
憎まれたって、構わない。はイタチが守れればそれで良いのだ。サスケに憎しみの目を向けられた時も、悲しくはあったし、とても辛かったけれど、きっと可愛がっていた弟に憎しみを向けられているイタチの方がもっと苦しいはずだ。
だから、の痛みなんて小さなもの。
イタチが同族と戦い、弟と戦い心を痛めるより、自分が戦った方が気分も楽だ。
「こんにちは。」
は軽く小首を傾げて、その牢にいる二人の男女に声をかけた。
「あら、また来てくれたの。」
そこにいるのは、イタチとサスケの母であるミコトと、フガクだ。ミコトは柔らかく笑ってを迎えたが、フガクは相変わらずの仏頂面でを一瞥しただけだった。
「どうぞ。」
がここによく来て長居することを知っている看守の青年は、牢の前にわざわざ椅子を持って来てくれる。
「ありがとう。」
は青年に礼を言ってから、改めてミコトに向き直った。
がここを訪れるのは、1,2週間に一回程度だ。もちろん怪我をしたときや忙しいときは無理なので来ないが、それでも彼らが反逆罪の罪でここに閉じ込められてから、会いに来るようにしている。
最初はミコトとフガクも随分驚いたようだ。
元々イタチとの両親の斎と蒼雪は仲が良かったが、は病弱でイタチの両親と会う機会も少なく、が炎一族の東宮であることもありミコトとフガクはを敬う態度をとらねばならず、と深く触れあうことはなかった。
しかもイタチがの家に婿のような形で居候することになり、ますますがフガクの家に行くことはなくなった。もちろん炎一族邸に彼らが来ることはよくあったが、の住まう東の対屋に足を踏み入れることはまずなく、挨拶程度だった。
しかし、例え意見は違ったとしても、息子を心配に思い、動向を聞きたいのは当然だろう。父母がを大切にしてくれているように、幽閉されようが、意見が違おうが、イタチのことをフガクたちだって気にしているはずだ。
はだいたい一週間に一度、イタチの動向を伝えるために、ここを訪れていた。ここには多くのうちは一族の者が収監されているため罵られることもあるが、彼らはチャクラを封じられており、言葉だけなら別に怖くはなかった。
「イタチの手術は無事に終わって、イタチも元気です。」
「良かったわ。」
ミコトは手をそろえてほっとした様子を見せた。
彼女にもイタチが結核にかかったことは伝えてある。肋骨再生のための手術のことも話してあった。だが成功した後すぐに暁の撃退に行くことになってしまったため、看守に成功だけは伝えてもらっておいたが、きちんと報告は出来ていなかった。
手術をした本人であるイタチは絶対にここを訪れることはない。
彼にとってうちは一族が選んだ反乱と言う道は諸悪の根源であり、そういう点でその道を選んだ両親を許すことが出来ないのだろう。
イタチは、もちろんがフガクたちに会いに言っていることも知っている。彼はやんわりとそれを快く思っていないという意思表示はしていたが、それでも元々の身の危険に関わること以外、彼が強硬に反対することもないので、無理矢理止めてくると言うことはなかった。
「あと、サスケにも会ったよ。元気そうだった。」
は目を伏せ、サスケを思い出す。
自分に鮮烈な憎しみの目を向けていたのを思い出せば僅かに心が痛むけれど、弟から憎まれているイタチを思えばの痛みなど些細なものだ。
「そうなの。ごめんなさいね。」
ミコトはの言葉に酷く驚いた顔をしたが、僅かに目じりを下げてに言う。
「どうして?」
はどうして彼女が謝るのかが分からず、首を傾げる。
「だって、ふたりともきっと、東宮様にご迷惑ばかりかけているわ。」
「そんなことないよ。イタチは本当に優しいし、迷惑かけてるのは、わたしの方だよ。」
イタチは今も昔も、を心から大切にしてくれる。
命をかけてのチャクラを肩代わりし、本当はサスケに対して命をかけたいのに、を大切にするがために、彼はそれを絶対にしない。出来ない。忍としても優れており、将来だって約束されている彼はがいなければもっと自由に動けるだろう。
迷惑をかけているのは、の方だ。
「それに、少しだけでもイタチの力になれるなら、嬉しいから。」
イタチの負担を軽くするためなら、はなんだって出来る。3年前、酷く狼狽え、傷ついている彼を見た時に、そう決心した。それをは忘れていない。
彼がのために命までかけてくれたように、もまた彼のためになんだって出来る。
「サスケも、きっと取り戻してみせる。」
イタチは絶対にサスケとは戦いたくないだろう。だから、が出来ることをする。拳を握りしめたを、黙ってみていたフガクがふと顔を上げてを見る。
フガクはあまり話すことはない。だが、彼は珍しくを見て、小さく息を吐く。
「あまりなんでも一人でやろうとしてはいけない。」
「え?」
は言われた言葉に本質を感じ、目を丸くする。
「東宮、貴方はお強くなられたのかも知れないが、一人で何でもしようとすると、つぶれてしまう。」
フガクは子どもに言い聞かせるように、牢の鉄格子の向こうに座るに言う。
漆黒のフガクの瞳が冷静にを写している。その瞳はの覚悟もすべてを見透かすようで、は思わず目をそらした。彼はが綱手にうちは一族討伐の任務を回してもらっているのを知っているのかも知れない。
「イタチは東宮の心の平安を何よりも願っている。」
フガクはに言った。
こちらの心が痛くなるほどに、イタチはを大切にしてくれる。だってそれは知っている。でも、だって彼の心の平安を一番に願っている。
「だから、イタチのためだけじゃなくて、わたしのためにもそうしたいから。」
はもう一度考え直しても見たが、それ以上の答えはやはり思い浮かばなかった。
心配してくれているフガクを安心させるように笑い返してみたが、彼の表情は険しいままだった。
摩擦