サスケがを最初に殺そうと思ったのは、何も兄を苦しめるためだけではなかった。

 ここ数年がうちは一族の抜け忍を狩っているという話は聞いている。だからこそ、うちは一族を守るために、そして3年前に反乱を鎮圧した暗部の長である斎の娘を殺すことには、大きな意味があった。

 3年前に多くのうちは一族の忍が殺され、目を奪われた。

 もちろん、兄であるイタチを一番傷つける方法だと言うこともサスケは承知している。兄は彼女のためにうちは一族を裏切り、両親を裏切った。

 彼女が兄と共にその命でうちは一族の犠牲をあがなうことはサスケにとっては当然のことだった。




「誰も、吐かないね。」




 水月は少し驚いたように倒れ伏している炎一族の忍を見下ろす。

 何人かには足を折ってみたり、爪をはいでみたりをしたが、誰もサスケの質問に答えようとするものはいなかった。




「そうか。」




 サスケが思う以上に、炎一族の結束は固いらしい。

 誰も東宮であるの居場所や能力を漏らそうとはせず、足を折ったところで全く駄目だった。おそらく拷問をしても無駄だろう。生憎サスケが作った班には心を読んだりする忍術を使えるものはいないので、拷問で駄目なら何も出来ない。

 また炎一族は精度に違いはあれどチャクラを焼く炎を持っている。基本的に幻術はきかないので、写輪眼で操ることも不可能だった。





「ここまでの奴らだとは思わなかったな。」




 重吾は開放の状態をといて、疲れたように息を吐く。

 サスケ、水月、そして重吾共にそれなりに怪我もしていたし、打ち身もあった。幸い勝利することは出来たが、かなり時間もかかったし手こずったため、木の葉隠れの里に連絡されてしまっているだろう。





「…確かにな。宗主の劣化版だからたかが知れていると思っていたが、」





 サスケも近くの岩に座り、小さく息を吐く。

 炎一族は宗主に連なる一系統のみがチャクラを燃やし、数万度の炎である白炎を操る。また肉体もそれに伴い火遁が聞かないほどに火に強く、莫大なチャクラを有している。これらは写輪眼では透明に見える上、チャクラを焼くため写輪眼の幻術はきかない。

 対して普通の炎一族の人間は、蒼炎か緋炎と呼ばれる蒼、ないしは赤の炎を持つのが一般的だ。もちろんチャクラを燃やすというそもそもの効果は同じだが、チャクラにも色がついており、また体も普通の人間と変わらない。チャクラを燃やす速度も明らかに遅く、慰め程度だ。

 そのためサスケは炎一族の人間を宗家以外は基本的に侮っていたが、彼らは存外強かった。

 もしも仲間を集めていなかったら、サスケといえど危なかっただろう。それくらいには、サスケたちが倒した炎一族の二小隊はなかなか強かった。




「誰も話さなねぇな。」





 香燐も腰に手を当てて、倒れ伏した男を蹴りつける。男は呻いたが、それだけだった。





「宗主は絶対、ということか。」




 サスケは立ち上がり、倒れ伏している者たちを見下ろす。

 一般的に炎一族は他の一族と同じ血族集団と見られているが、実際には宗家と一般の炎一族のものには、血筋的な共通点はないのだという。遠縁というわけでもなく、ただ同じなのは、その血継限界である蒼炎、緋炎を持っていること。

 神の系譜と呼ばれ、宗主である白炎使いはおそらく、別種−別の血筋だ。

 しかし、血のつながりがなかろうとも、炎一族は恐ろしいほどの絆で結ばれ、こうして東宮の秘密を暴こうとしても、口を噤み続けている。





「…さすがだな。」




 サスケも感心するしかない。

 うちは一族はイタチをはじめ、反逆の時何人もの裏切り者を出した。協力しなかった者たちがたくさんいたが、おそらく炎一族はもし里に反逆を企てればほぼ全員参加するだろう。もちろん、そんなことは絶対にあり得ないだろうが。

 彼らは里での興隆に興味がない。

 また炎一族の現在の宗主である蒼雪の婿・斎は里の上層部に出入りし、暗部を取り仕切る有数の忍であり、二代目火影扉間の妻と同じ蒼一族の出身、要するに初代火影の一族と言うことになる。炎一族が里と揉めることは、少なくとも斎が死ぬまではないだろう。




「なんでこいつらを襲ったの?」





 不思議そうに水月はサスケに尋ねる。




「一人知ってそうな奴がいてな。」




 足下に倒れ伏し、傷だらけの男を見つめる。

 それは幼い頃サスケにも良くしてくれた非常に親しい男で、イタチにとっては暗部においての直接の部下。にとっては近しい親族だ。




「へえ、こいつ、かなり強かったよね。」

「…そうだな。」





 揺月宮家の当主の嫡男だった疾風だ。直系でないためたちほどではないが、それでも数代前の宗主の血筋であり、力は非常に強い。蒼炎使いとしても非常に面白い能力を持っており、暗部の所属でもあり、サスケ一人ならば危ないところだっただろう。






「サスケってさぁ、そうしてこいつらの一族の跡取りを殺したいわけ?」

「彼女はうちは一族を狩っているからな。」

「え?女?」

「あぁ、女だ。」





 どうやら水月は跡取りと言うことを聞いて、男だと勘違いしていたようだ。確かに普通の一族なら男の跡取りが普通だが、炎一族の宗主の資格は白炎を持って生まれることだ。その性質上男でも女でも良かった。





「裏切り者である俺の兄、イタチの婚約者でもある。」





 サスケは自分で言っていながら、はらわたが煮えくりかえる程の憎しみを感じた。

 うちは一族の一件の後、イタチは正式に炎一族に迎えられ、基本的に里でも炎一族の一員として扱われ、地位も身分も約束されたという。うちは一族を裏切り、炎一族で地位を手に入れた彼を、サスケは絶対に許せはしない。





「えー、でも女かぁ。やる気うせるなぁ。」

「安心しろ。おまえに殺させたりしない。俺が殺る。」

「わぁ、怖。女相手にねぇ。」





 水月は自分の首をぽんぽんと叩く。





「鳥たちが、大きなチャクラを持った忍が二人、不知火の近くにいると言っている。」




 重吾が鳥を肩に乗せながらやってきて、サスケに言った。






「二人、か。」




 サスケは手を組んで、なるほどと納得する。

 不知火と言えば火の国と国境を接している。木の葉の忍で大きなチャクラを持っているのは、とナルト、の母の蒼雪、蒼雪の異母兄・青白宮。そしてのチャクラの半分を肩代わりしているイタチくらいだ。

 蒼雪は基本重要な任務を任されることが多く、他の莫大なチャクラの保有者と動くことはない。青白宮は炎一族の持つ屋敷の近くで一人暮らしをしており、里の忍ではないため、彼が外に出ることはない。イタチもおそらくほとんど単独の任務が多く、誰かと外に出ることはないだろう。

 莫大なチャクラを保有して二人で出てきているとなれば、同じ班であり、連携も可能なとナルトと考えるのが妥当だ。




「…行くぞ。」




 サスケは立ち上がり、重吾、水月、香燐に言う。





「え?お姫様の居場所、わかったの?」




 水月は意味が分からないと肩を竦めて問うたが、サスケは答えなかった。

 どちらにしても、その二人が木の葉の忍であれば、の情報を聞き出せるかも知れない。もしとナルトならば、万々歳だ。





 ―――――――――――おいでよ。あの日の、やり直しをしようよ。






 は最後に会った時、サスケに笑ってそう言って見せた。

 3年前ように、彼女も今更ナルトにすべてを放り出して逃げる気はないだろう。サスケと戦う覚悟はとうに出来ていることだろうし、あの発言が嘘でなければ、彼女もサスケを探し、相対する気なのは間違いない。

 ならば、わかりやすい痕跡を残しておくべきだ。





「こいつらが襲われたと分かれば、流石にこたえるだろうな。」





 サスケは僅かに唇をつり上げて、笑う。

 は確かに跡取りとして育ったことはないが、気は優しい。自分のせいで炎一族の者たちが襲われたと知れば、おそらくサスケをすぐに本気で探すようになるだろう。そうしてあの美しい紺色の瞳で、自分を憎めば良い。

 自分が夕闇と同じあの美しい色合いを心から憎んでいるように。




「さて、始めるか。」





 を傷つけることが、一番イタチを苦しめる。

 だからが心置きなく自分のことを憎めるように、もしが応じないのならば、いくらでもサスケは炎一族の人間を殺す気でいた。







殺意