イタチが自分の父であるフガクに呼び出されたのは、が巻物の受け渡し任務に出た朝のことだった。
「初めてじゃない?」
呼び出されるなんて、と面会するための部屋に向かう途中で明るく笑って見せたのは師である斎だ。
3年前反乱を首謀してから、イタチの父フガクは地下牢にチャクラを使えない状態で閉じ込められている。反逆が里で一番の罪である限り処刑されて文句は言えず、おそらく一生彼が地下牢から出されることはないだろう。
彼が息子であるイタチと面会をしたいと言いだしたのは、先週のことだ。
毎週は面会に行っているが、イタチは反逆を首謀した父を未だに許すことは出来ず、また元々話すこともないため、の行動を否定はしないが、個人としてはあまり会いに行ってほしいとは思っていないし、自分自身が会いに行ったことも一度もなかった。
三年一度も会っていないのに、一体今更なんの話があるのか。
もちろんイタチは断ることも出来たし、斎に許可しないでくれと頼むことも出来た。だが、それをしなかったのは、がサスケと会ったと聞いたからかも知れない。サスケは自分を憎み、里を出た。ざわつく心が、僅かでも得られる情報はサスケのためにも得ておけと言うのかも知れない。
「仏頂面だねぇ。」
ぷにっと斎が人差し指でイタチの頬をつつく。
「どんな顔して会えって言うんですか。」
「笑ったら良いじゃ無い。親子なんだし。」
「親子もくそもないでしょう。俺は裏切り者ですよ。ついでに父は反逆者です。」
どういう理由があっても、うちは一族にとってイタチは裏切り者で間違いない。それが里を守るためだったとしても、同じだ。そしてまた同時に父親であるフガクが里にとっての裏切り者であることも間違いがない。彼は反逆者だ。
お互いに相容れない立場がある。
なのに、今更どんな顔をして父親が自分に面会を求めてきたのかも分からないし、イタチも同時にどんな顔をして会ったら良いのか分からなかった。
「良いじゃない。ただの意見の違いでしょ。」
悩むイタチに、斎はあっさりと言う。
「そんな、簡単な。」
一言で片付けられてしまったイタチは戸惑いと共に呆れの視線を彼に送る。だが彼の表情は真剣そのものだった。
「僕は敵である人たちも、よほど人格的に問題が無い限り、それ程憎いと思ったことはないよ。」
いろいろな理由があって人々は戦っている。背後にある事情を敵として相対した時に理解できるわけではない。
そして理解し合っていたとしても、戦いが避けられるわけではない。
ダンゾウと斎は暗部での覇権をかけて確かに苛烈に争ったが、彼のやり方は忍をないがしろにして一番に里を考えていると言うだけで、意見の違いだ。ただ、あまりに里を考えるあまり非人道的なことが多すぎて、彼についてくる人間が少なかっただけ。
「僕とサソリも一緒だよ。」
サソリには守るものがないから、暁などに入って世界平和なんて無謀なものを願っている。斎には目の前に守るものがあるから、彼らをないがしろにしての、里を滅ぼしての世界平和など考えられない。それだけだ。
お互いにちゃんと互いの立場を理解している。
戦うことになれば、お互いに全力で挑むし、意見を譲ることもないだろう。だが、憎み合っているわけでなく、お互いに理解し合っているからこそ、いつか戦うことになる。
「僕は、負けても勝っても後悔はしないよ。」
互いに自分の信念を曲げず、生き抜く。そして戦い死ぬことに悔いはない。
「フガクさんも息子を憎むなんてないと思うけどね。特に子どもは無条件で可愛いものだよ。」
斎はにっこりと笑ってイタチの頭をぽんと叩く。
「…先生が言うと説得力がありますね。」
いつも仏頂面の自分の父が言ったとしても全く説得力はなかっただろうが、娘を溺愛している斎が言うと、非常に説得力がある。
「なんか言い方にとげがあるなぁ。」
斎はころりと笑って、イタチの背中を押す。イタチが本当はフガクに会いたくないと思っていることを知っているのだ。
彼はおそらく同席する気はない。それでもここまでついてきてくれたのはイタチのためだろう。面会をするのはうちは一族がたくさんいる牢ではなく、暗部の尋問室の一つである。イタチは今やうちは一族にとっては裏切り者に他ならず、流石に牢へと行くのは流石に勇気がなかった。
「いってらっしゃい。」
斎はひらひらと手を振る。イタチは頷いて、仕方なく父親がいるという面会室のドアを開いた。
イタチが見る限りフガクは全く変わっていなかったが、僅かに3年前に最後に見た時より皺が増えた気がする。
「久しぶりだな。」
淡々とした口調には相変わらず親しみはない。仕方ないとは分かっているが、イタチは無言のままに面会室の椅子に座って父親に向き合った。
「…俺とは話したくないだろうから、手短に言う。」
フガクもイタチの感情を理解しているのか、口を開いたが無駄口は別に叩かなかった。その前置きにイタチはほっとしたが、次の言葉に目を見開く。
「東宮は、何をしている。」
フガクは低い声でイタチに問う。
「何って、今は任務中だが、」
「そういう意味ではない。東宮は、一体何をしようとしている。」
問われても、イタチは父親の言っている意味が分からず、フガクの次の言葉を待つ。
「東宮は、おまえのためだと一体何に思い詰められているんだ。」
追い詰められている、というそれに、イタチは思いたる節が全くなかった。
最近のは別に変わっていない。
サスケを追うためにかなり修行を詰めていたからサスケに会えばどうなるか分からないと思ってヤマトにものことを頼んだが、は深追いをしたりもしなかったそうだし、帰ってきてからも別に変わった様子はなかった。
「が、何か言っていたのか?」
がフガクたちに毎週会いに言っていることはイタチも知っている。何かが言ったのだろうか。
「サスケに、会ったと言っていた。」
「それは俺も知ってる。失敗したが、顔は合わせたらしい。サスケは俺のことも、のことも憎んでいるからな。」
イタチは目を伏せるしかなかった。
正直うちは一族をイタチが裏切ったこととは関係ないが、サスケにとってはそうは思えないし、も十分に憎しみの対象のようだ。
「だから、気味が悪いと言うんだ。」
「…何?」
あまりの言い方にイタチは父親に対して声を荒げる。
イタチは比較的穏やかで昔からほとんど父親に口答えをすることはなかったし、目立った口論も一族を出る前のみだが、のこととなれば話は別で、父親と口論をすることも全くいとわなかった。だが、今回フガクは涼しい顔をしていた。
「東宮は、何故平気な顔をしている。」
フガクの言葉は辛辣だったが、当たり前の疑問を口にしていた。
確かにそうだ。サスケはに憎しみを遠慮なく向けただろう。なのに、はイタチにも平気そうな顔をしていた。ナルトやサクラが取り戻せなかったと酷く落ち込んでいる中で、実際に憎しみを受けた本人のが、何故平気なのだ。
「おまえのためだと一体何に思い詰められているんだ。」
イタチはあまりに当たり前の父親の問いに、答えを何も持っていなかった。
欠片