はふと顔を上げ、のんびりとした間の抜けた声音で呟いた。
「あ。やばい。来るかも。」
「何が!?」
シカマルはの言葉に咄嗟に反応したが、正直危ない時はもう少し焦って、テンション高く言ってほしいというものだ。
「サスケと、知らない人?」
は透先眼で補足したのか、どこかほわっと嬉しそうな声音でそう言ってみせる。
「間違いねぇのか?」
ナルトはが向いている方向を見て、構える。
の透先眼が遠目の力を持つのは間違いないことであり、ナルトやサクラとて知っている。ナルトが問い返すと、は少し考えるそぶりをしてから、「うん。」と小さく頷く。
「多分、補足されてる。」
こちらの足取りはが気をつけて消しているはずだ。
なのにサスケとその仲間たちはたちを確実に見つけ、一直線でこちらへと走ってきている。ということは感知系の術者が中にいるのだろう。まだそれなりに離れてはいるが、逃げても追いかけてくるのは間違いないだろうし、どちらにしてもこちらも逃げる気はない。
「どれぐらい先だ。面倒くせぇ。」
「10キロ切っているかな。」
忍の足ならば、10分と言ったところだろう。
ましてやサスケたちは本気で自分たちを襲撃する気でいるらしく、かなり速いスピードでこちらに向かってきている。
「サスケの他に、男が二人、女が一人。女の方が感知かも。」
は冷静に相手を目視し、後ろにいるナルト、シカマル、そしてサクラに告げた。
敵の容姿や能力が少しでも分かるのならば、数分とはいえ考える時間があった方が良い。心構えがあるだけで、戦いは有利になる。
「サスケの方は俺がやる、」
ナルトはにそう言って前に出た。
「無理、だよ。」
はぽつりと呟くように言って、ナルトの袖を引っ張る。
「?」
「無理だよ。ナルトにはサスケを止められない。」
それは驚くほどに確信を持った声音だった。
「?」
サクラは驚いての背中を見る。するとはくるりとサクラを振り返り、彼女の目をまっすぐ見て首を横に振る。
「サクラにも、無理だよ。」
は自分の長い着物の袖を軽く振って、一瞬俯いてから顔を上げる。
「相手の傷を気にしながら連れて帰ろうなんて、甘いよ。」
紺色の瞳が、サクラとナルトの覚悟の甘さをまっすぐ射貫く。
前回の時、サクラもナルトもサスケを攻撃する時に酷い隙があった。それは彼らの実力が及ばないと言うだけではなく、サスケを攻撃するのを躊躇っての隙だった。それはサスケが持っていた隙よりも明らかに大きかった。
「殺しちゃうくらいの気持ちがないと、無理だよ。」
はサクラとナルトに、容赦なく覚悟のなさを突きつけた。
ぱたぱたと白い炎の蝶がまるで警戒するように鱗粉をまき散らし、の周りを飛んでいる。はそれでサスケの写輪眼による幻術を跳ね返すことが出来るが、ナルトやサクラは違う。実力でもサスケに及ぶかわからない状況で、二人の覚悟のなさは足手まとい以外の何もでもない。
「!」
シカマルがを諫めるように名前を呼ぶ。
「良いんだよ。もう、恨まれる覚悟は出来てるから。」
は水色の眼差しに紺色の瞳を変えて、まっすぐと前を見据えた。
そこには、漆黒の髪の男がいる。写輪眼でを睨み付けるその姿には安堵の色すら浮かべて、小さく息を吐いた。大蛇丸の元にいて無事だったというのは、本当に良かった。あそこでサスケが死ねば、イタチとて悲しんだことだろう。
だから、生きていて心から良かったと言うことが出来る。
「久方ぶりだな。」
サスケは細い刀を構え、にそれを突きつけた。
彼の後ろには赤い髪の女と、大柄の男、そして刀を持った男がいた。どうやらその三人が新たなサスケの仲間らしい。サスケ一人なら炎一族の者たちも逃げ切ることが出来ただろうが、四人なら難しいかも知れない。要するに三人もかなりの手練れなのだろう。
「サスケっ、おまえ。」
ナルトは今にも襲いかからんばかりの勢いだったが、が手をすっと横に持っていってナルトを制する。
「逃げるつもりはないよ。でも、これだけ大勢いるのは、困るな。」
はサスケの緋色の瞳をまっすぐ眺めて、柔らかにいつも通り微笑む。
確かにはサスケと戦う覚悟を決めているが、ここで戦えばサスケの仲間も、そしてナルトやサクラなどの大切な人も傷つくかも知れない。それだけはとしては避けたかった。
「影分身か。」
サスケは目の前にいるを睨む。
のチャクラは写輪眼で見ると透明だ。他の人間と違い、の多くの術を写輪眼で見抜くことは出来ないが、影分身は所詮チャクラの塊であり、サスケの写輪眼での影分身は見えない。要するに、判別はつくと言うことだ。
「何?」
シカマルの方が驚いて、の方を見る。
「…ご名答。」
の影分身が、ゆったりと笑って見せる。
間違いなく、ここにいるのはの本体ではなく、影分身だ。最初にが綱手からの伝令の鷹を受け取った時にとっくに覚悟は決めてあった。だから影分身とすぐに本体を入れ替えておいたのだ。本体は既に別の場所でサスケを待っている。
「殺したいのは、わたしでしょう?」
は自分の胸元に手を当てて、鮮やかに笑う。
「そうだ。」
サスケは迷いもなく頷いた。
無邪気で何も知らず、それでいていつもイタチと共にいてイタチの愛情を一身に受け、結局イタチの愛情を元にうちは一族を壊したが許せない。それは嫉妬にも似た感情だったが、今は憎しみのみで構成されていた。
を殺したい。そしてうちは一族に裏切り者である兄を殺したい。
それがサスケにとっての一番の願いだ。そのために里を抜け、そのために大蛇丸に取り入り、そして今ここにいる。
「灯火の泉にて待つ。」
はサスケに落ち着いた声音で告げる。
それは昔、とサスケが螢を見に行ったことのある、火の国近くの泉だった。かつては蒼一族の結界があった、聖なる泉だ。灯火は螢を意図していった。彼がまだと見に行ったあの泉を覚えているのなら、その意味が分かるだろう。
「どういうことだってばよ。。」
ナルトが戸惑うように問うが、はサスケを取り返すことしか、考えていない。
「ごめんね。ナルト、サクラ。」
炎一族の2小隊がサスケに襲撃されたと聞いた時、はサスケがイタチではなく自分を追っていると言うことをすぐに分かった。任務に出ているであろうの居場所を聞き出すために、炎一族の者を襲撃したのだ。
その意図をはすぐに理解していた。
「でも、わたしは、それでも、」
これが一緒にサスケを助けようと言ったナルトやサクラへの裏切りであることは、もよく分かっている。それでも、はどうしてもサスケを取り戻したいのだ。
「わたしが、やらなくちゃ。」
は拳を握りしめて、諦めたように笑う。
「ごめんね。」
そう柔らかい声音で告げて、ぽんっと影分身が消える。
ナルト、サクラ、そしてシカマルは呆然とそれを見つめるしかなかった。
決断