昔、と螢を見に訪れた泉には、廃屋がある。

 100年ほど前のその廃屋は昔、神社として使用されていたらしい。同時にその地下の施設は避難所でも会った。泉は螢が飛び交うほど昔から清らかで、かつては蒼一族が結界を張って隠れ住んでいた場所だった。

 大きな廃墟の天井は酷く高いくせに、窓は一つしかない。

 あちこち崩れてはいるが、その窓に四角く切り取られた青空と光を少女は見ながら、口寄せしたであろう白い犬神と共に暗闇にただ佇んでいた。


 サスケは目の前にいる少女を静かに見据える。 


 薄暗い中でも青光りする紺色の長い髪は膝裏まであり、幾筋かを残して赤い紐で一つに束ねられている。彼女の薄く白い色合いの着物の背中には五つ咲きの紋と羽根の文様が大きく描かれていた。

 蒼一族と炎一族、二つの一族の家紋だ。

 それを背負う背中は昔から小さいが、その身に宿す血継限界と潜在能力は、木の葉随一と言って間違いない。同期でもおそらく、一番実力のある忍だろう。予言の一族であり、洗練なる蒼一族と、炎を司る苛烈な炎一族の血を宿す、里一番の名家の姫君。

 ひらりと風がどこからともなく入ってきて、彼女の長い着物の袖を揺らす。




「・・・来たの、」




 気配を感じてか、はくるりと振り向いた。彼女の声音に驚いた様子はなく、酷く静かだ。





「俺を、待っていたんじゃないのか。」





 サスケが無感情な声で問えば、は淡く笑った。 

 少し成長したと言うよりは、儚くなったかも知れない。しかし、その柔らかで無邪気な笑みは、幼い頃から全く変わりない。歪まない。

 紺色の長い髪はサスケが3年前に見た時とは違い、段々に切られている。炎一族では裳着の儀を行って成人と認められる。おそらく、それを終えたからだろう。髪を切ることも髪揚と言われ、蒼一族の通過儀礼の一つだ。

 とはいえ容姿が少し変わったところで、彼女は何ら昔と変わっていない。




「そうだね。待ってた。」




 はきちんとサスケに向き直り、隣に連れていた白い犬神の頭を細くて白い手で撫でた。

 ひらひらと彼女の白炎の媒介である蝶が、暗闇を照らすように鱗粉をまき散らしながらの周りを舞う。それはサスケを警戒しているのか、それとも何か他の意味があるのか、サスケには分からないが、少なくとも危険なものであると言うことを今は理解できる。

 少し目じりの下がった紺色の瞳からは、相変わらずサスケに対する憎しみは窺えない。柔らかく、友人に向ける視線と全く変わらない。





「おまえは、変わってないな。」




 サスケは思わず彼女を見て口に出していた。

 昔から、から殺気は今も感じない。威圧感も。彼女は彼女を実力者と思わせる何かをいつも持っていない。誰かに殺気を向けたのを見たことがない。

 彼女は気配を消すのが比較的上手だったが、おそらく強い感情が彼女                                       

 消すと言うよりは、元々持っていないと言った方が良いかもしれない。

 彼女の両親は、そして一族はいつも彼女を彼女に愛情を与え、守り続けてきた。人を嫌う必要のないように、人を憎む必要もないように、いつも真綿でくるむように大切にしてきた。だから彼女は誰よりも綺麗でいられる。

 多くの犠牲の下に。





「酷いなぁ・・・これでも結構変わったって、言ってもらえるのに。」






 は困ったように、変わらぬ笑みを浮かべる。

 だが、白い犬神が警戒するようにサスケを睨み付けていた。これから起こることなど、犬の頭であってもわかりきったことだ。

 犬神が唸るような声でを呼ぶ。




「うん。わかっているよ。」





 はこくりと小さく頷いて、目を閉じて下を向いた。

 それは覚悟を決めるための仕草で、目が開かれた時、静かな水面の色合いをたたえる薄水色の大きな瞳があった。元の色合いではない、血継限界・透先眼だ。

 過去、現在、そして未来を見抜く、蒼一族の血継限界。長らく続く、特別なる一族の証。




「あの日の、続きをしようと思って。」





 桜色の唇から響く静かな言葉の意味をサスケも理解している。





「続き、か。」

「そ。続き。」






 ふわりとの傍にいた蝶が突然弾けるように増殖し、白い鱗粉をの周りで飛ばす。

 遠い日に、サスケがとの戦いを望んだ時、は逃げるだけだった。イタチとナルトを盾に、彼との戦いをは避け続けていた。彼の思いを受け止めることは絶対になかった。だから、今こうしてこんなことになったのだろう。

 だから。





「今度はイタチもナルトも助けてくれないぜ。」





 サスケは笑って、自分の刀の鞘を払う。




「そんなこと期待してないよ。」





 おそらくシカマルはすぐに鷹を使って綱手に報告をするだろう。おそらく近くにいるイタチに連絡が行くはずだ。綱手は炎一族が襲われたと言うことを非常に重く受け止めたらしい。イタチは炎一族の婿であり、調べるだけならば無茶もしないだろうと判断したようだ。透先眼で視る限り、彼はさっき炎一族の襲われた場所にいた。

 ならば、犬神と写輪眼を使ってサスケの痕跡を探すだろう。

 イタチが来る前にはサスケを半殺しにしてしまわなくてはいけない。これは彼の役目ではなくのものだ。




「始めようか。」




 も背中に構えていたうす水色の刀身を持つ刀を抜く。

 これは蒼一族に伝わる刀であり、チャクラを通す不思議な刀身を持っているため、のチャクラを通すことによって基本的に折れることは絶対になく、すべてを切り裂くことが出来る。の腕力不足を補ってくれる便利な代物だが、サスケの刀を切り裂くことが出来なかったところを見ると、彼のものもチャクラを通してあるのだろう。

 幸いにもサスケの属性は雷と火、の性質は火と風。雷遁は風遁に弱い上、は炎一族の血継限界で火に関しては誰よりも優れた能力を持っている。よって、性質変化だけを上げるならばの方が断然有利のはずだ。

 しかし、彼とて簡単にやられる相手ではあるまい。





「だな。」





 サスケは言葉を発すると同時に地を蹴り、一気にとの間合いを詰める。

 肉薄してきたサスケの刃を、は刀で止めるふりをして斜めに受け流した。まともに刀で押し合ったところで腕力のないがサスケの刃を止めることは難しい。チャクラを通された刀の精度が互角である限り、力のないは不利だ。

 きんと鋭い金属音が暗い廃墟に響き渡る。次の瞬間、刀を握ったままサスケが口を開いた。




「千鳥流し、」

「風遁、風伯・一式!」




 慌てても印を結び、風を身に纏う。

 千鳥流しは相手を痺れさせ、動きを奪うが、そもそも雷遁は風に弱いため、微量の風でも刃に纏ってしまえば千鳥流しに十分対抗できる。そのままは刃をサスケに向け、切りつける。彼の動きはやはり速く、後ろへと飛んでの攻撃をやり過ごした。

 しかし彼の服を掠ったのか、胸元が僅かに切れている。




「惜しかったな。」




 は僅かに弾んだ声を出す。

 それがあまりに無邪気で、現実味がなくて、この真剣な勝負の場ではあまりに不釣り合いで、サスケはぞくりとする悪寒を感じた。





「本気、らしいな。」

「何を今更。」





 サスケが再確認すると、はいつもの無邪気な笑みを返す。


 その笑みに感じた違和感を黙殺したことを、サスケは後から後悔することになる。

相対