は非常に冷静に相手を分析していた。

 チャクラで補ったとしても腕力は男性であるサスケには全く勝てない。体術に持ち込めば、力押しで来られる可能性がある。体術の早さは僅かにの方が上だったが、それは頼りになる程の“差”ではなかった。

 父親から徹底して合気道を教わっていたことも幸いして、受け流すことは非常に得意だ。多少の近接戦闘であればサスケに捕らえられることは到底なさそうだった。

 術の早さは彼の方が早いが、術を使わなくてもは血継限界によって炎を使える。幸いなことにうちは一族お得意の写輪眼による幻術もは全く通じない。





「…やるかな。」 




 は水色の刃を背中の鞘にしまってから、炎の大鎌をその手に作り出す。

 刃が大きいのは近距離戦闘が苦手なので、相手に避けさせる時に間合いをとらせるためだ。間合いをとらせれば白炎でいくらでも対処法はある。白炎で作り出すこの刃は当然以外が触れることは出来ないし、切らずとも相手に触れただけで白炎を移すことが出来る。要するに燃やせるのだ。




「うん。始めようか。」




 はサスケにそれを向けて、肉薄する。

 正直この大鎌は生身を簡単に切り裂き、燃やす。そのためサスケに対してはあまり使いたくなかったのだが、彼は強い。殺す気でおかなければ、こちらがやられる。サスケの実力を考えれば、上手に避けてくれるだろうと信じるしかない。

 サスケの足下を狙っては大鎌を振るった。彼も分かっており、上に飛んでそれをたやすく避けたが、その横っ面をの犬神が放った水の刃が直撃する。は頭を下げて、その水をやり過ごした。





「くっ、」






 何とか体に雷遁を纏うことで水を分解したサスケは舌打ちをして刀を持ち、にまた仕掛ける。

 の頬近くをサスケの刃が切り裂いたため、ぱらりとの紺色の髪が切れたが、は恐れることなくサスケの刃を横に紙一重すれすれのところで避け、自分の大鎌をサスケの右手へと振るう。彼も当然それを避けて、の体を横から蹴りつけた。





「わっ、」




 はサスケの足に軽く右手をついて、なんとか回避しながら、大鎌をサスケへと振る。サスケは危険を回避するためすぐに後ろへと下がって間合いをとった。

 そこへが増殖させた白炎の蝶で作っていたビームが一閃する。




「くっそ、」




 サスケは焦ったように吐き捨てながら、その攻撃を軽やかに避け、千鳥千本をの方へと放つ。





「風伯、」




 はそれをすべて風の刃でたたき落とした。

 サスケはその緋色の瞳でを睨み付けているが、の心は酷く落ち着いている。むしろ敵と戦うよりもずっと、心は平穏だった。この命にかけてもサスケを連れて帰ってみせる。それがナルトやサクラすらも置いて、ここに来たの義務だ。




「やる気じゃねぇか。」




 サスケもうっすらと笑いを浮かべてに言う。

 3年間里を出ていた彼は、3年前の戦いに怯え、ただイタチやナルトの後ろに隠れていたしか知らない。サスケが里を出ようとした時も、との戦いを望んだ時も、は本気で彼を止めることは出来なかった。

 だが、今は違う。





「わたしは3年前のことを、忘れてないよ。」





 は炎の刃を構えたまま、思い出す。

 彼がに戦いを挑んだ時、はサスケを傷つけないように必死だった。の白炎は主のみの危険に自動的に防御し、相手を殺そうとする。だからサスケを殺さないように必死で、その自動防御を押さえ込んでいた。

 でも、今は正直、半殺しにしてでも連れて帰ろうとしている。 

 サクラやナルトと違い、は既にサスケから憎まれ、恨まれる覚悟も、サスケを傷つけても連れて帰る覚悟がある。実際に今、彼から一番恨まれているのは、へたをすればイタチより自分だろう。そしてそれを受け入れ、当然のことだと思っている。


 はサスケからイタチを奪い、一族を奪った。今もは覚悟の上で、うちは一族を狩っている。

 彼のすべてを奪ったのは、だと言っても間違いない。がいなければイタチはもしかするとうちは一族の反乱を密告しなかったかも知れない。それで里に殲滅されるのとどちらか良かったのかは分からないが、それでも少なくともうちは一族の裏切り者にはならずに済んだはずだ。

 がイタチをチャクラで縛り付けているからこそ、こうなったのだ。

 だからこそ、にはサスケと相対し、半殺しにしてでも命をかけてイタチの元に返す義務がある。







「わたしはね、サスケ。本当にイタチのことを大切に思ってる、」






 だからサスケを連れて帰ると決めた。

 酷く悲しそうな顔をして、項垂れるイタチを見て、サスケが里を抜けたことに、一族が反逆者として殺されることに酷く傷ついている彼を見て、は心から後悔した。





「イタチはサスケのことを思ってる。だから、」

「はっ、だったらなんでおまえを選んだ。」





 サスケの目は酷く冷えている。





「イタチはおまえと斎さんを選んだ。その事実は変わらない。」





 うちは一族は今、裏切り者として閉じ込められているか、殺されて墓の中か、里を抜けて生きながらえたかのどれかだ。多くの物が殺されているか、閉じ込められているかのどちらかだ。里を抜けて生きながらえたものは本当にごく少数だ。

 その状況を作り出したのは確かにイタチだが、それは決してイタチのせいではないと思う。





「じゃあ、わたしが勝ったら認めてよ。」






 はそっと大鎌を持っていない右手をかざす。

 すると白炎の蝶の一匹がの手に止まり、鱗粉をまき散らす。他の蝶たちも同じように鱗粉をまき散らしていく。そのそれぞれが白い球体を作り、構える。




「…良いだろう。」




 サスケはにやりと笑い、チャクラをざわつかせる。

 呪印だ。彼の体の色が徐々にから見て右側にある印から変わっていき、文様が出ると同時に肌の色、髪の色すらも変わっていく。そして最後に醜悪な背中の羽が現れたことによって、は眉を寄せた。

 このままでらちがあかないとサスケも思ったのだろう。




「おまえの死体を見たら、イタチはどんな顔をするだろうな。」





 サスケはその紫色の唇をつり上げて笑った。

 イタチがの死体を見たら、なんてその答えは決まり切っている。きっと酷く狼狽して、どうするかすら想像もつかないほどに悲しむ。

 は僅かに目を伏せて、サスケの顔を見上げる。が死ねばイタチの中にあるの鳳凰のチャクラは消滅し、イタチは鳳凰から解放される。炎一族に彼がとどまっている大きな原因はのチャクラだ。

 イタチが死ねば、鳳凰のチャクラはの元に戻り、も死んでしまう。だから彼は常に炎一族に縛られ、のチャクラに縛られている。それはがいる限り仕方のないことだ。

 彼はが死ねばきっともっと自由に生きることが出来るだろう。うちは一族にも、サスケに対しても命をかけることが出来る。彼はうちは一族を裏切りたくて裏切ったのではない、の命が自分と繋がっているから、そうするしかなかったのだ。





「だから、わたしは、」






 はぎゅっと大鎌を握る手に力を入れ、サスケに改めて目を向ける。

 サスケが自分のことを恨むのは仕方のないことだ。は確かにサスケから兄であるイタチを奪った。でも、イタチを恨むのはお門違いだ。

 だから、憎しみが強ければ強いほど、は寧ろ落ち着く。

 傷つかないわけではないけれど、サスケの強すぎるその負の感情がイタチに向いて、彼が悲しそうな顔をする方が、にとってはもっと悲しい。




 ――――――――――全部、全部、なくしたよ。家族も、弟も、一族も、全部なくした





 3年前、うちは一族の反逆を鎮圧してから、迷子の子どものように寂しい目でイタチはにそう言った。





 ――――――――――…俺の帰るところは、もうどこにもないよ




 うちは一族が反逆を企て、里によって解体された時、彼は一族と同時に家族も失った。

 きっと自分がいなければ、イタチは帰る場所を失わずに済んだだろう。自分が彼をチャクラで繋ぎ止めていなければ、イタチはきっとうちは一族をもっと違う形で全力で止められたはずだ。

 は、イタチのためになんでも出来る。イタチから奪ったすべてを、取り戻せるのなら。



犠牲