流石にチャクラが多いと言っても、草薙剣で腹を貫かれれば傷は治らないし、痛いに決まっている。それ以外にも大きな白炎の蝶のチャクラを支えきれず、体の細胞が痛み出すようだ。それでもは倒れるわけにはいかなくて、どうにか足を踏ん張った。

 大蛇丸は死んだのか、蛇がまだいるのか、には分からない。

 だが辺りを見る限り既に蛇はすべて白炎に燃やし尽くされたようだ。後は目の前で呆然としていたサスケだけである。






「余計な、茶々が入った。」






 サスケは僅かにふらついていたが、膝に手を当てて立ち上がる。





「まったくだね。」





 も荒い息を整えながら、返した。

 白炎の蝶は相変わらず巨大なままでを守るようにの真上でそのまま羽ばたいている。かなりの大きさであるため莫大なチャクラを持ち、いつもの小さな蝶よりずっと鱗粉から白炎を出現させるスピードも遙かに早い。

 しかし、幼い頃と同じでこの蝶のチャクラはの身体能力を奪う。体をそのチャクラで押しつぶしていく。





「まさか、大蛇丸にチャクラを使う羽目になるとは、帰ったら大目玉だよ。」




 イタチはがチャクラを引っ張り出したことを気づいたはずだ。もちろん当然交戦中であることも完全に理解したはずだから、長い時間をかければ彼が来る。

 その前に、はサスケを倒さなければならない。





「…天気、悪いな。」




 は僅かに顔を上げて、空を見上げる。重たい曇天は炎の蝶と共にを押しつぶしていく。

 雨が降り出せば流石に白炎といえど威力は落ちてしまう。雨が降り出す前に片付けなければならないだろう。






「もう動けそうじゃないな。」





 大蛇丸がの炎によって焼き殺され、呪印がとけたサスケは僅かなりとも大蛇丸を封じ込めるためのチャクラを必要としなくなったらしく、僅かに回復していた。





「どうかな。」 




 は強がってみたがまさにその通りだった。 ぼろぼろになって鬱陶しく落ちてくる髪を自分で掻き上げる。

 後ろで一つに束ねていたのに、ほどけてしまっているらしい。気づかないうちに切れている部分もあるから、邪魔だなと思ったが、視界に揺れる銀色の髪を見て、はもう一度大きく息を吸い、前を見た。 

 これだけ重たいチャクラでは、もそれほど早く動くことは出来ない。ましてやこれだけの手負いである。

 ぽたぽたと落ちる血が止まらず、は腹を押さえる。

 止血の仕方などは全く知らない。ましてやの炎のガードを破ってきた草薙の剣での傷だ。失血だけでなく内臓の損傷もさっぱり分からない。ただこのままでは非常にまずいことはでも分かった。





「終わりだ!」





 千鳥を纏った刀を持って、サスケがこちらに走ってくる。





「白紅!」





 はふらつく足を何とか踏ん張って、一度目を閉じた。蝶がの前に白炎の壁を生み出す。炎に煽られた途端、サスケが爆発した。分身大爆発・上忍クラスなら当たり前の術であり、は腕を前に持ってきて爆風を避けようとしたが、中から飛んできた手裏剣に眉を寄せる。

 数が多すぎて避けることが出来ない。




「赤盾!」




 チャクラを目に込めて、盾を視る。透先眼特有の瞳術である盾はなんとかすべての手裏剣をはじき飛ばす。

 だが、それに安心する暇もなく、の背後からサスケの刀がに迫っていた。

 それを透先眼で捕らえられていたけれど、が避ける時間はない。蝶の鱗粉を白炎に変える時間も既にない。は眉を寄せて何とか致命傷を避けるべく体を捩る。

 肩を鋭い痛みが通り抜ける。

 肩に刃を刺されたまま、は反動で横にあった廃墟の角材に叩きつけられた。の白炎やチャクラの動きを阻害するためか千鳥が刀に流されており、体が痺れて動けない。体から勝手に力が抜ける。





「チェック、メイトだ。」






 サスケは肩をまっすぐの肩に刺したまま、に告げる。

 激しい感情を映す緋色の瞳は、イタチと同じものなのに、全く違う色合いを持っている。

 サスケとイタチはよく似ていると皆は言う。確かに二人とも才能があり、アカデミーを首席で卒業し、クールで、どちらかというと非常に賢く、容姿も端麗だ。でもに向ける感情は正反対だとは思う。

 いつもイタチはに穏やかな感情を向ける。優しさ、愛しさ、悲しみ、そのすべてが穏やかだ。対してサスケはにいつも激し感情を向ける。優しさも愛情もそのすべての中に、激情がある。

 それを、が悪いことだと思ったことはない。





「何か、言うことはないのかよ。」






 サスケは苛立ちを示すように、黙っているに突き立てている刀をぐりっと回す。無意識に痛みのあまり目じりに涙がたまったが、は目の前にいるサスケを見つめる。

 お互いにぼろぼろで、血にまみれ、顔も傷だらけだ。





「おまえは、いつもそうだな。」




 忌々しげにサスケは言って、その大きな手がの頬に触れる。ずるりとした気持ちの悪い感触は彼がの炎に煽られて火傷をしているからだろう。

 息がかかるほどの間近に、サスケの顔がある。

 爪すらはがれ、真っ赤になった指がの目元をそっと撫でる。その仕草は壊れ物に触れるように慎重で、は失血でぼんやりとする意識の中で、どうしてなんだろうと疑問に思った。




「おまえはどうして俺に、憎しみの目を向けない」






 叩きつけられるような言葉をは頭の中で反芻する。





「…そんなの、わかんないよ。」




 は喉を塞ぐ血を吐き出しながらも、声を絞り出す。

 憎しみなんて言うものが、どういうものなのかには全く分からない。大切な人を失ったこともない、人を鮮烈に嫌ったこともない。





「こんなことになってんだぞ!俺は今おまえを殺すんだ!!」





 サスケはぐっと刀の柄を強く握る。

 この肩に刺さった刀を抜かずとも、自分が持っているクナイで彼女の心臓を突き刺すことなど簡単なことだ。なのに、死を前にしているはずの彼女のうす水色の瞳は、いつもと変わらず静かな感情しか写していない。

 自分をここまで痛めつけた人間に対して、彼女は一片たりとも憎しみを抱いていない。

 いつもそうだ。は不当な扱いを受けてもまったく相手を憎まず、ただ悲しむことしかしない。すべてを諦めていく。それがサスケは時々歯がゆくてたまらなかった。もっと自分の望みを口にして、自由に生きていったら良い。

 そうしない彼女を、いつもいつも、歯がゆい思いで見守ってきた。




「殺さないでって、言ってみろよ!!」




 命乞いをしてみろ、生を渇望して見せろ、死を恐れろ、

 サスケが強く願い、思うすべてを、自分のために存在するいくつものものをはあっさりと受け入れ、諦めていく。

 いつもと全く違う、銀色の髪をしたはサスケをその瞳でじっと見ていたが、小首を傾げる。





「自分な、んて、わかんない。」






 きっと世界で一番分からない、信じられないのがにとっては自分だ。

 両親に大切にされているのも、イタチに愛してもらっているのも分かっている。でも、自分にそれだけの価値があるのか、わからず、いつも自信がなくて、俯いている。





「た、だ、わたし、は、」





 イタチは自分にすべてを与えてくれた。命をかけてチャクラを肩代わりし、彼のすべてをチャクラで縛ってしまった。

 優しいから、イタチはのせいだとは言わない。

 でも、サスケから恨まれるほどにうちは一族を裏切らなければならなかったのも、きっとのチャクラが彼を縛っているからだ。彼が死んだらが死んでしまうから、彼は慎重になる。命をかけようとはしない。




「だから、」




 だからイタチの代わりに自分が命をかけなくてはならないと、は思ったのだ。



愛憎