サスケの千鳥で痺れる体を必死で制御して、足をは一歩踏み出す。

 途端彼も理解したのだろう、の肩から刀を引き抜き、後ろに飛び退いてから間合いをとった。次の瞬間今までサスケのいた場所に、多重結界が展開する。





「おし、かったのに、な。」






 は肩を押さえて、小さく呟く。

 彼が気づくのが、後一歩遅ければ、無事に彼を結界の中に閉じ込めることが出来たと言うのに、実に残念だ。





「白紅、」




 が蝶を呼ぶと、の体ほどある白炎の蝶がサスケへと襲いかかる。

 鱗粉を飛ばすその蝶のスピードはいつものふらふらした物では無く、非常に早く、サスケは刃を構えたまま舌打ちをして、間合いをとろうと奮闘していた。

 はその間にどうにか自分の袖を破って腹の傷を止血しようとするが、じわじわと溢れてくる血は全く止まる気配を見せない。肩も同じで、ぽたぽた着物の袖を伝って落ちる血が出血のひどさを物語っていた。





「おまえを先に殺す、」





 蝶を避けていても駄目だと分かっているサスケは、弱り切っているに肉薄する。はそれを自分の四方を結界で囲んでなんとかやり過ごした。

 もうほとんど動くことは出来そうにない。足を踏ん張って立っているのがやっとだ。




「準備は、出来た。」





 サスケは空を見上げて言う。

 重くのしかかるほど暗い曇天を照らす白炎の蝶の鱗粉を、まるで押しつぶそうとでも言うように、空は重たい雲を作りしている。





「安心しろ、これで正真正銘の最後だ。」




 サスケはに残酷に笑って、空へとサスケが天に手をかざす。

 雷鳴にははっと顔を上げ、自分の近くへと戻ってきた白炎の蝶を見上げる。既に避けるだけの体力はには残っていない。残されているのはひとまず彼の攻撃を防ぐことだ。

 彼の本気の雷遁ならの結界は突き破ってくるだろう。基本的に防御というのは攻撃よりも難しいのだ。ぎゅっとは血が溢れて止まらない腹の傷を押さえながら、びりびりと肌が粟立つチャクラの量に身震いをした。

 風遁で作った結界ならば何とか雷遁に耐えられるかも知れないが、どちらにしてもこのままでは防戦一方、サスケに敵いっこない。やはり大蛇丸がには誤算だったのだと今更ながらに思う。

 けれど、イタチにサスケとの交戦をばれてしまった以上、がここで負けるわけにはいかない。






 は目を閉じて、自分の中に存在する異空間へと足を運ぶ。



 そこは相変わらずの晴天で、柔らかな風の中で木々が心地よさそうに揺れている。晴れやかな空、木の下には木漏れ日の心地よさそうな日陰が出来ている。

 はその中央にある泉に歩き出す。

 水面は透き通っているが、緋色の文様が浮かび上がり、ふたがされている。は泉の真ん中まで来てから、ぺたりとそこに座り込む。水の中に手を突っ込むことは出来ないが、そっと水面に触れる。

 水の中には、銀色の髪の少年が起きていて、じっとの方を見ていた。





 ―――――――――――力が、欲しいのか?




 彼は水面に手を触れて、に問う。





「うん。欲しいの。」






 は迷いなく彼に答えた。


 力が欲しい、今この瞬間に、サスケにも、誰にでも、すべてに勝てる力が欲しい。今サスケが目の前にいる限り、イタチがもうすぐ来てしまう限り、今、は力が欲しい。後でなんて、どうだって良い。

 今、今、欲しいのだ。




 ―――――――――――死ぬぞ、





 少年は、に悲しそうな表情で告げる。

 が生まれた時から“彼”はの中にいて、を守ろうとしてきた。でもはその“彼”のチャクラに耐えることが出来なかった。彼のチャクラに体の弱いは耐えることが出来ず、“彼”のを守りたいという思いに反して、“彼”はを傷つけ続けていた。

 だからこの異空間はイタチと共有している。かつてはの中にいたこの少年は、今イタチの中にいる。

 でも、元々はの持ち物だ。




「うん。知ってる。」 




 彼を解放すればどうなるか、それはが一番知っている。

 4年前、は彼のチャクラによって体を押しつぶされ、死にかけていた。それからも“彼”のチャクラは成長し続けており、にはもうどうすることも出来ないレベルになっている。解放すれば、間違いなく取り返しのつかないことになるだろう。

 だってそれを楽観視しているわけではない。





「でも、でもね、わたしは、」




 イタチのために、サスケを取り戻したい。

 それはイタチをチャクラによって縛り続けているの義務であり、命をかけてでも全うすべきことだ。本当は、サスケはイタチを憎むべきではない、を憎むべきなのだ。そして、には彼の憎しみをすべて背負う義務がある。

 イタチを炎一族に繋ぎ止めているのは、他ならぬなのだから。




「やめろ、」






 泉の中央に座り込んでいるに、上から低い声が振ってくる。

 顔を上げると、そこには今まで見たこともないほど怒った顔をした、イタチが立っていた。ここはとイタチが共有している異空間で、当然イタチのものに繋がっている。ここに立ち入れるのは当然だ。なぜなら“彼”を封印しているこの泉は、今はイタチのものなのだから。





「イタチ、」





 は惚けた表情のままで彼を見上げる。





「何をしてるんだ。」





 イタチはの前に膝をつき、の髪を軽く引っ張る。

 髪が銀色になっているのは、がイタチからチャクラを引っ張り出した証拠だ。蒼一族としての血が強いは、いつも蒼一族の典型的な髪色である紺色だ。それが銀色に変わるのは、無理をしてチャクラを取り込んでいるからで、の体はそれに耐えられない。





「もう、やめろ。」





 低く、憤りを含んだイタチの声が響いて、それでも縋るようにの細い体を抱きしめる。をここに繋ぎ止めるように強い力が込められた腕が頼りない気がして、は悲しくてどうしようもなかった。





「イタチ、わたしね、」





 は水面についている手を握りしめる。

 心が揺らぐ。このままイタチの腕の中にいるのは酷く心地よくて、温かくて、一番安心できる。けれどその甘えが、きっと彼から一族を、そして弟を奪ったのだ。彼はになんでも与えてくれる。だから彼は、なくしてしまったのだ。

 自分自身の、本当に帰りたかった場所を。





「あなたに帰る場所を返してあげたいの。」




 は笑って、イタチの腕を振り払う。同時に水面に張られている壁を割った。





!!」





 イタチが手を伸ばしてくるが、が水の中に入って少年を抱きしめる方が早かった。




 ―――――――――――――馬鹿な我が子よ。





 少年がを優しく抱きしめる。

 彼はきっと炎一族のずっと遠い始祖の思いの形。子どもたちを守りたい、死んでも子どもたちと寄り添いたいと思った、始祖の愛情の塊。





「うん。わたしは馬鹿だ。」





 少年が誰よりも自分を守ろうとしてくれていたことを、は知っている。イタチが誰よりも自分を大切にしてくれていることを、知っている。

 それでも。




「麒麟!!」




 サスケの声が響き渡る。気づけば空からの光がを満たそうとしている。

 目を焼くほどの光と、続いて響き渡る爆音には目を閉じて身を委ねた。不思議と全く恐怖はなかった。


開放