サスケですら目がかすむほどの光が辺りを支配した後、耳を塞ぎたくなるような轟音が響き渡る。雷の威力によって巻き起こされた風が砂埃を巻き上げる。

 直撃していれば跡形もなく吹き飛んでいるだろう。

 しかし、サスケの耳に届いたのは、きゅい、という鳥が鳴くような声だった。サスケは砂埃しか見えない場所を目を凝らして見つめる。

 徐々に砂埃が晴れていく中で、浮かび上がったのは地面に座り込んでいる少女だった。




「あはは、」






 白炎の鱗粉ではなく、沢山の羽に守られている長い銀色の髪が乾いた笑いと共に大きな白色の鳥を後ろに従えたまま、ふらふらと立ち上がる。

 巨大な鳥は莫大なチャクラと白炎を体に纏い、曇天の空に向かって高らかに声を上げる。その声すらも威力を持っていたのか、突風が巻き起こり、サスケは地面に刀を突き立ててそれに耐えることになった。


 それはサスケも一度も目にしたことのない形の鳥だった。


 嘴は鶏、頷は燕、頸は蛇、背は亀、頭には大きな飾り羽、尾も長く、ひらりと美しいが、あまりの巨大さにサスケは言葉を失う。

 煌煌と鮮やかな白色で輝く鳥は、今までにが連れていた蝶とは根本的な違いを感じさせる。

 強い感情が無い上に、威圧感も覇気も無い。それに呼応するようにいつも白炎の蝶に気配らしき物は無かった。だが、揺らぐその鳥はただを守るように羽でを囲っているだけだが、サスケが一歩後ずさりたくなるほどの威圧感があった。




「…今度は、わたしだよ。」




 は腹の傷は、莫大なチャクラのせいか、いつの間にか血が止まっている。サスケがつけた肩の傷もだ。





「…、」





 サスケはあまりの巨大な白炎の鳥に、対処のしようもなく、呆然とするしかなかった。

 一体こんな莫大なチャクラと、巨大な鳥、しかもチャクラを燃やす炎を持つ化け物に、どう対処しろというのか。






「ぐっ、」






 サスケは何とか刀を支えに体勢を立て直し、口寄せで巨大な蛇であるマンダを呼び出す。

 写輪眼で操ろうと思ったが、次の瞬間、巨大な鳥がその足で地を踏み、威嚇するように声を上げた。びりびりと空気が震え、声と共に放たれた衝撃波で、マンダが後ろに吹っ飛ぶ。体格は少し劣る程度だとサスケは思っていたが、そういうレベルでは無いらしい。

 サスケも巻き添えを食い、後ろの壁まで吹っ飛ばされる。とうとうサスケもなすすべがなく、膝をついた。





「おし、まい。」




 は苦しそうに胸を押さえながら、大きく息を吐いてサスケに歩み寄る。サスケは後ずさろうとしたが、もうどうしようもなかった。

 チャクラもつきているし、彼女が後ろに連れている巨大な鳥に勝てる手段など既にありはしない。




「わたしの、勝ち。」




 はどこか空虚な声音で空に向けて高らかに宣言する。その笑いは酷く乾いていて、空虚だ。そこにいつもの純粋な、屈託ない笑顔があるのに、何かがない。綺麗すぎるその笑顔があまりに何もなくて、歪だった。

 長い銀色の髪もあちこち切れていて、血にまで汚れていた。





「ねぇ、サスケ、言ったよ、ね。強くないと、認めら、れないって。」






 もう3年近く前の遠い日、強くなくても認められるが不満だと、努力して、強い自分が認められないのはおかしいとサスケはに言った。確かにそう言ったのはサスケだった。

 そして今、サスケはに敗北した。





「認め、てよ・・・、わたし、貴方、よ、り、強くなったよ、」




 の唇から血が溢れている。血でふさがる喉を震わせて、はサスケに言う。

 鳳凰のチャクラがどんどんの体の内部組織を崩壊させていく。それでも、はサスケへ歩み寄り、笑って見せた。





「全部、全部、背負った、よ。」 





 この2年半、罪を背負った。憎しみを、背負った。

 そしては、ここにいる。

 うちは一族のことも、イタチのことも、全部背負うとは決めた。サスケが愛し、憎んだもののすべてを守るために、は全力を尽くした。それは綺麗ごとでは済まされない行為も当然含まれていた。

 そしてイタチに帰る場所を返してやると、は決めたのだ。





「みとめ、て、よ…」




 頬を滑り落ちるそれが、涙なのか、それとも血なのか分からないが、どちらでも心の奥にある感情は変わらない。辛さも、悲しみも、変わることは無い。





「イタチ、はあなたのこ、と、里、と取引して、守って、たの、…」





 強くないと認められないとサスケはに言った。ここにいるは少なくとも今、サスケよりは強い。




「わた、し、が、」





 喉を通り抜ける熱いものが涙なのか、それとも血なのか、にはもうよく分からない。それでも震える足を踏ん張って、サスケを見下ろす。




「この、鳳凰、が、イタチの、中にいるの!」




 は後ろの巨大な白炎の鳥を示す。

 今はの隣にいる鳳凰は、いつもはイタチの中にいて、それがイタチを炎一族に留め、うちは一族を選ばせなかった原因なのだ。彼とてうちは一族を裏切りたかったわけではない。イタチの腹に鳳凰がいる限り、鳳凰はすべてを知っているのだ。

 どうせ、彼が密告しなくても、には分かった。




「わた、しが、縛ってるの!」





 イタチを縛っているのは、だ。彼は何も悪くない。本来うちは一族に裏切り者と罵られるべきはイタチではなく、なのだ。

 は彼からすべてを奪った。うちは一族として生きていくチャンスも。帰る場所も。

 イタチはイタチでサスケを守るために奔走していた。彼が兄としてサスケを守ろうとしていたのは、本当なのだ。彼は里を出てしまったけれど、里を出なくても彼は反逆には関係ないとされていたし、今も戻れば普通に忍として働くことが出来るだろう。


 イタチを反逆者として恨むのは、お門違いだ。





「かっ、は、」





 は手で口元を押さえる。粘着性のある血が喉を塞いで咳き込み、口元を拭うと、血がべったりとついていた。口元を押さえても、こみ上げてくる血が止まらず、はどうして良いか分からず呆然とそれを見つめた。

 どうやら、限界らしい。

 心配するように鳳凰がの頬にその巨大な顔を寄せる。大きな緋色の瞳と白い白炎の羽は柔らかで、は淡く笑った。

 鳳凰は今にも崩れ落ちそうなの体をくちばしで支えようとする。





「ごめん、ね。」





 鳳凰のせいではない。彼はを精一杯守ってくれている。

 それに応える体と心を持ち合わせていないのはだ。こんな形で鳳凰を呼び出して、彼とて傷ついているだろう。





「さす、け、を。」




 連れて、帰ろう、そう言おうとした時、サスケとの間を漆黒の炎が遮る。

 鳳凰が声を上げてなき、を庇うようにすぐに羽を広げての前に白炎の盾を作ったためは無傷だったが、攻撃が放たれた横を見る。そこには暁の漆黒の服を身に纏った、仮面の男が立っていた。






「貴方、やっぱり逃げていたの。」






 前にイタチと、が組んで暁を撃退した時、彼を結界の中に閉じ込め、白炎で焼いたはずだった。しかしやはり一瞬前に逃げられていたらしい。

 その上、どうやら彼はうちは一族のようだ。もこの漆黒の炎には、見覚えがある。



 万華鏡写輪眼の瞳術、天照。



 ガード不可の漆黒の炎。の白炎にもよく似ており、白炎にチャクラを焼く効能がなければ、触れただけで鳳凰とて無事では済まなかっただろう。

 は荒い息を吐きながら、鳳凰を見やる。

 鳳凰が羽を一振りしただけで、目の前にあった一部の天照は白炎へと変わる。だがの方が僅かな振動にももう耐えきれず、膝をつく。

 それでもは男から視線を離さなかった。



乱入