「俺は、こっちに用がある。」






 トビだったか、暁の男は低い声で言って鳳凰とに警戒しながらもサスケの方に肩を貸す。





「やめておけ」






 の体は大きなチャクラに耐えられるほど強くは出来ていない。

 無理矢理イタチが肩代わりをした分のチャクラを引き出せば、の体の方が背負うチャクラに耐えられず、もたない。




「これ以上サスケに戦わせる気はない。引け。」




 トビは冷静にを見て、宥めるように言う。

 とはいえ、今引いたからと言っては既に手遅れかも知れない。の体は既にかなり鳳凰のチャクラに蝕まれている。増援の医療忍者の質にも寄るだろうが、可哀想に、へたをすればこのままここで命を失うことになるだろう。

 鳳凰は未だにトビを睨んでいるが、攻撃してこないのはに対して攻撃をする気が無いからだろう。がこれ以上チャクラを使えば命に関わると言うことも、鳳凰は理解しているはずだ。だからこそ、動きが驚くほどに慎重だ。

 しかし、がサスケの奪還をこれ以上望めば、そおらく鳳凰はの意志を優先させるだろう。鳳凰が、がもう既に駄目だと判断すれば、の最期の願いを優先するはずだ。





「おまえがうちはのために命をかけることはあるまい。」





 トビはに向けて言う。

 元々の能力はうちは一族にとっては天敵と言うべき存在で、昔から写輪眼が聞かないのは蒼一族と炎一族だけだと相場は決まっている。

 その二つの一族の血を受け継いでいるは、うちは一族を狩るのが誰よりもうまい。

 トビはうちは一族だが、を恨んではいない。寧ろ感謝しているくらいだ。がなんのためにうちは一族を狩っているのかを承知している。多くのうちは一族が暗部のダンゾウに殺され、目を奪われる中で、正当な上忍であるが出ることで、正式な形で捕獲し、生きたままで幽閉しようとしたのだ。

 しかし本来なら、が命をかける必要はないのだ。





「そう、だ、よ。でも、でもね、」




 は鳳凰の羽に捕まりながら、何とか立ち上がろうとして、崩れ落ちる。口からぼたぼたと血が落ちるが、そんなこと構っていられない。





「イタチは、かけら、れ、ないでしょ・・・?」




 は地面に手をつき、ぎゅっと握りしめる。




「だか、ら、わた、しが、」





 イタチから、選択肢を奪ってしまったのはだ。イタチが死ねばの鳳凰のチャクラはの元に戻り、はまた死の運命から逃れられなくなる。だから、イタチがうちは一族に命をかけることは、出来ない。





「み、んな、を、だから、」





 ぐっとは土を握りしめ、ぼろぼろの体を抱えて、ふらつきながらも立ち上がる。鳳凰はまだの後ろに座しており、大きな緋色の目がを不安げに見据えている。

 本当なら体中ぼろぼろで、立てるような状態ではない。それでもは立ち上がった。




「そもそも、うちは一族の反逆が原因だ。」





 反逆を企てようなどとしなければ、イタチもも苦しまずに済んだ。サスケも二人を憎まずに生きていくことが出来た。




「・・・おまえは憎くはないのか。」




 根本は、イタチの父であるフガクが企てた反逆だ。

 イタチも未だに反逆を望んだ父に対しては感情的に許すことが出来ず、絶対に彼が捕らえられている牢へと足を運ぶことはない。が毎週足を運んでいるのにも嫌な顔をしていたから、イタチはきっとフガクが許せないのだろう。


 もしかすると心のどこかで、うちは一族が苦しみ、沢山の人が死に、サスケが里を抜けると言う選択肢をする原因となった反逆を企てたフガクを憎んでいるのかも知れない。

 でも、にはそんなことよくわからない。




「憎し、み、って、なに?」




 は知らない。

 確かに幼い頃から体が弱く、屋敷から出ることも出来ず、ただ緩慢な日々を過ごしてきた。ただ愛情を与えられ、強く何かを望むことを、逆に強く中を嫌うこともなかった。辛くて悲しい日々も所詮自分の体のことであり、それを他人のせいにしたことはない。

 苦しいと思ったことはある。

 だがはいつも与えられていた。常に守られ、両親と一族の人々の愛情に満たされ、苦しい中でも手を伸ばせば届くところに人がいた。

 だから、誰かを恨むほどの経験もなく、そしていつも愛されていたから、憎しみも知らない。






「それは悲しいのと違うの?」





 には激しい負の感情がなく、持っているのは“悲しい”それだけだ。




「かな、しい、よ?イタチを傷つけられると、すごく悲しい。」




 だから、はここにいて、こうやってサスケと戦って、サスケを取り戻そうとしている。

 人を恨んだことはないし、誰かを憎んだこともないけれど、ただイタチを守りたくて、イタチの帰る場所を取り戻したくてここまでやってきた。




「・・・おまえは優しすぎる。そして、体も、心も未完成すぎる。」



 トビはそう言って首を振った。

 はまだ知らないことが多すぎる。心も優しすぎる上、酷く未熟で、根本的な感情の多くがまだ抜けている状態だ。体も弱く、炎一族としては不完全である。





「た、とえ、そうだった、と、しても、もう、戻れな、い。」





 はそう言って、鳳凰を見上げる。

 ここまでやってしまった限り、にだって退路はない。きっとナルトやサクラも怒っているだろうし、イタチの怒りは恐ろしいものだろう。命までかけてを守ってくれたのに、それをは自分の望みのために踏みにじってしまった。

 ここでサスケを取り戻せなければ、あわす顔なんてない。むしろここで息絶えた方がずっと幸せだ。


 トビに向けて鳳凰が酷い雄叫びを上げ、球体を大量に作り出す。





「やる気か。」






 トビは呆れたようにに言って、構える。





「…やめ、ろ。」




 サスケは思わず声を上げていた。トビの手を制し、膝を押さえながらサスケは立ち上がり、へと歩み寄る。

 鳳凰は守るように羽でぼろぼろのを覆っている。

 サスケはそれにすらも恐れることもせず、白炎に煽られ肌がびりびりと火傷になるのを感じたが、に手を伸ばす。

 誰よりも追い詰められているのは、きっと誰でもない。





「兄貴のために、そんなにぼろぼろになる必要はないんだ。」




 サスケは白炎を構うことなく、を抱きしめる。

 久々に抱きしめる体はお互いに成長したはずなのに小さな子供の時と変わらず、自分より体温が少し高く、一回り小さい。

 病弱で、頼りなくて、小さくて、同い年のはずなのにちっともしっかりしていなくて、とろくて、鈍くさくて、戦いが嫌いで、いつも臆病で、自分を全く信じない。そのくせに特別な力を持っているから、すぐに任務にかり出される。

 でも、怖くていつも怯えていた

 なのに彼女はもう既に膝が震えているのに、腹も草薙の剣に突き刺され、何度も血を吐いているのに、あれほど怯えて嫌がったサスケとの戦いに真っ向から挑んできた。

 いつも追い詰められてしか戦わないが、どれほど追い詰められていたのかが分かる。




 ――――――――――――わた、しが、縛ってるの!




 サスケが里を出てから、うちは一族の反逆があってから三年間。

 彼女はずっとイタチを縛り続けている自分を疎み続けていたのだろう。だからサスケに必死になって、戦いを挑んできたのだ。





「もう、良いんだ。」





 こんなぼろぼろになってまで、追い詰められて、こんな戦い方をして、死んでも良いなんて思うほどに思い詰めなくても良いのだ。

 温もりが、の心を柔らかく満たしていく。

 彼にこうやって抱きしめられたのは一体いつぶりなのだろうか。その温もりがいつも抱きしめてくれるイタチの温もりと重なる。

 体が重たい、瞼も重たい。すべてが泥の中に沈むように、何かが失われていく。





「さ、」





 すけ、とは桜色の唇を動かして、目を閉じる。

 瞼の裏に浮かぶのは自分の世界で一番愛した人だ。懸命に彼のためになりたいと戦い、努力もした。悲しくても苦しくても弱音を吐かず、笑った。この三年間の努力のすべてが彼のためにあったかも知れないと思うほどに、盲目に、彼を想った、ただ、力になりたかった。

 その苦しさも、愛しさも、すべてが、涙と共に滑り落ちていく。

 眠るようにの体の力が抜けたと同時にサスケも座り込む。サスケの腕の中のは、もう息をしていなかった。


解放