ふわふわと白い蝶が森の中を楽しそうに舞っている。

 空は相変わらずの青天で、雲が所々あるが、それでも清々しいほどに心地よい日が差し込んでいる。泉もきらきらと太陽を反射させ、穏やかすぎる柔らかな風が髪を揺らす。

 イタチが昔自分で持っていた自分の異空間と違い、のそれはの精神性を示すようにあまりに綺麗なものに溢れている。

 イタチはそこにただ立ち尽くしていた。




 ――――――――――――――イタチ、




 ふと、イタチを呼ぶ柔らかい声がする。

 イタチがあまりに聞き慣れたその優しい声音に振り返るが、そこには誰もいない。も、そしていつもはいるはずの泉に封じられている鳳凰も、今はいない。

 気のせいかとイタチが前を向くと、背中から腰辺りにふわりと温かい腕が伸びてきた。





 ―――――――――――――あげる。




 小さな手が、イタチの手に何かを握らせる。




?」






 イタチは自分の一番大切にしている少女の名前を言う。

 だが小さな腕が後ろから回されているため、イタチは振り返ることが出来ない。ただ声だけが響く。




 ―――――――――――――ごめん、ね





 優しくて、悲しそうで、けれどどこかほっと安堵するような、そんな声だった。

 背中に自分より少し体温の高い、温もりがある。だがそれはすぐに空気にとけるように、消えていった。

 代わりに残ったのは、手の中の何かだけ。

 イタチは手を自分の前に持って来てそっと開くと、それは白い鳥の羽だった。大きな白い鳥の羽は、イタチが手を開くと、イタチの前へと風に煽られるように落ちる。

 途端にそれは、いつもの銀髪の少年の姿に変わった。





「…」




 イタチは呆然として彼を見つめる。




は、どうした。」





 彼は問いに答えず、ただ俯く。

 イタチは震える手を握りしめて、崩れそうになる足に必死で力を入れた。恐ろしい想像が脳裏を過ぎる。それを否定して欲しくて、叫び出したくなった。

 少年は、その灰青色の瞳でイタチを見上げ、静かに口を開く。





 ―――――――――――――最後の、我が子が死んだ






 足下から崩れ落ちるようだった。

 イタチが突然足を止めたことに、ナルト、サクラ、そしてシカマルは驚いて彼を振り返る。

 イタチは完全に走る足を止めており、呆然と自分の肩を見つめた。そこにいつもいるの白炎の蝶は既になく、代わりにそこにいたのは、白炎の少し大きな鳥だった。鶏冠の美しい、嘴は鶏、頷は燕、頸は蛇、背は亀。頭を下にして、悲しそうに項垂れている。





「どうしたんだってばよ?急がねぇと!」




 がサスケと交戦していると言ったのはイタチだ。


 早く行かなければ手遅れになるかも知れない。ナルトははやる気持ちもそのままにイタチに言った。だが、イタチは自分の手をじっと眺めていたが、それをぐっと握りしめる。ぽたりと、血が地面にしたたり落ちる。






「イタチ、さん?」




 サクラもただならぬイタチの様子に恐る恐る名を呼ぶ。




「な、んで、」





 イタチは震える唇でそう言って、首を振る。





「…が死んだ。」





 全員が、言葉の意味を理解できず、目を丸くしたまま、イタチを凝視する。イタチは両手で顔を覆い、項垂れる。

 その彼の様子が、彼の言葉のすべてが真実であることを示していた。

 のチャクラを彼が持っていると言うことを、既にサクラも、ナルトも知っている。が死ねば、チャクラもなくなる。彼にはそれが明確に分かる。





「うそ、」




 サクラはそれ以外に言葉が出ず、その場に膝をつく。すぐに顔を下に向けたが、目じりには勝手に涙がたまってぽたぽたと地面に落ちた。





「サスケ、が、やったのか?」




 ナルトは震える声でイタチに尋ねるが、知るはずもない。

 サクラ、ナルト、シカマルは顔を上げて、その鳥を凝視する。イタチはショックから立ち直れないのか、呆然とした面持ちのままでその白炎の鳥の言葉も頭に入っていないようだった。

 サクラも安易な慰めの言葉をかけることすら出来ない。

 とイタチがどれほどに思いあっていて、イタチがどれほどを大切にして、愛していたか、サクラはずっと間近で見てきた。が死んだと知らされたイタチの絶望がどれほどのものか、口に出すことも憚られる。





「サスケ、が、を、殺したのか?」





 震える声でイタチはナルトと同じ言葉を反芻する。すると、イタチの肩にいた鳥が静かに口を開いた。






『…何とも言えない。』







 少し高い、男の子の声だった。





『大蛇丸と、仮面の男が、出てきたから、』



 彼らがいなければ、は簡単にサスケに勝てていただろう。

 だが大蛇丸と仮面の男の存在がの予定を狂わせたし、どんどん余裕を奪った。大蛇丸の刃には毒も塗られており、動けるほうが奇跡だった。だが、イタチにとってはそんな慰めや、の傷など聞きたくないはずだ。

 イタチは何よりもが傷つくことを嫌っていた、恐れていた。

 鳳凰も同じく、イタチがどれほどにを愛していたかを知っているため、何もそれ以上言うことが出来なかった。ましてや自分の弟が原因だと思えば、やりきれる物では無い。





「たった、たった、四年だぞ、」





 イタチは震える声で、言う。

 は幼い頃からずっとチャクラに体を蝕まれ、ろくに屋敷の外に出ることも出来ず、ただ死ぬために生きていた。4年前、イタチはのチャクラを肩代わりしたことによって、やっと外に出られるようになり、外を歩き、普通の子どもと同じように過ごせるようになった。

 たった、たった4年。

 それも自分の弟であるサスケにを殺させ、を仲間も友人も家族もいない戦いの場で、たった一人で逝かせるために、自分は命をかけてのチャクラを肩代わりして、生きながらえさせたというのだろうか。


 それくらいなら、あの日、皆に囲まれ、死んでいれば良かったのだ。その方がずっと幸せだったはずだ。思い悩む必要だってなかった、彼女が苦しむこともなかった。



 そしてあの寂しがりの少女が、ひとりぼっちで逝くことなんてなかった。

 イタチは彼女に笑っていて欲しかったから、生きていて欲しかったから、命をかけたというのに。






「俺は、おまえだけ持って、どうするんだ。」





 はただイタチに自分の持っていた鳳凰を残していった。白炎を持つ鳳凰はもう既にの物では無いので、縛られてはいない。イタチが手放せばそれで、どういう形かは別としても空へと帰って行く。

 それでもがイタチに鳳凰を残したのは、それが力だと知っているからだ。

 しかし、がいないのなら、イタチは鳳凰のように多分な力など必要ない。がいたからこそ、守るための力が欲しいと思った、強くなりたいと心から思ったのだ。






「…嘘だってばよ。」






 いつも冷静なイタチが取り乱す様子に、ナルトもの死を信じずにはいられない。ナルトは自分の目じりにこみ上げてくる涙を堪えきれなかった。





は、は…」




 サクラは膝をついたまま、ぎゅっと手を握りしめる。

 ぽたぽたこぼれ落ちる涙が地面の色を変えていくのを見ながらも、俯いて、は終わりを望んでいたのかも知れないと思った。彼女は懸命にうちは一族のためだと任務をこなし、うちは一族を守りながらも憎まれることに酷く傷ついていた。

 彼女はいつも笑っていたが、心の中ではずっと追い詰められて泣いていたんだろう。

 曇天はいつの間にか清々しいほどの綺麗な青色に変わっている。彼女が最期に何を思って逝ったのか、それを思えば他に道があったはずだと、サクラは泣くことしか出来なかった。



散華