体温が徐々に奪われていく。

 トビという男に誘われ、アジトに戻ってもサスケはを抱いたままだった。とはいえ、彼女の体はまるで泥の塊を持つように重たい。いつもは自分より少し高かった体温もそこにはなく、既に彼女の体は冷たかった。

 いつもいた白炎の蝶すら、すでにの傍にはいない。

 傷だらけの体、煤に汚れた頬を拭ってやっても、反応は返ってこない。当然だ、そこに命はもうないのだから。





「…」






 サスケはこれを、望んでいたはずだ。

 でも心を支配する空虚感を全く説明できず、またどうして自分が彼女の遺体を抱えてこんな所にいるのかも分からなかった。




 ――――――――――わた、しが、縛ってるの!





 3年前からはずっと苦しみ続けていたのだろう。

 のかっている化け物を見るのはサスケとて初めてだったが、九尾と変わらない莫大なチャクラと、威圧感を持っていた。のチャクラが多すぎてイタチに肩代わりしてもらう原因となったのは、間違いなくあの巨大な鳥だろう。




「…、」





 何故、自分はを憎んだんだろう。彼女に罪はあったのだろうか。

 無知で何も知らない、外に出たのもたった数年だった彼女に本当に彼女が思うほどの罪があったのだろうか。サスケが思うほどの罪があったのだろうか。






「気は済んだか。」





 サスケをここに連れてきた仮面の男が、未だにを抱えているサスケに問いかける。





「…」







 サスケは応えなかった。

 万華鏡写輪眼によって生み出される天照の瞳術から、男が少なくともうちは一族の生き残りであることはわかる。だが、ならば何故うちは一族を狩り続けているを庇うような発言をしたのか、そもそも自分をどうしてここに連れて来たのか、サスケには既に抵抗しようもなかったので仕方なかったとは言え、不気味だった。

 サスケの思案が顔に出ていたのだろう、男は仮面の下で笑った。





「納得出来ないといった顔だな。」






 納得出来ないに決まっている。だがそれよりも正直サスケは腕の中にいるをどうしたら良いのかに途方に暮れていた。





「そいつは、もう死んでいる。」





 白い肌の少女には既に息はなく、温もりもない。サスケとて言われなくても理解していることだったが、心が受け入れきれなかった。





「可哀想に、里に利用されるだけ利用され、追い詰められてこの様とはな。」




 男は哀れみの目をに向ける。




「どういうことだ?」




 サスケは意味が分からず、男に問い返した。




「里はうちは一族も、炎一族も疎ましかったのさ。」





 うちは一族は木の葉隠れの里の始まりに深く関わっている。

 もちろん木の葉の里を基本的に作ったのは千手一族だが、うちは一族もかなり昔から協力して戦ってきた。しかし千手との戦いの歴史は根深く、差別はやはり里の中であり続けた。里に貢献しているというのに不当な扱いが不満で、うちは一族は反逆を企て、密告され、今は瓦解している。

 対して現在里の中で一番大きな一族は炎一族だ。人数だけならかなりの規模で、里とも友好関係を築いているが、単独で成り立っていけるに十分足りる力を持つし、手練れも多い。里での興隆を求めることはなく、二〇年くらい前から協力をしだした一族だ。





「おまえは何も知らないんだな。」






 男はくっと喉元で笑って、サスケに言う。






「俺からしてみれば、そこの小娘も里の被害者に過ぎない。」




 3年前の遠い日、うちは一族は反逆を企て、それをイタチが密告し暗部に報告したことで、反逆罪は事前に明るみに出たため、多くの者が殺され、一部が里の牢へと繋がれ、また一部が里を抜けて逃げた。

 結果的にうちは一族の反逆は失敗だった。





「うちはイタチは元々密告する代わりに、おまえの身の安全を里の上層部に保証させていた。」





 男の言葉は兄がサスケを庇っていたことを示している。

 イタチは既に当時から炎一族の婿になると決まっていたから、いざとなればそちらに逃げることが出来ただろうが、サスケは違う。もしも一族が全員で反逆を企てた場合、連座して牢に入れられてもおかしくなかった。

 また、巻き込まれて殺されてもおかしくはなかった。

 実際にうちは一族の戦闘要員ではない、団子屋の主人まで殺されたくらいだ。暗部の人間たちは、特に反逆者には容赦をしなかっただろう。

 イタチは自分がサスケを庇えば炎一族内での自分の立場が悪くなることも、やいつ気に迷惑をかけることもよく知っていたが、それでもサスケを庇うために密告したと同時に、うちは一族をも解体させた。





「そんなこと、信じられるわけっ、」

「事実おまえの元仲間たちは、里の命令でおまえを追ってきたはずだ。」





 火影の命令でサスケを取り戻すべく追ってきたと言うことは、サスケが戻れば里はサスケを受け入れる気があると言うことになる。





「ずっと上層部と暗部のダンゾウは、うちは一族の写輪眼を狙うために、うちは一族の反逆を待っていた。」






 昔からいろいろなしがらみがあるうちは一族は、里にとっては邪魔な存在だっただろう。

 写輪眼は確かに有益だが、それは里のために使うならであり、また優れすぎたその瞳は争いも産む。里の中でも大きな一族であると共に、強い結束を持つうちは一族のことを里は常に疎ましく思っていたのだ。





「実際に、仲間からは目が抜き取られていただろ?」





 男が言うことは、間違いなかった。

 サスケが見たうちは一族の殺された人々は、目を奪われていた。だからこそ愕然としたのだ。兄が密告をしたせいで、うちは一族の人々は殺されたと。





「うちはイタチは師と炎一族のことで脅されていたのさ。ダンゾウに。」



 うちは一族と炎一族は元々仲が良かった。

 うちは一族の反逆の気配は確かにダンゾウにも伝わっていただろうし、なんとなく斎も知っていた気がする。だからこそ、ダンゾウはイタチに言ったのだ。反逆を密告しない場合、うちは一族と仲が良かった炎一族も連座で抹殺する。師である斎も同じだ、と。

 もちろんダンゾウはサスケのことも殺す気でいただろう。だが、イタチは炎一族を危険にさらす覚悟でうちは一族であるサスケを助けようとした。





「実際に抜け忍で、ダンゾウに捕まった者で、生きていたものはいない。」






 ダンゾウは容赦なく人を殺すし、抹殺もする。

 斎ほど甘くはなく、だからこそ斎とダンゾウは常に揉め続けているのだ。ある意味でイタチの迂闊な行動は、師である斎の立場を危うくする可能性もあり、ダンゾウの出方を窺う意味でも、イタチはダンゾウの言うことを聞かざるえなかった。


 しかしそれと同時にサスケも守ろうとした。




「そこの小娘はそれを知っていて、うちはを狩っていたのさ。炎一族も同じだ。」





 が表向きに任務としてうちは一族の抜け忍を捕らえれば、正式に斎か、もしくは綱手に引き渡されることになる。そうすればダンゾウ率いる根は干渉出来ないし、隠れて写輪眼のためにうちは一族の者を殺すことも出来ない。

 炎一族の者はの意図を理解し、を助けようと荷担していただけだ。






「しかしダンゾウはそれすらも利用して、うちは一族の憎しみを里ではなく炎一族に向けさせようとした。」





 捕らえられているうちは一族は、炎一族を憎むだろう。それを上層部やダンゾウは知っていたのだ。






「…じゃあ、は。」







 サスケは腕の中で苦しみも悲しみも、痛みももうなく、眠っているを見下ろし、呆然とする。




「利用されただけだ。」





 ダンゾウや里の上層部はおそらく、が死ぬことを望んでいただろう。

 炎一族の宗主を中心になり立っている一族であり、宗主となれる白炎使いは基本的に一系統だ。現在の宗主である蒼雪はすでに30歳を超えており、また夫である斎は不妊症で、を儲けることが出来ただけでも奇跡だと言われている。二人は若いが、これ以上の跡取りは望めない。

 が死に、炎一族の宗家が絶えればそれだけで、炎一族は瓦解する。それを虎視眈々と狙い、そのために、サスケの憎しみをやイタチに向けさせた、同族で、もしくは邪魔な一族で殺し合わせるために。

 そしてイタチを追い詰めるために。





「ダンゾウにとって、斎とイタチは邪魔で、二人揃って消えて欲しい存在だ。」




 今暗部のほとんどを斎が取り仕切っている。おそらくその地位を引き継ぐのは彼の愛弟子であり、実力的にも優れたイタチだ。ダンゾウにとってイタチの立場を悪くすることは斎の立場を悪くすることに繋がるため、歓迎すべきものだっただろう。

 イタチが炎一族を守るためにとるべき道は、おそらくうちは一族の反逆を放って置くことだっただろう。放って置き、ダンゾウに殺される一族の者を傍観すれば良かったのだ。自分は無関係、既に炎一族の人間だとすれば良かった。

 しかしそれをすれば、うちは一族であるサスケも殺される可能性が高い。

 炎一族の立場を悪くする可能性があると知っていても、イタチはサスケを助けるためにダンゾウと取引をする必要があったのだ。

 それが例え、のためにならないと知っていても。

 はそんなイタチを理解して、恨まれることになったイタチを思って、サスケと戦うことにしたのだ。これ以上、何も背負って欲しくなかったから。




「…ちくしょう、」





 サスケは拳を握りしめて壁を殴りつける。

 自分はただ、守られていただけだった。

 恨み続けた兄から、そして弱くて、守ってやらなければと思っていたから、ただ守られていただけだったのだ。

 そのことが、悔しくて、たまらなかった。
悔恨