サスケが夜中にを屋敷から連れ出したのは、十歳になる頃だった。





「大丈夫?」






 背中に負ぶさっているは、不安げにサスケに尋ねる。




「何がだよ。」




 夜道は暗いが、灯籠を持っているし、サスケにとって炎一族邸からの道はよく通っているもので、夜といえど迷うはずもない。サスケにはが何を心配してるのかさっぱり分からなかったが、は全く別のことを心配していた。





「わたし、重いでしょ?」

「そうか?」




 とサスケは同い年だ。

 しかしは病弱で、体もサスケよりも一回りは小さかった。当然体重だって軽い。忍となるべくアカデミーで勉強しているサスケは同年代の子どもよりずっと体力があり、を背負って少しの道を歩くぐらいはなんてことはなかった。





「むしろ、おまえこそ寒くないか?」





 は寒さに弱い。今は夏だとは言え、森の中は少し涼しかった。一応出てくる時にには暖かい羽織を着せておいたが、それでも心配だ。





「うん。大丈夫だよ。それにサスケ温かいし。」






 に他意はないのだろうが、は嬉しそうに声を弾ませるから、サスケは顔を赤くする。

 そんなことを言われると、背中の温もりがすごく気になる。だが今更引き返すことも出来ず、サスケはが赤い耳に気づかなければ良いと思った。





「それに最近、外に出られなかったから、嬉しいんだ。」




 の体は年々悪くなっている。


 昔は体調を気にしながらなら外に出られたし、少し遠出をすることだって出来た。なのに、最近、はほとんど眠っているか、家にいても布団の中で、庭に出るのがやっとと言った状態になりつつあった。

 サスケはどうしての体が弱いのかを、しらない。

 ただ、どんどんの体が悪くなっているのは、大人の反応で分かっていた。同年代の誰よりもの体が小さいのも、何となくそのためなんだろうとサスケは思う。





「螢、見られるの?」

「あぁ、昨日はまだいた。」






 サスケは素っ気なく答えながら、心が弾むのを止められなかった。

 暑い夏の盛りである今は、螢の季節だ。サスケとイタチが見に行ったという話を聞いてか、はどうしても螢が見たいと言い出したのだ。もちろんイタチはの体が弱いことを理由に、に自制を求めたが、それでもは諦められないのか、サスケに頼んできた。

 大人のように体調が良ければ来年見られるよと言えれば良かったのかも知れない。

 けれど年々体調の悪くなっているを見れば、サスケはそんな慰めを口にすることも出来ず、今年見られなければ二度とチャンスはないかも知れないと思えば、やりきれなくて、結局の願いを受け入れた。



 もちろん大人たちには秘密だ。


 兄のイタチは今日任務のはずで、両親も長期任務で家を空けているから、家を抜け出したことすらも誰も知らないだろう。

 真っ暗の中を、ただ灯籠の明かりを頼りにゆっくりと歩いて行く。少し歩けば、誰もいない森の中に佇む泉にたどり着く。昔、蒼一族が住んでいたという泉に残るのは神社の名残と、その地下にある、避難所として用いられていた廃墟だけだ。

 わき水で出来た泉の水は澄んでいて、底まで綺麗に見える。




「こけるなよ。」



 サスケは注意してを泉の縁に下ろした。

 最近は酷く足取りが危うい。屋敷から出ずに布団の中で一日を過ごすことが多いから、あまり歩かないのだろう。サスケはが転ばないように、そっとの手を取った。





「綺麗ね、」




 そういうの足下はやはり危なくて、転びそうになる度にサスケが支える。




「いないね。」





 は辺りを見回して、小首を傾げる。




「歩き回らず、ここに座って待てよ。」





 薄暗い中を歩いて転ばれては、怒られるではすまない。サスケはに近くの岩に座るように言った。は大人しく岩に座る。サスケもその隣に座って泉を眺めた。

 ぱちゃんと魚なのか、たまに水音がするだけで、辺りは静かすぎるほど静まりかえっている。




「夜の森、ちょっと怖いね。」




 は怯えるようにサスケの方に体を寄せる。


 隣にある珍しい小さな少女の体温に少しだけどぎまぎしながら、サスケは素知らぬふりで口を開いた。






「そうか?」




 いつも通っている道のため、サスケはそれ程怖さを感じない。だがはあまり外に出たことすらないから、暗いのが怖いのだろう。宥めるようにぽんぽんとの髪を撫でてやると、は紺色の瞳を細めた。

 の体温は少しサスケよりも高い。

 でも体は一回り小さくて、自分と同い年に見えないほどに、彼女の顔はまだ子どもそのもので、あとげなかった。





「あ、あれ?」




 は楽しそうに声を弾ませ、指で泉の向こうを指さす。顔を上げると、ふっと通る光の線がサスケにも見えた。






「あぁ、あれだ。」







 螢−小さく光る虫たちがふわふわと闇の中を飛んでいる。特に泉の脇にある茂みがお気に入りらしく、その辺りを舞っていた。





「すごいねえ。あれ、本当に虫なの?」

「あぁ。」




 初めて見るは目を輝かせている。それを眺めながら、サスケはの手を握った。

 螢は木の葉の里ではそれ程珍しい物では無いが、は今まで一度も見たことがなかったのだろう。病弱で、屋敷の中でほとんどの時間を過ごすには、見たことのないものが沢山あり、そしてただ屋敷の中で生きている。

 それは幸せなことなのだろうか。





は外に出たら、何がしたい?」





 サスケは隣で楽しそうに螢を見ているに問う。はくるっとサスケの方を振り返ると、小首を傾げた。





「…んー、わかんない。」





 想像したことすらないのだろう。

 幼い頃からは体が弱く、あまり外に出たことがない。だから自分が外に頻繁に出る姿を想像できないのかも知れない。

 暗い中、螢がちかちかと淡い光を点滅させながら舞っている。彼らの命は本当に短いが、それでも次の世代へと未来を残すために懸命に輝き、そしてきっと数週間後には命を失う。短くても、一瞬の輝きを求めている。

 自由に飛び、舞い、そして短い命を全うする。





「でも、イタチはあんまりわたしがお外に行ってほしくないみたいだから、お屋敷の中で、良いかな。」





 は他人の望みに敏感だ。

 出来ることが少ないから、他人が自分に望む僅かな願いに敏感に反応し、そして自分の望みを諦める。他人のために。それはきっと、自身も自分の命が短いことを知っていて、だから、他人をできる限り患わさないようにと、無意識に振る舞うのだろう。

 イタチは確かにの命が僅かでも長らえ、が生きていることを願っている。

 でも、サスケは、それは違うと思う。

 人間の生きる価値は、長さで決まるのではない。本人がどれだけ満足したか、輝いたかで決まるのだ。短くても、長くても、人間の人生は自分にとっての価値と満足度で決まるのだとサスケは思う。



 だから、






、」





 短いからこそ、おまえのために生きて良いんだよ。

 そんな言葉を、サスケはいつも言えないままに、ここまでやってきていた。いつも彼女は人を愛し、人のために生きる、そして人のために死ぬんだろう。

 それだけしか考えてない無邪気なが、サスケはずっと好きだった。


螢光