「死んだのか、」






 サソリはサスケの所を訪れると、を見て淡々と言った。





「馬鹿な奴だ。あんな奴のために、命をかけて死ぬなんて、」






 寝台の上に寝かされている遺体は肩や腹に酷い傷があり、ぼろぼろだった。紺色の長かった髪もあちこち切れてしまっていて、長さがばらばら。幸い顔に傷はそれ程なかったが、それでも泥や煤で汚れている。

 サソリは自分の服の袖でそれを静かに拭ってやる。  

 昔、同じことをした時にくすぐったそうに笑っていた声も、笑顔ももうない。真っ白の肌は既に温もりはなく、冷たい。サソリとていくつも死体を見てきたが、まさか赤ん坊の頃から抱きしめていた幼なじみの娘の死体を見ることになろうとは思いもしなかった。


 うちはイタチは、自分のために死んだをどう思ったのだろうか。

 彼はのチャクラが消えたことで、例え遺体がなかったとしても、明確にの死を理解しているはずだ。




「だから、うちはなんかを婿にとるなと言ったんだ。」




 サソリは何度も斎にうちは一族だけはやめておけと忠告した。


あの一族の血継限界は確かに有益だが、それ故に一族という形式に非常にこだわり、また里との関係にしても、一族の形式としても非常に業も深い。蒼一族は元々うちは一族とも縁戚関係にあるが、現在は滅びた一族であり、同時に二代目火影とも縁戚関係にある。

 斎が炎一族の婿として入っている限り、里との関係を重視すべきで、里とあまり良い関係ではないうちは一族の代表者の嫡男であるイタチがどれほど優秀であったとしても、後々の面倒ごとを考えれば避けるべき人材だと、サソリは何度も斎を説得した。

 うちはイタチの精神性には全く問題がないのだとしても、人間は一人で生きているわけではない。彼の業がを巻き込むという可能性は十分にあるのだ。

 それでも斎は自分の弟子であるイタチを信じた。

 結果がこれだ。




に触れるな、」






 部屋の隅で座り込んでいた男が、ぎろりと赤い目でサソリを睨む。うちはイタチの弟のうちはサスケだ。

 彼もまたぼろぼろで、死ぬ一歩手前だったという。

 どういった経緯でを殺したのかは知らないが、そんなことを言うくらいならばどうして助けなかったのかと憤りすら抱く。仮に斎がイタチを信じていたとしても、彼の弟がを殺したのならば結局同じだ。





「可哀想にな。」




 サソリはまったくサスケの言葉など無視して、そっとの額を撫でる。まさか、冷たい彼女に触れる日が来ようとは、夢にも思わなかった。

 いつもサソリが抱きしめるの体温は普通の人間より高くて、だからこそいかにも子どもといった感じで、サソリには心地よかった。

 赤ん坊の頃からサソリはを知っている。両親の愛情に恵まれた、本当に小柄な子どもだった。無邪気によく笑い、よく食べ、よく寝る。純粋で、綺麗で、無垢で、何も知らないを、サソリも心の中で大切に思っていた。


 サソリが幼い頃に欲したすべてを、サソリの幼なじみである斎と蒼雪はに与えた。そしてそれをも嬉しそうに甘受していた。


 それは幼い頃に両親をなくし、寂しい思いをしたサソリにとっての“憧れ”であり、“夢”でもあったのだ。

 サソリは拳を握りしめる。





「なんで、こうなったんだ。」




 サソリとての体が弱かった理由も、炎一族だからこその固有の問題も、きちんと理解している。

 は普通に忍として生きていれば死ぬことがないのではないかと思うほどに強い力を持っている。そのが死ぬことになったのは、の心根と覚悟の問題だろう。イタチが持っている鳳凰すらも引っ張って、戦ったのだ。

 が心に決めた覚悟は、死を超えるほどに大きく強かったのだ。





「…。」






 死ぬ時、は何を考えたのだろうか。

 はずっと屋敷の中で過ごし、体も弱く、ただ死を待つ生活を何年も続けていた。だから、きっと彼女はいつも死を覚悟していただろう。

 でも、せっかく外に出て、大好きなイタチと外で普通にデートをして笑い合って、普通の子どもと同じように遊んで、学校に通って、卒業して、任務をして、そして普通に笑い合って、食事をしに行って。夢見ていた、当たり前の生活を手に入れた。

 そんな当たり前の時間を、イタチがの鳳凰とチャクラを肩代わりすることによってに与えたはずだった。


 しかし、それはにたった4年の猶予期間を与えたに過ぎなかったのだ。





「痛くなかったか?」




 病を抱えて苦しんでいた頃と、こうして死を迎えるまでの間、どちらが痛かったのだろうか。そう思って顔を上げて、サソリはふと気づく。

 の腹の傷、その合間から見えるのは、封印式だ。


 もちろんうっすらしか見えないが、は一度それを解放したにもかかわらず、何らかの形で元に戻したのだろう。その意味は明確だ。の封印式はイタチの封印式に繋がっている。は死の間際に、イタチに鳳凰を戻したのだ。





「…守りたかったのか。」





 が死ねば本来についている鳳凰も、同じように消えるか、どこかに行くはずだ。なのに、自分が死ぬと分かった瞬間、はイタチに鳳凰を封印した。

 サスケに挑みイタチのために、最期まで戦ったと同時に、彼女はイタチのために最期まで彼を守ろうとしたのだ。死んだとしても、彼を守るために、鳳凰を残した。その心は子供らを守りたいと白炎を自らの子供らに託したという、炎一族の始祖と同じだ。

 サソリは部屋の隅で項垂れているサスケを見やる。

 彼は今どんな気持ちでの死を眺めているのだろうか、後悔なのか、それとも悲しみなのか、憎しみなのか、なんであってもサソリには別段関係ない。むしろをここまで追い詰めたのなら、殺してやりたいとすら思う。

 だが、に対してだけはサソリも情がある。





「なぁ、おまえ、を生き返らせたいか?」





 サソリが問うと、サスケはぱっと顔を上げて、目を丸くした。その目には明らかな動揺と期待がある。





「教えてやろうか。」




 サソリはその答えを知っている。与えたのはサソリの祖母であるチヨだ。しかしそれをすることは自分の命と引き替えにする以外サソリには出来ない。

 だが、サスケには自分の命を犠牲にせずとも出来るはずだ。




「…が、戻るのか?」






 信じられないと言った面持ちで問うサスケの顔にはあからさまな期待が窺えた。

 彼はやはりを殺してしまったことを、直接手を下したわけではなくても、その理由を与えてしまったことに後悔しているのだ。嘆いているのだ。そして死を超えることが出来ないからこそ、絶望に身を委ねていた。

 ならば、話が早い。





「俺は方法を知っている。だが俺には出来ない。おまえは方法を知らない。だが、それが出来る。」






 サソリはの寝台に座り、小さく息を吐く。今度はに近づいても、サスケは毒づくこともなければ、何も言わなかった。 

 その忌まわしい力で他者を操ることが出来るサスケは、を生き返らせるために誰かを操り、サソリの知る転生術を使うことが出来る。もちろん術者は死ぬが、そんなことはサスケにとっては関係ないだろう。

 はきっと望んでいないだろうが、サスケがそれをすることを、サソリは確信している。





「小姫、チャンスをやろう。」





 サソリはそっとの冷たい頬を撫でる。泥のついた頬はざらりと嫌な感触をサソリに伝えた。

 サソリの大切な者はすべて死んだ。両親は幼い頃から既に亡く、忍として生きるうちにすべては手からこぼれ落ちるように失っていった。だから、すべてを変えようと思って暁に入り、今ここにいる。

 優しい世界が欲しかったと言えば、あまりにありきたりだが、それを望んでいた。



 しかし、それに決してを犠牲にしたいと思ったことはない。を初めて抱いた時の重さも、温かさも覚えている。自分の幼なじみである雪と斎が、どれほどにを愛しているのかも、サソリは痛いほどに知っている。

 だから、あの時の小さな重みと温もりを拾い上げよう。




救済