死とはきっと尊いものだ。しかし、生はもっと尊い。
「…が、戻った。」
綱手と斎にの死とことの顛末を報告していたイタチは自分でも自分の言っていることが信じられないという様子で、ぽつりと呟く。
「え?どういうこと?」
娘の死に呆然としていた斎が、訳が分からないと言う風に眉を寄せて問い返す。
「わからない。でも、が戻っている。」
とイタチはチャクラを封印している間柄、自分が持つ異空間の一部を共有している。が死んでから、そこにはイタチと鳳凰だけで、誰もいなかったはずだ。
イタチは目を閉じて、自分の中の自分に集中する。
目を閉じれば広がる澄み切った空と、いつも緑を絶やさない森、清らかな泉。の心を反映した穏やかな風景の中に、子どもの姿をしたが立っていた。
鳳凰も戸惑っているのか、そのをどうしたら良いのか分からないようで、封印術のために尋ねることも出来ず、立ち尽くしている。イタチが封じているのチャクラを示す銀色の髪のも戻ってきているが、今のと同じく10歳の子どもの姿をしている。
この異空間が精神の世界であるため、姿は精神の年齢であり、自分の現実での姿に比例しているとは限らない。しかし、多くの場合、人間の年齢はやはり外見と重ねてきた年と変わらないもので、いつものは年相応の姿だったはずだ。
「、」
イタチは恐る恐る少女に呼びかける。
一生懸命に近くにあった花を摘んでいた少女はくるりと振り返って、紺色の瞳をまん丸にして、首を傾げた。
「だぁれ?」
今の容姿と年相応の高い、幼い声音だった。
しかし、イタチは鈍器で殴られるような衝撃を受けて、その無垢で嘘を映さない、紺色の瞳を見返す。
何を言っているんだと信じられない思いとともに、こんな質問を意味なくするような性格でもないことは、イタチが一番よく知っているから、目の前のが問うているのは心からなのだろうとわかる。
それでもあまりに心当たりが多すぎて、心が痛む。
「おまえ、」
全部忘れたかったのか、と口にするのが嫌で、イタチは結局閉口した。
「それが本当なら、自力で帰ってくるかも知れん。」
綱手はため息をついて、ぎゅっと両手を自分の前で組む。
はそれ相応の実力者だ。捕まっているのだとしても、サスケが相手だとしても生かされているのならばこちらが多少の手助けをすれば、自力で帰ってこられるかも知れない。また、生きているなら望みがある。
そう思った綱手に、イタチは俯いた。
「は、何も覚えていないかも知れません。」
精神世界のは、基本的に現実世界を反映する。
突然彼女の姿が10歳前後の子どもになったことも、イタチに誰だと尋ねることも、記憶が奪われたか、何らかの形で失ったのならば、想像が出来ることだ。また、の能力は希少であり、非常にから見ても有益だと言うことを考えれば、わざと奪ったことも考えられる。
「厄介だな。」
綱手はぎっと背もたれに自分の背中を預けた。
通常のであれば幻術も聞かないし、対抗手段もある。彼女は忍であり、多くの術を会得している限りはそれなりに自分の身の安全を守ることも出来るし、相手の裏もかけるが、記憶がないとなれば手のうちようはないし、には抵抗できない。
「どちらにしてもサスケがを殺し、利用するために蘇らせたのなら。」
イタチは拳を握りしめ、ぐっと奥歯をかみしめる。
イタチの覚悟のなさが、結局を殺した。あの時弟を殺す気で止めるべきだったのだ。は里の中でも有数の忍であると言うだけでなく、希少な能力者である。それが敵に奪われたということは、大きな損失である。
「俺が、」
すぐにでもイタチはサスケを始末するべきだ。
里にとっての能力は重要であり、それを奪い取ったサスケを許すことは出来ない。また、が蘇ったとしてもどちらにしてもを殺したと言うことに変わりはない。復讐に狂ったサスケを殺すべきは、その原因を作ったイタチ自身だ。
「でもさぁ、それってサスケがやったの?」
斎はイタチに静かに疑問を突きつける。
「サスケの性格からしてさ、を憎んでいるなら、一度殺して利用するために蘇らすなんてそんな面倒なまね、するかな。」
幼い頃からサスケを見ている斎にとって、その仮定は非常に納得出来ないものだった。
サスケは確かに賢いし、非常に計算高いところもあるが、本質的には苛烈でストレートだ。ましてや憎んだ相手をそんなふうに利用するよりも、完全に殺して抹殺してしまうことを望むだろう。
むしろ遺体も渡しそうにない。
「サスケが暁と繋がっているとか、そういう線はないのかな。確か大蛇丸って、暁に元々入っていて、抜けたんでしたよね。」
斎は事実の再確認を綱手に問う。
「あぁ、その通りだ。」
綱手が暗部から報告を受けている限り、大蛇丸は元々暁の構成員だったらしい。だが数年前に暁を抜けており、暁は大蛇丸の処理に苦慮しているようだった。サスケが里を出る時、大蛇丸からの追跡はなかったようだから、何らかの方法で大蛇丸を殺したか、排除したと思われる。
なんぼ手負いでも、大蛇丸は三忍の一人だ。サスケも手を焼いただろう。
だが、それが暁の手を借りているならば十分に誰もが納得出来ることだ。暁の構成員は皆S級の犯罪者ばかり、大蛇丸も彼らを相手にしてただでは済まさないだろう。
「なら、を生き返らせたのが、暁ってことですか?」
イタチは表情を歪めて斎に尋ねる。
の能力を利用するために暁がを蘇らせたのならば、を操る術を考えているだろう。が抵抗するのは難しいだろうし、イタチたちが取り返すのは非常に難しい。また、大きな敵となるだろう。
だが斎は火影の執務机にもたれたまま、少し考えるそぶりを見せた。
「サスケが仮にを憎んでいると仮定すると、を蘇生させることを自体が目障りだと思うんだよね。だから、少なくとも暁がの遺体を条件にした、とは思えないな。」
殺すほど憎んでいる相手が、どういう形で言うことを聞くのであれ、もう一度蘇るというのは、全く心地よい物では無いだろう。むしろもう一度殺したい気分になるのが、人間の性というものだ。
また、サスケがそんな無駄なことに命をかけるとも思えない。
「斎、おまえ何が言いたい。ならを蘇らせたのは、サスケとでも言いたいのか?」
綱手は机に頬杖をついて、斎に問う。
「確かに、いくつか大蛇丸や他のものの痕跡を確認はしているが。」
一応イタチやナルト、サクラ、シカマルを派遣し、戦場の確認はさせている。確かに斎の言うとおりサスケが殺したのではないのならば、とサスケ以外の第3者がいたと言うことになる。、サスケの残滓が確認されたほかに、実際大蛇丸や彼ではなく他に空間忍術を使った残滓も残されていた。
「少なくとも、サスケはを蘇らせることを容認した、もしくは同意したと見て間違いないだろうと思うよ。」
斎は手をひらひらさせてから、足を組み直す。
「それに、サスケには写輪眼があるからね。」
人を蘇らせるためにはおそらく莫大な代価が必要だ。例えば人の命のような。
しかしサスケには他人を操る催眠眼の作用のある写輪眼があり、生き返らせる莫大な代価や条件を、他人を操ることによって簡単に満たすことが出来る。少なくとも他人を蘇らせるために写輪眼を使ったのは間違いないだろう。
「どちらにしても、情報が無い限り、こちらも手出しは出来ない。ならば待つしかない。」
斎とて娘を取り戻したいと思う気持ちは強い。
しかし今の現状でこちらが打てる手は皆無と言って等しかった。とサスケの居所が分からなければ、綱手だって人を派遣しようがないし、闇雲に探るのはいらないものを引っ張り出しかねない。他里とのパワーバランスを崩すものでもある。
「今はが生きていると分かっただけでも、よしとしよう。」
綱手も愛弟子の訃報に呆然としたところだった。だからこそ、ひとまず生きているのが分かればまだ望みがある。
の同期たちもシカマルからの連絡で同じようにショックを受けているはずだから、訂正してやらねばならないだろう。彼らもとは仲が良く、思う所は綱手と同じくらいには大きい。少なくとも生きていることを聞けば、安心するだろう。
「俺は、サスケを。」
イタチはぎゅっと拳を握りしめたまま、立ち尽くす。
自分が生かしたサスケが、里を苦しめ、を苦しめている。その事実を目の当たりにして、イタチにはこれからどうしたら良いのか、分からなかった。
決然