サクラがと初めて出会ったのは、アカデミーに彼女が初めて来た日だった。

 蒼という少女は確かに前からアカデミーに名前だけは在籍していたが、一度も授業に出席したことはなく、ただ名前だけが便宜上置かれた、ただそれだけの存在だった。いろいろな噂はあったが、結局は体が弱く、来ることが出来ない。誰も誰かを知らない。

 だから、6年も大分過ぎた頃に彼女がアカデミーにやってきたことを、誰もがとても驚いていた。

 珍しい紺色のまっすぐで長い髪に、クラスで一番小柄で幼げな顔立ち。大きな紺色の瞳と下がった目じり。着物姿の彼女を見て、サクラが最初に思ったのは、彼女は本当に自分と同い年なのかと言うことだった。

 同年代の子どもたちよりもあまりに小柄で、細かったからだ。



 は6年で突然学校にやってきたというのにアカデミーでの成績は非常に良く、何をやらせても大体は上手にやった。だが、穏やかな性格と小柄な体がいつもを酷く弱く見せていた。演習でも、実際の任務でも、は本当に戦うのが嫌いで、自分から戦うことはなく、相手に攻撃されて仕方なくと言うことが非常に多かった。

 弱い、と言えば、サクラよりは実力的に強いのだから、おかしいのかも知れない。



 でもサクラにはが酷く弱くて、危うく見えていた。




 悪意を全く知らずに純粋に育ってきた彼女が他人の不用意な言葉で傷つくのではないか、ふらふらと歩く彼女が転んでしまうのではないか、いつか、間違えて途方も無いところに行ってしまうのではないかと、いつもいつも不安だった。

 だから、絶対に手を離してはいけないと思っていた。





 ―――――――――――――――…わたし、イタチを助けたいんだ。




 がいつもの彼女とは思えない強い決心を孕んだ瞳で言ったのを、サクラは昨日のことのように思っている。

 サスケが里を出た後だった。

 それからの彼女は血を吐くような努力をした。今まで避け続けた戦いを心から望み、ただ、ひたすら前へと進んだ。

 うちは一族から受ける憎しみは彼女にとっては初めてのものだっただろう。戦いの中で罵られることも、悲しみを受けることも、人を傷つけ、殺すことも、何も知らずに悪意も受けず育ったにとっては辛いことだっただろう。



 でもはあれから一度も泣かなかった。



 笑って、仕方ないねって、そう言って彼女はただ前へと進んだ。その手が、体がぼろぼろになろうとも、彼女はイタチのためだと一番前に立ち続けた。

 もういいよと、サクラは言ってあげたかった。

 本当はがすごく泣き虫で、素直で、悲しみを隠すのがへたなことを、サクラは誰よりも知っている。でも、彼女はずっとその辛さを押し隠して、無邪気に笑って見せていた。大切なイタチの前でさえも、ごまかし続けていた。






は、生きてはいる。」




 イタチの言葉は非常に限定的なものだった。




「え。本当ですか?!」





 ヒナタが詰め寄るようにイタチに問い返す。





「あぁ。本当だ。間違いはない。」

「良かった…。」






 いのもほっと胸元を押さえて安堵の息を吐く。

 の訃報が里に伝わったのは、数日前のことだ。遺体もなく、事情も全く分からない状況でサスケに殺されたという話だけがまことしやかに噂されており、誰もが衝撃を受けた。ただ葬儀も行われず、納得も出来るはずがなく、ヒナタ、いの、シカマル、ナルト、サイ、そしてサクラとでイタチに詳しい話を聞きに来たのだ。





「どういうことっすか?」





 シカマルは驚きながらも、冷静を装って問い返す。





「言葉のままだ。は生きてはいる。」




 イタチはと自分の持つ意識の世界を共有している。そこにが戻ってきたと言うことはそれだけでが生きていることを示す。だが当然、数日前には死んだと聞いていたが生きてはいる、だが帰って来ないということは彼女自身が問題を抱えていることを示している。





「イタチさんはと心の中で繋がってるんですよね。捕まってるってことですか?」

「否、はどうやら記憶がないらしい。何を言ってもよく分からないようだった。」





 が意識の世界に戻ってきてから、イタチは何度か彼女と話しをしようと試みた。

 それは今彼女がいる状態を把握する意味もあったが、どうやら口止めされているらしく細かいことは口にしようとはしなかった。また、いつものよりも遙かに言葉が拙いため、説明に時間がかかることもあった。





「だが、どうやらサスケと一緒にいるらしい。」





 もちろん話しをして、何も成果がなかったと言うわけではない。

 はサスケと一緒におり、何人か仲間がいること、しばらくは大きな動きはしないらしいことは既に把握している。






「でも、要するに酷い扱いを受けているとかでは無いと言うことっすよね。」







 シカマルもやっと少し安心したのか、目じりを下げる。





「…良かった、良かったってばよ。」





 ナルトはぐっと拳を握り、目じりに涙をためた。

 死んだ人間が生き返ることはない。そのことをナルトも痛いほど知っているだろう。だが、生きているのならばこれからまだまだ、取り返すチャンスはある。

 例え今はが何も覚えていなくても、記憶を取り戻すことだって考えられる。





「頑張るってばよ。な、サクラ…」




 ちゃん、と言おうとしたナルトは隣のサクラを見て目を丸くする。





「……う、うん。」





 サクラはその翡翠の瞳一杯に涙をためてイタチを凝視し、頼りなく頷く。





「…よ、」







 良かったという言葉すらも掠れて出すことが出来ない。

 が死んだと聞いた時、サクラの足下は崩れるようだった。いつも一緒にいて、この3年近くの間一緒に修行をしてきた姉妹弟子だ。辛い時も悲しい時も、確かにサクラは力になれないかも知れないが、を助けようと頑張ってきた。一緒に努力してきた。

 そのが死んだと聞いたときのショックは、イタチほどとは言わないが、同年代の誰よりもと仲が良かった故に大きかった。





「すまない、」




 イタチは少し困ったような顔をして、声も出ないサクラに言う。

 サクラがどれだけと仲が良く、を守ろうとしていたかをイタチも知っている。昇進の早かったはやっかみも受けていたが、元々性格的に温厚であるため、何も言わなかった。サクラはそんなをいつも庇い続けていた。





、わ、わすれた、かった、の、かも。」




 サクラは涙を自分の袖で拭う。

 が酷く思い詰めていたことも、3年前と変わらないふうを見せながら、自分のチャクラでイタチを縛っているため、イタチがを見捨てられなかったことも、サスケが里を抜けたことにも大きな責任を感じていたことも、サクラは知っていた。

 イタチがの記憶がないと話すと言うことは、間違いないと言うことなのだろう。

 彼女はイタチを心から思っていた。だからこそ、何も出来ない、頼り切りの自分が彼女は辛かったのかも知れないと思う。





「…知ってたのに。」







 サクラは知っていた。

 が非常に危ういことも、思い詰めていることも、ちゃんと知っていたのに、見ているだけで手をさしのべることが出来なかった。があまりに無邪気に笑うから、いつもに尋ねることが出来なかった。無理をしている彼女の笑顔が、壊れてしまうのではないかと思ったから。

 誰も手をさしのべなかったそれが結局、記憶をなくすほどに彼女を追い詰めた。





「サクラちゃん…」




 ナルトはサクラの言葉に目を伏せる。

 三年間とサクラがどうしてきたのか、ナルトは知らない。それでも模擬戦の時に感じたのは、二人が培った信頼と時間だった。


 サクラのやりきれない気持ちはナルト以上だろう。






「忘れたいって、そんなのねぇってばよ。」




 イタチがを思う気持ちも、サクラがを守ろうとした努力も、全部全部は忘れたかったのだろうか。本当にそれが彼女にとって酷く重かったのだろうか。





「そうだったとしても、」





 ナルトは拳を握りしめ、俯く。

 が少しでも弱音を吐いてくれたなら、助けてと一言言ってくれたならば、サクラやナルトだって助けた。同期のシカマルやヒナタだってもちろん助けただろう。それをは、感じられなかったのだろうか。信頼できなかったのだろうか。





「サスケを取り戻して、が欠けたら意味ないってばよ。」






 確かにナルトやサクラは、サスケを大切に思い、取り戻したいと思っている。だからといって、を失っても良いと思っているわけではないと、イタチだって同じ思いだろう。

 もしを取り戻したら、一番にそう言おうと、ナルトは心に決めた。




友愛